第1章第3話
「女の子……?」
教会のような場所には、小さな女の子が椅子に座っていた。
その子は、とても神秘的な空気を纏っていた。美しい水色の長い髪の毛、瞳は海のように青く澄んでいて吸い込まれてしまいそうだ、と思った。
「ラウレア様だ。見た目は少女のようだがこの島で1番位が高い偉大なるお方だ。勘違いされては困るから先に言っておくが、ラウレア様はここにいることで力を高め、外的から守られているんだ。閉じ込められている訳ではない」
「そう、なんだ……」
それならば安心だけれど、それにしたって異様な光景だ。
「ラウレア様、彼が以前お話いたしました私の弟の海流です。今日からこの島で暮らすこととなりました」
「……そう」
「彼にこの島の住人である証のネックレスを渡してもよろしいでしょうか?」
「あぁ。家は、貴方の所と同じで良いか?」
「問題ございません」
「分かった」
「ありがとうございます」
会話はそれで終了してしまった。僕は一言も言葉を発していなかった。
「海流、ネックレスを貰いに行くぞ」
兄さんは、早くこの場を去りたいのか速足で入口へ向かいながらそう言った。
「う、うん。えっと、あの、よろしくお願いします……」
どうしても何も言わずにこの場を去るのは違う気がして、教会を出る時にぼそっとそう言った。
彼女に伝わったかは分からないけれど……。
「ラウレア様っていつもあそこにいるの?」
教会を出て、この島の住人である証と言うネックレスを貰いに行く為に歩いている最中、僕は兄さんにそう問いかけた。
「昼間は基本的にあそこにいる。ラウレア様は、陽に当たることが出来ないそうなんだ。だから、夜には島を出歩いているみたいだな。何だ、一目惚れか?」
「べ、別にそう言うわけじゃないけど!」
「まあ、人の恋路にとやかく言うつもりはないがラウレア様だけはやめておいた方が良いぞー」
「だから違うって!」
慌てて僕は否定したけれど、これでは一目惚れしてしまっているみたいじゃないか。
決してそんなのではない。そもそも、得体の知れない少女に恋なんてするはずがない。
ただ、兄さんと話している時、淡々と機械のように受け答えをしている彼女が寂しそうに見えたのだ。
ネペンテス島に来たばかりの僕が、何かを言える立場ではないのでこの気持ちは、兄さんにも黙っていることにした。
それから、近未来都市を歩き長いらせん階段を登り、最初に見た球体の中の1つの前に辿り着いた。
高い所から見下ろす近未来都市はまた圧巻だった。
どうやったらこんな街が出来上がるのだろうか……。
「カミラさーん、弟連れて来ましたー」
ラウレア様と話していた時とは変わってとてもフランクに兄さんは、店に入っていった。
「いらっしゃい」
そう挨拶をしてくれたのは、30代くらいの貫禄がありそうな女性だった。
「わたしは、カミラ。この島の案内人のようなものだ。よろしくね、カイルくん」
「は、はい。よろしくお願いします」
「これが、この島の住人である証のネックレスだよ。決して外さないこと、良いね?」
「分かりました」
「よし、ではつけてあげよう」
そう言って、カミラさんは僕の首にシンプルなネックレスを付けてくれた。
普段、アクセサリーをしないから何だか不思議な感じだ。
だけど、邪魔だと思わないくらい小さいしシンプルだからそのうち慣れるだろう。
「一通りの重要なことはソウタから聞いた?」
「はい、聞きました」
「なら、私から伝えることはただ一つ。ようこそ、ネペンテス島へ。きっと驚くべき日常があんたを待っているよ」
そう言ってカミラさんは微笑んだ。
既に驚きの連続だと言うのに、まだ驚かないといけないのか。
しばらくは、情報過多で疲労が絶えなさそうだ。
「よし、やることは終わったしようやく妻を紹介出来るな~!」
「楽しみではあるけど、詳しい話ゆっくり聞かせてよ?」
「もちろんたっぷる聞かせてやるよ」
それから、しばらくして兄さんが住んでいると言う家についた。
「え!? ここが家!???」
辿り着いた所にあったのは、所謂ツリーハウスと呼ばれる類のものだった。
だけど、近未来らしくガラスで覆われている3F建てで屋上のある建物だった。
「すごいだろ~これから、海流が住む家でもあるんだぞ」
「そ、そうか……」
実家は純和風な平屋だったし、一人暮らしの家は狭いアパートだったのでこんな大きな家は初めてで入るだけでも緊張してしまうのにこれから帰る家になる、と思うと不思議な感じだ。慣れるだろうか。
「ところで、ここに何人で住んでいるの?」
「ん? 妻と俺の2人だけだったぞ。今日から3人だな!」
未来人の金銭感覚はどうなっているのだろうか……。
そもそも金銭、と言うのが存在するのも分からないが。
「さっさと入るぞー妻が首を長くして待っているからな!」
「う、うん」
僕は、緊張しながら階段を登った。玄関は2Fにあるらしい。
「ただいま~」
「お帰りなさい! この子が噂の弟くん?」
「そう。海流、この人が俺の最愛の妻——フローラだ」
フローラさんは、長い赤色の髪の毛を綺麗にウェーヴさせていて瞳は綺麗な紫色で小柄な女性だ。
「よろしくね、仲良くしてくれたら嬉しいわ」
「こ、こちらこそよろしくお願いします。海流です」
こんなに幻想的な美しさを持った女性は周りにはいなかったので、ドキドキと心臓が高鳴ってしかたない。
兄の奥さんに手を出すつもりは決してない。
これはそう、例えるならば道端で偶然美しいモデルさんに出会ってしまった時のような感覚だ。
「おい、何顔赤らめてるんだ!」
「違うよ! フローラさんがあまりに綺麗だったから……」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね~」
「手出したら許さねーぞ!?」
「出さないよ~と言うか僕、本当にここに一緒に住んで良いの? 邪魔じゃない?」
「邪魔じゃないし、部屋はいくらでも余っているからな。フローラのことはもちろん愛しているが、俺は10年ぶりに会えた弟とも一緒にいたいんだ」
兄さんの言葉が嬉しくて、僕は素直に「ありがとう」と言った。
それから家の中を案内してもらった。
家の外観には驚いたが、中は割と現代と変わらないように思う。
2Fに玄関があり、その階にはリビングとウォータージャグがある。
「水だけ、何か現代的だね」
「貴重な水だから、毎日汲みに行っているんだ。そこだけ、現代と言うよりも昭和とかその辺な雰囲気なんだよなぁ」
「確かに……」
1Fには夫婦の寝室と空き部屋が2つあって、1つはフローラさんの趣味部屋らしい。
らしいと言うのは、その部屋には兄さんも入ったことがない開かずの間だそうなのだ。
3Fにはお風呂とリラクゼーションルーム、トレーニングルームがある。洗面所は各階に用意されているが、3Fが1番大きい。
例えるなら、温泉にあるような感じだ。
「展望風呂!?」
「そ! 当然外からは見えなくて中からは見える仕組みになっている。だから、気兼ねなく外の景色を見ながら風呂が楽しめるんだ」
「すごいね、でもこんな近未来都市でもお風呂って文化が残ってるの何か嬉しいなぁ」
「そうだな」
最後に案内してもらったのは、屋上だった。
屋上からは、近未来都市が一望出来て改めて僕は、すごい所へ来てしまったのだなぁと1つため息をついた。
「色々あって疲れただろ?」
「うん、ちょっとね。だけど、ワクワクもしてるよ。正直、兄さんがいない日々は退屈で仕方なかったんだ」
兄さんがいた10年前までは、毎日兄さんが面白い話しをしてくれたり、面白い物を見せてくれたり連れて行ってくれていた。
だから、毎日冒険をしているような気持ちになれて楽しかったし、日々に〝飽きる〟なんてことはなかったんだ。
兄さんは、面白いことを見つける才能があった。
一人になってしまった僕には、何もなくて……。
ただ、淡々と毎日を生きていた。
「街も、街の人たちも仕事も嫌いではなかったけどね。だけど、代わり映えのしない日々だった。だから、今日こんなにも楽しい世界に連れて来てもらえて嬉しいよ」
「10年前に、お前も一緒に連れて行けば良かったが、あの頃はまだこの島が安全かどうかも俺も分からなかったからな……。次の機会があればその時こそはと思って島へ入ったんだが、それがまさか10年後になるとは思わなくてな。随分と待たせてしまったな」
「ううん。兄さんの言葉を信じて、あの街でずっと待っていて良かったよ」
あの街から離れていたら、もしかしたら今ここにはいないかもしれないのだから……。
「そろそろ戻るか。フローラが食事を用意してくれている」
「そう言えば、お腹空いたな。楽しみ」
僕たちは、フローラさんが待っているリビングへと降りて行った。