2 共犯者
アデレイドは引きずられるように会場から出されると、城の裏口から外に出される。
手枷を嵌められ、囚人用の馬車の準備が整うのを死んだような目で見つめていた。
「お前も馬鹿だよな。よりにもよって王太子様のお気に入りに、嫌がらせをするなんて」
馬車の準備をしている兵士の一人がせせら笑う。
「……私は何もしていません。無実です」
アデレイドは力なく呟く。
「ああ、そうかい。まったく。だが、殿下も仰っていたが、神は全てご存じだぜ? 神聖力が弱まってるのは本当なんだからな。お前ももうおしまいだな。死と灰の領地。あんな場所じゃ半日だって生き残れないさ」
そこに現れた人の気配に、兵士たちは顔を上げた。
「イサドラ様!?」
兵士たちは驚いたように最敬礼をする。
最敬礼など男爵家の娘にする必要はないが、そうしたほうが無難であることを兵士たちは分かっていた。
アデレイドの婚約が破棄された以上、イサドラこそが現在、最も王太子妃の地位に近い人物なのだから。
「役立たずの聖女と話がしたいわ。少し席を外してくれる?」
「いけません。あんな女と二人きりになったらどんな目に遭うか分かったものでは……」
「お願い。彼女とこうして話せるのは最後だし、枷だって嵌めているのでしょう。危険はないはずよ」
「……分かりました。何かあったらすぐにお呼び下さいね」
兵士たちがいなくなると、アデレイドの目の前で、イサドラが跪く。
それまで月を隠していた黒雲が風に流され、二人の姿を闇の中から露わにする。
イサドラは厚手の外套のフードを外す。
夢のような幻想的な金髪、そしていつか二人で見つめた湖を思わせる青い瞳。
潤んだ瞳に、アデレイドが移っている。
イサドラは、アデレイドの枷の嵌まった手首をさする。
「痛いわよね。ごめんなさい……」
「これくらい大丈夫です、お姉様」
にこりとアデレイドは微笑んだ。
二人は敵対などしていない。
全ては演技。
計画の一つだ。
「ミハイルは信じていましたか?」
「当然じゃない。あの馬鹿、私にぞっこんよ」
悪辣な笑みを、イサドラは浮かべた。
「さすがはお姉様です」
アデレイドの声には隠しきれぬ興奮が滲む。
「あなたの演技だってすごく良かったわ。きっとあなたが嫌がる姿を見るのが、あの馬鹿はたまらなく嬉しかったんでしょうね。自分の無能ぶりを棚に上げ、ずっと、あなたの神聖力を嫉妬していたんだから」
「……でもこれで」
「ええ。あなたはようやく祖国へ戻り、その力で穢れた土地を元に戻すことができる」
ここまでは計画通りだったが、アデレイドの顔色は優れない。
「お姉様、本当にお一人で大丈夫なんでしょうか」
「言ったはずよ。これは向き不向きの話だって。それに、あなたは聖女。聖女が復讐をしては本当に神に見放されてしまうかもしれない。そうしたら、あなたは祖国を救うことができなくなるの。そんなことをさせる訳にはいかない」
「でもお姉様に全てを背負わせるなんて……っ」
幼い時からそうだった。
ヘルミナはアデレイドの前に立ち、様々な危険から守ってくれる人だった。
「心配しないで。あなたにはサンタクルス王国の聖女として、私には私のやるべきことがあるんだから。お互いに全力を尽くす。そういう約束でしょ」
「……はい」
ヘルミナが、アデレイドの髪を優しく撫でてくれる。
昔からこうしてもらうのが、好きだった。
一緒に眠る時、話をしてくれながらこうして撫でてくれた。
「アデレイド」
「お姉様」
二人はしっかりと抱擁を交わす。
いつまでもこうしていたい。
昔のように。
アデレイドはこのまま、イサドラを攫ってしまいたくなるような気持ちを必死で抑えつけ、離れる。
「そろそろ行かなきゃ」
「……はい」
イサドラはにこりと、あの頃と変わらぬ笑顔を見せると、立ち去っていった。
その小柄な後ろ姿を見つめるアデレイドは、
(どうか、お姉様が大望を果たせますように……)
そう神に祈りを捧げた。
作品の続きに興味・関心を持って頂けましたら、ブクマ、★をクリックして頂けますと非常に嬉しいです。




