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(仮)東乱の王  作者: 都津 稜太郎
2.温泉街
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4.北歴482年 夏その4


「ディミトリ国王は死んだのか……」


 昨晩から今朝にかけて自分が見た夢は、昨日の夢の続きであった。夢と言うにはどこか現実のような、血生臭い夢。それについての感想が、目が覚めたと同時に自分の口から出て来た。


ーーーうぅわぁ


 どこからか聞こえる声も寝床の中では夢の続きに思える。昨日から見始めた夢は誰かが叫び、誰かが血を流す夢なのだ。耳の中に残っていても仕方がない。


ーーーキャァァ


 子供か女か、それかその両方か様々な声がこだましている。


ーーードゴンッ


 扉を蹴り倒す音に続き、粗暴な足音が廊下を歩いている。歩いている?


 一気に目が覚めると同時に急いでベッドから跳ね起きると、隠し扉を開けて中に入り込む。この扉は自分の部屋になる前に、地下の食糧貯蔵庫に続いていた名残だ。今は完全に塞がれて壁になっているのだが、昔親父に内緒で抜け出すために板を外せるようにしていた。


「*****?****!*****!!!」

「*********!」

「****?***!!!」


 宿の廊下を踏み鳴らす足音の主が、聞いたことのない言語で何か喚いている。他にも数人宿の中に入り込んでいるようで、遠い所から知らない言語の返事が返って来ていた。徐々に自分の部屋の前へと近づいて来るその足音は、凄まじい勢いで自分の部屋の扉を蹴破ると、中に入って来る。

 見たこともない鎧と兜を身につけて、濃い髭をたくわえたその男は、一目で人種が違う事が分かった。恐らく戦争になると言っていた、西方の民族とやらだ。

 手に握られている抜き身の太い剣は血に汚れていて、よく見ると鎧を含めた体中を血で染めている。窓から入る月光に照らされる誰とも分からないその血は不気味に光り、その男の危険さを周囲に知らしめていた。


 男は一歩ずつ俺のベッドに近づくと、一気に毛布をめくりあげて中を確認している。更に誰も居ない事が分かると、ベッドに手を触れて俺の残した暖かさを確認しているようだった。


「*****!****!*****!!」


 言葉が分からなくても、男の言っていることは察しがつく。「まだベッドが暖かい!どこかに隠れているぞ!探し出せ!!」といった所だ。なぜ俺を探しているのか分からないが、見つかれば必ず殺されることは間違いない。

 男が部屋の中を隅々まで見渡し、壁越しに目が合った瞬間に、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られたが、その心を必死に押さえつける。今音を出してしまうと、あの太い刀身の剣がこの壁に向かって突き立てられるのは想像に難くない。

 無限に感じる時間を、息をするのさえ押さえつけて必死に耐えていると、男は視線を外して外に部屋の外に出て行った。部屋の外に出て行った男の足音が遠ざかり、思わず大きなため息が出る。


〈逃げなきゃ〉


 いち早くこの場所から逃げなければいけない。取り敢えず親父が集会をしている温泉組合の建物に向かおう。そうしたら親父が助けてくれるはず!

 壁の裏側をゆっくりと蟹のように横に歩き、外に繋がる板の前まで来た。外は何処からか悲鳴が絶え間なく聞こえるが、裏口側の戸板の外は誰もいない様子だった。


 静かに板を外して外に出る。温泉組合までの道のりは裏道を使えばそこそこ近く、誰もいない小道と店裏と生垣の裏を通ると、直ぐに到着した。

 親父に再開できることを期待して向かった温泉組合だが、明かりはついているが人の気配が一つもない。到着した裏口から中に入ってみると、どうにも血生臭い漂って来る。

 いくつかの見知った部屋から流れ出る血がその原因だが、時々開いている部屋の中で動かない人影を直視できない。この光景を見て、俺はさらに中へと踏み込む勇気がなかった。これ以上踏み込むと親父と一生会えないような気がする。

 だが、そんな逡巡する俺を更に中に押し込むように、外から良く分からない言葉が聞こえて来た。どうやら温泉組合に再び入ろうとしているのか、中の床を踏む粗暴な足音が響く。それから逃げるように中に入って行くと、よく会合で使う場所に入ってしまった。


 中は目を覆いたくなるような光景だ。料理と酒が並ぶテーブルには大量の血が飛び散り、床は血の海となっている。よく顔を合わせる温泉宿の亭主たちが、そこに横たわって居て誰も身動き一つしない。

 そして、見覚えのある顔と目が合う。


「……お、親父」


 さっき元気に出発した親父が、そこに横たわっていた。

 慌てて這い寄って体を揺すってみても、耳元で声を掛けてみても反応は無く、開き切った瞼が閉じる事は無い。何度繰り返したか分からないが、体を触る度に手につく冷たい液体が、親父の命が事切れていることを示していた。


「****!!****!!!」


 後ろの廊下で唐突に聞こえた声に、体が飛びあがる。いつの間にか異民族の兵士は、俺の居る部屋の前にいた。親父の体の下に隠れるように、自分の体をねじ込んで息をひたすら殺す。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「獣王!!獣王様!!」

「今度はなんだ!?」

「味方が総崩れにございます!!既に13段列まで突破されました!」


 15の備えの内、もう13まで突破されたという事実に体が震えた。


「ここは退きましょう!!後は我らにお任せください!!何としても獣王様だけでも我が領へお帰り下さい!!」

「……分かった。後は頼んだ」


 大陸の西半分の制圧に乗り出して早5年。我々は順調に目標の半分まで来たにもかかわらず、数で劣るはずの4か国連合軍によって、完膚なきまでに叩きのめされていた。

 既に主軍は壊滅状態で、我々を助けるはずの助攻の軍はいつまで経っても到着しない。数で勝り、兵の質で勝る我々が負けるはずは無かった戦だが、今や敗北は目前……いや、既に敗北していると言ってもいい。


「……何故だ!」


 思わず口から出た怒鳴り声に、周囲を固める獣兵は身体を跳ね上がらせた。


「獣王様!伝令が前から!!」


 目を上げるとこちらに勢い良く近づいて来る二人の騎兵が見える。その二人は我に向かって、他の軍の動向を伝えた。二つの助攻軍は奇襲によって指揮官が死に、すでに跡形もなく霧散した…と。

 我に王国の宝剣を献上したあの腹心の部下が討ち死にしたという事実は、弱った心に深く突き刺さった。もはや逃げ延びるしかないという覚悟を、腰に佩いた宝剣を撫でながら決める。


「ひたすら走るぞ。我らの国まで」


 馬の足を止めることなく潰れるまで走り切り、部下の馬を貰い受けて更に距離を稼ぐ。本拠地の城に帰還する頃には、付き従っている者は3分の1になっていた。


 本拠地に帰還した我に届く続報は、耳を塞ぎたくなるようなものばかりだ。指揮官と兵士は数えきれないほど討ち死にし、既に獣兵の数は無く軍を再編成は不可能。属国から徴兵しようにも、反乱が数え切れぬ程発生し、駐屯兵は散り散りになっている。

 絶望と共に腰を下ろした玉座で、ゆっくりと城内を見回した。久しぶりの自分の生まれ育った城は居心地が良い。ここを枕に死ぬことも、悪くないと思えるほどに。


「獣王様!!既に包囲軍が迫っています!!脱出してください!!」

「いい……もういい。これ以上は……」


 我が諦め、深く腰掛ける玉座から動くつもりが無い事を察した部下は、無言で去って行った。そして静かになった城内には、いつの間にか敵の人間の声が響いていた。


「貴様が獣王だな!その命貰うぞ!!」

「……タダだ。勝手に持って行くが良い」


 人間が真っ直ぐ突き出した剣先が、我の心臓を貫いたのを感じた。


はじめまして。都津トツ 稜太郎リョウタロウと申します!


再訪の方々、また来てくださり感謝です!


今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。


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