憧憬神機ライラプス vow one!
空を見上げ、高く、遠く、手を伸ばす。
幼い頃からずっと、この寂れたちっぽけな村を飛び出すことに憧れていた。
ろくに畑仕事も手伝わず、日がな一日、錆びた剣を振り回して野山を走り回った。
そんな俺の性分を見かねた両親は、あるとき、無理やり神殿で誓いを立てさせる。
「蒼天、引き裂かれ、虚空と変わらん限り。大地、消え失せ、奈落と繋がらん限り。この誓いは永遠に破らるることなし。【誓約】――」
親父とおふくろは疾うに死んじまったが神聖な誓約は今なお有効だ。
――一月を超えて村を離れず、畑で作物を育て、最期はここに骨を埋めると誓う。
山向こうに野盗が集団で居着いたときも……。
迷いこんできた貴族のお嬢を町まで送らされたときも……。
そして、流行病で俺一人を残して村人が死に絶えた今このときも……。
「この村だけが俺の生きる場所ってわけだな」
……って、いや、マジで参るぜ。これからどうしろってんだ。
幾日も掛けて墓穴を掘り、村の皆を埋め終えたとこで途方に暮れてしまう。
「ん? ありゃあ、なんだ?」
どれくらい呆けていただろう。
突然、視界の端、空の一部から色が失われたかと思えば、続く轟音!
蒼から灰色……いや、銀色に変わった空に亀裂が生じ、大爆発と共に弾け飛ぶ。出来た大穴から無数の輝く粉塵に紛れて墜ちてくるのは人の姿か。
抑えきれない衝動に突き動かされるまま、知らず俺は駆けだしていた。
「はぁはぁ……鎧を着込んだ騎士……にしちゃあ、なんぼなんでもでかすぎらぁ」
そうして落下地点に追いつくと、そいつ――優に人の数倍はある巨人の騎士が、背中から地面へ向かって火柱を吹きながらゆっくり着地するところだった。
大地を揺るがし降り立った巨人は、その場で跪くと真上より俺を睥睨する。
見下ろしてくる顔は言うまでもなく鉄仮面。猛犬を象っており、相当に恐ろしい。
「うっわ、第一村人……ダサい恰好。顔はまぁまぁ好みなのに」
「大気中に魔素反応あり。FT型の箱庭コロニーですわん。管理登録……照合なし」
「サイアクぅ。こんなとこで適応パイロット見つかるわけないじゃん。詰んだー」
と、自問自答し始めたのは、その堂々たる巨体にまるで似合わぬ女の声二つ。
未だ呆気にとられるばかりの俺を余所に巨人はきゃいきゃい姦しい声を上げる。
「っ!? ドクター! 敵機、下方より接近中!」
「うそぉ!? こん中でやり合う気!? これ以上、外壁に穴なんか空けちゃったら、安っぽい放置コロニーのオートメンテが間に合うわけないんですケド。あいつら、無関係の住人を皆殺しにしようっての? 正気ぃ?」
いきなりまくしたててきた巨人に気圧され、俺が一歩退いた瞬間!
先ほど巨人が着地したときの比ではなく、地面が大きく波打ち揺らぐ。
大爆発と共に土砂を噴き上げ、出来た大穴から這い出てきたのは獣の姿だ。
やはり金属の鎧をまとう巨大な牛が、折りたたんでいた四足を伸ばして地を踏む。
「ハッ……ハハハッ、なんだ、こりゃ」
相対する巨大な騎士と獣、あまりの光景に俺の口から笑いが漏れる。
「くくっ、ハッ! ハハハハ! なんだ、これで……」
いいや、そうではない。
止まらない哄笑は、俺の心を満たす歓喜によるものだった。何故ならば!
地には巨大な亀裂と大穴が空き、底には真っ黒な奈落が覗いている。
――大地、消え失せ、奈落と繋がらん限り。
空には巨大な亀裂と大穴が空いたまま、真っ黒な虚空を映し出している。
――蒼天、引き裂かれ、虚空と変わらん限り。
「これでもう誓約は無効じゃねえか! 俺は……俺は自由だ! ハハハハハッ!」
俺をこの小さな村に縛り付けていた誓いの前提条件は崩された。
かつて憧れた広い世界へ! なんなら、地の底へでも、空の向こう側へだって! もはや阻むものなど何もありはしない。
「そこのバカ笑いしてる第一村人! 早く逃げなさい! 少しでも遠くに、急いで!」
巨牛と相対しつつ巨人騎士が警告を発してくるも。
逃げる? 何を言っているんだか。
「ようやく掴んだ自由だぜ。邪魔しようってんなら怪物だろうと容赦しねえ」
「は? バカなの? ちょっと! なに、ボロっちい剣なんて抜いちゃってんの? まさか、それで戦おうだなんて思ってないでしょうね。ちょっと、ちょっと!」
「はすはす! くんかくんか! ドクター、お待ちくださいわん! 先程より計測していましたが、彼の放つ感応波はとてもとても興味深いですわん。どうにかして調べさせてほしいわん! ひょっとすると、この私――神機ライラプスと適応する可能性が――」
燃え盛る憧れが胸を焦がし、今の俺はなんだってできそうだ。
「手始めに目の前のバカでけえ牛をぶっ殺してバーベキューとしゃれこむか!」
これが始まりだった。
後に十の銀河を股に掛けて暴れ回り、数多の植民星を支配下に置く機械連邦すら震え上がらせることになる宇宙海賊が、初めて無尽蔵の憧憬を剣に宿す。
ここから……伝説は始まった。
もし機会があれば、いつかリメイクや続編書いてみたいと思います。
最後まで読んでくださって有り難うございます!