勇者様を饗そう
人類大陸から魔族大陸へ向かう途中のこと。
魔王を倒すべく旅立った聖なる戦士が4人、人類の希望となりて戦いを繰り広げていた。
1人目は勇者アオイ。16歳。
異世界より来たりし、意思強き戦乙女。
胸元には輝く青い宝石が嵌め込まれたペンダントが揺れている。
2人目は剣士ヴァリス。19歳。
聖王国に仕えし、勇敢な閃光の貴公子。
白い聖王国の鎧は血で少し汚れている。
3人目は僧侶シェルル。17歳。
大神殿に仕えし、優しき癒しの女神。
純粋で清らかな神官服姿。
4人目は魔導士ララリア。15歳。
魔導王国に仕えし、紅蓮の魔女。
深紅のローブが気品を際立たせている。
人類大陸は魔族の侵攻によって苛烈を極めていた。
田畑は焼き尽くされ、森は瘴気に侵され、河川には毒が撒かれた。
人々は生存のために、あらゆる物を食した。
家畜、愛玩動物、魔獣、魔族……そして。
これは正史に三行しか記載されていない、とある出来事の真実の物語。
***
「きゃあああああああ」
勇者一行が甲高い女の悲鳴を聞いたのは、村に着く直前。
ここ1週間、旅路で訪れた村々は死体しかなかった。
「これ以上、犠牲者を出してなるものか!」
空腹と疲労を滲ませながらも、アオイは目を鋭くして叫び、仲間たちと駆け出した。
「ガルーダか! 厄介な!」
舌打ちするヴァリスも空腹が限界だ。
何しろ1週間、固形物を口にしていない。
ガルーダは巨大な鷲の姿をした魔物で、鋭い鉤爪と、獲物を突き刺すような鋭い眼光を持つ。
漆黒の夜空のような、黒く光沢ある翼が特徴だ。
体長は少なくとも5メートルはあろうか。
「ヴァリスは私と一緒に突撃! シェルルは村に結界を! ララリアは詠唱を始めて! 必ず仕留める!」
シェルルもララリアも、目眩を感じながらも、村を救うために気合を入れる。
「うおおおおおおおお!」
アオイが剣を両手で構えて跳躍した。
ガルーダが叫声し、鋭い鉤爪で掴んでいた女と少女を落とし、勇者一行に襲いかかる。
どうやら2人は親子のようだ。
夫が涙を流しながら、落とされた2人に近づき抱きかかえた。
「くっ! 飛ぶな! 降りて来い!」
必死の剣幕のアオイに、ガルーダは怯んだ。
この村を、急いで滅ぼす必要もない。
やつれた勇者一行は、最期の命を燃やしている。
明日には燃え尽きる炎だ。
ガルーダは、明日この村を滅ぼして住人全員喰ってやろうと思いつつ、上空へ羽ばたいた。
ララリアの繰り出した炎魔法は、ガルーダに届かなかった。
「逃げるな! 卑怯者!」
アオイは叫ぶと同時に膝をついた。
どうやら限界が来たようだ。
「あ……あの! 助けていただきありがとうございます。勇者様」
助けた片割れ、少女が恐る恐る勇者一行に近づいて頭を深々と下げた。
「娘を……妻を……2人を助けていただきありがとうございます。
儂はこの村の村長ボーリエと申します」
男も頭を下げ、助けた片割れの妻も、娘に抱きつき涙を流しながら頭を下げる。
男も妻もやつれていて、満足な食事をしていないのが想像できる。
幼き娘にだけでもの一心で食事を与えているのだろうか、娘の血色はよかった。
「いいって、いいって。……それよりも、あのガルーダを倒さないと……あ、あれ?」
立ち上がろうとしたアオイだったが、そのまま倒れた。
意識朦朧として、何も考えられなくなる。
他の勇者一行も、限界を迎え、今にも意識を失いそうになる。
「村の方々、お願いがございます。……どうか食糧を少しばかり分けて頂けないでしょうか?」
「お礼はするわ。……食事さえすれば、私たちの力でガルーダを倒し、村人全員に分け与えることができるのよ」
「頼む。せめて勇者殿だけでも頼む。この方が万全なら、ガルーダなんて瞬殺してくれる」
シェルルとララリア、それとヴァリスの提案を聞き、村人たちは村長に視線を集中させた。
「……わかりました。儂の家へ案内しましょう」
「うわあ! 嬉しい! お姉ちゃんたち! 一緒に食べよ! 私の名前はメル。よろしくね!」
メルと名乗った少女は喜び、シェルルとララリアに抱きつき、ヴァリスはアオイを抱えて、メルの案内で村長宅へと歩いていった。
「お父さんとお母さんはね、とっておきのレシピがあるの。と~っても美味しいんだよ!」
無邪気な娘の後ろ姿を、村長夫婦は暗い顔で眺めた。
「あなた……」
「仕方があるまい。勇者様を饗そう」
ボーリエは涙を流した。
そして、妻と共に家へと入り、勇者一行にリビングで寛いでいてくださいと告げると、娘も連れて裏庭に行った。
「お父さん、お母さん、どうしたの?」
メルはきょとんとして両親の顔を見つめた。
「仕方がないの……これが運命だったの」
母が娘に抱きつき涙を流す。
ガルーダに連れ去られそうになった時に、母と娘の命運は尽きたのだ。
今日の死が確定だと。
「あなた……私も一緒に」
か細い母の声に、メルは母を見続けた。
「すまん……」
父の消えそうな声に、メルは父を見ようとした。
刹那、父の持つ斧が、メルと母を血溜まりに変えた。
リビングで、シェルルがお腹を擦りながら呟く。
「メルちゃんも料理作るのかな?」
すると、ララリアが天井を見上げながら答える。
「正直助かったわ。遊ぶ気力もなかったから……」
ヴァリスも壁に背をつけ、尻もちしながら囁く。
「美味いといいな……」
3人とも、そう言いながら寝ているアオイを見つめ、台所から漂ってくる香ばしい肉の焼ける匂いに、涎を我慢した。
やがて料理が運ばれた。
「皆様、お待たせしました」
村長ボーリエが運んできた肉料理は、どれも焦げ茶色で食欲を唆られた。
「おい、アオイ。起きろ……肉だ肉!」
ヴァリスが興奮気味にアオイを揺さぶり、シェルルが神に感謝の祈りを捧げ、ララリアが目を輝かせてテーブルに並んだ料理を見つめ続ける。
「お肉……お肉!」
アオイも目覚め、興奮してテーブルに向かった。
「凄い……魔獣じゃないお肉久しぶり! ジュルリ」
「はは、遠慮なく召し上がってくださいませ」
ボーリエの朗らかな声に、アオイたちは「いただきます!」と元気よく叫んで、肉を貪りだした。
「美味い! なにこれ! 日本にいた頃も食べたことない味!」
頬を押さえ、アオイは感極まって涙を流した。
「マジで食ったことない味だな! 聖王国でも食べたことないぞ! でも美味え!」
「私も、大神殿で食したことのない味ですね」
「みんな食べたことないんだ。なら魔獣じゃないのは確定ね。あいつら不味いのよねえ」
ヴァリスも、シェルルも、ララリアも、みんな満足しながら食事を続け、完食した。
「ぷはあ……食べた食べた。……そういえば村長さん、メルちゃんと奥さんは?」
一息ついて、英気充実させてアオイは訊ねた。
「メルちゃん、一緒に食べようって言っていたのに……どうしたのかな?」
「奥さんも村長さんも、遠慮せずに一緒に食べてもよかったのに。アオイは気にしませんよ?」
「しまった……全部食べてしまったな。もし、村長殿たちの分も食べてしまったのなら悪いことをしちまった」
勇者一行、それぞれも村長に顔を向ける。
「はは、お気になさらずに。儂たちは別の物を食べますので。
妻と娘ですが、ガルーダに連れ去られそうになったショックが癒えず、妻の実家で療養することになりました」
ボーリエの説明に、アオイたちは少し残念そうに顔を見合わせた。
「さて、英気もらったし、みんな! 気合入れてガルーダを倒そう!」
アオイは立ち上がり、力強く宣言し、勇者一行は全員応じるのであった。
***
ガルーダは驚いた。
人間は地を這いつくばる餌であり、泣き叫ぶ悲鳴が心地良いメロディを響かせるだけの存在だ。
それなのに、上空を旋回する己に、アオイと呼ばれた人間が追いつき攻撃してくる。
地上から炎魔法が吹きすさび翼を焼かれ、こちらの攻撃は防御魔法で防がれ、背後を突こうにも男の剣に防がれる。
「人間を喰った報い! 今こそ受けよ!」
アオイの掲げた剣が、太陽の光に煌めく。
ガルーダの身体を頭上から両断し、戦いは終わった。
意気揚々と、ガルーダの死体と村へ帰った勇者一行。
歓喜で迎える村人たち。
「ありがとうございます。これで村は救われました」
村長に両手を握られ、アオイは照れた。
「そんなことより約束通り、みんなで食べましょ!」
こうして始まる、小さな村でのガルーダ料理パーティー。
ふと、アオイが声を漏らす。
「昨日の肉料理に比べると、やっぱり魔獣の肉は滅茶苦茶不味いな~」
シェルルも、ララリアも、ヴァリスも同意した。
「それにしても、メルちゃん大丈夫かな?」
「奥さんもね。村総出のパーティーなのに姿見ないわね」
「なあ村長さん。昨日のお肉、もう一度食べたいんだが……いや、無理なら無理と言ってくれ」
ヴァリスに言われ、村長はアハハと笑った。
「よろしいでしょう。しばしお待ちしてから、我が家にお戻りになってください」
村長が家へと入っていくのを、アオイたちは楽しみにしつつ、しばらくしてから言う通りに動いた。
「ヒッ!……」
村長宅に入ったアオイたちは絶句した。
目に映るは血溜まりのリビングに村長の肉塊、テーブルの上にはレシピ。
嗚咽を漏らしながら、その日のうちに勇者一行は村を後にした。
***
勇者アオイ伝記には、こう記されている。
『アオイたちは、村々を滅ぼし、人を喰らうガルーダと遭遇した。
死闘の末に、4人は力を合わせガルーダを倒し、残る村々を救った。
ガルーダ討伐の宴の途中、アオイたちは次なる地へと旅立った』
以降、勇者一行が同じ料理を口にしたか、定かではない。
お読みいただき感謝します。
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