2.北歴482年 夏その2
「うぅ、いってぇ~な。勉強しすぎたか?」
「おい!!貴様!!何をしている!!」
床を軋ませながら近づいてくる足音と、怒気を孕んだ大音声で”貴様”呼ばわりされているのが、俺だという事が嫌というほど分かった。首根っこを掴まれ無理やり立たせられる、目の前には花火が飛んでいて目の前の男に焦点が合わない。
「おい!貴様!!!何をしていたかと聞いている」
「旦那~、そう揺らさないで下さい」
視界に飛び交う花火とひどい頭痛が、頭が揺らされることによって悪化してしまいそうだった。
ようやく体の異変が落ち着いた頃には、温泉に入っていた男達が騒ぎを聞きつけて更衣室に帰って来ていた。更に店奥から後片付けをしていた筈の父まで集合してしまっている。
「君たち、なにをしているんだ!ターリ!何をした!」
「うぅ親父……」
「このガキ!宿の下働きか!?俺らの荷物に手を付けやがった」
「は?おい!ターリ!それは本当か?」
「親父……違うんだ。こいつら剣を宿内に持ち込んでる。ほらそれ」
「あ?あぁ~!!お客さん!!宿のルールも知らんのか!?」
「っぐ」
「今すぐそいつをターリに預けるか、宿を出て行ってくれ!」
「わかった…わかった。預けるよ」
「ったく、どこの世間知らずだ!」
親父に一喝された男たちは渋々古い剣を俺に手渡したが、危うく盗人扱いでこっちは機嫌が悪い。片手で奪い取るように受け取るとまた何かゴニョゴニョ言われたが、ひと睨みしてやって気にせず荷物置きへと向かった。
仕事が終わった後、ベッドの中に入っても先程の出来事を思い出し、ムカムカしてくる。その夜は頭の中で散々悪態をついていたが、忙しく働いた分睡魔には勝てない。意識が遠くなるのを感じた。
ーーーーーーーーーー
「……ィミトリ国王!!ディミトリ国王!!」
「どうした?」
「報告です!」
「よい、話せ」
「離反した東方大公が周辺貴族を糾合!バクスト大公国を建国すると宣言しました!」
「ふんっ!あの野心家が、まだ王を名乗らないとは随分控えたのだな。構わん、捨て置け」
「しかし!我々には、付き従う王国の人間が少なすぎます!このままでは属国のミシューレ獣王国の兵力に頼り切ることに」
「獣王国の獣人であろうと、王国の市民であることに変わりはないではないか。そこに何の問題がある?」
「ですから……ですが、この王都周辺には元貴族達しかおりませぬ。第二王子一派の反乱により、西方貴族の半分は頭を失いましたが、未だ残存勢力は健在。ここは、ミシューレ獣王国の兵士を王都から追い出し、我々が王座を握ったことを諸侯に伝えなければ」
「我々は、ミシューレの獣人達が居なくても、ヴァレリーに勝てたと思うか?」
「思います!ディミトリ国王と我々精兵であれば可能であったと」
「思い上がりも甚だしいな。無理だ。2倍の兵力に勝つには、準備と奇策と運、全てが必要だ。つまりミシューレの獣人達を追い出すことはしない。恩をあだで返すようなことはしないし、彼らは君と同じ王国民だ」
「分かりました……お耳に入れておきますが、ミシューレの兵士達に裏切りの噂が」
「黙れ!!!それ以上戯言を吐くな!」
ったく、私の側近は恩を忘れるものしかいないのか!ヴァレリーよ、我が弟よ、大変なことをしてくれたな。どうせ我らの父は、私たちに王座を譲っただろうし。姉弟たちもいい子で聡明な子だったじゃないか。お前が早まったことをしなければ、私が軍を指揮してお前が政をして、少なくとも我々どちらかが死するまで王国は安泰だったはず。
苦手な政をさせられるとは、恨むぞ愛弟よ。
「ディミトリ国王!国王!」
「なんだ!!!この短い間にまた戯言を「違います!城内にいたミシューレの兵士たちが反乱を!」」
「なっ!……そんな訳」
「我々は半数の兵士を帰郷させています!抵抗できません!逃げましょう」
「くそっ、行くぞ!」
なんとも情けない。弟を殺してまで手に入れた王国も、一朝一夕で亡国になろうとしている。窓の外には煙が何本も立ち昇っている城下町が見える。そして反射する私の顔の横に、ヴァレリーのしたり顔が見えたような気もした。「兄上、だから言ったでしょう?」と言ってそうだ。
既にミシューレの兵士たちは城内に侵入している。人間と同じ体格に倍の膂力を備えている彼らは、抵抗する王国兵を蹴散らして、私の姿を確認すると一目散に向かって来た。
だが、そう簡単にやられるほど簡単な戦場を渡ってきたわけではないし、幼い頃から剣術を習ってきたわけではない。国王が帯剣することのできる宝剣が閃く度に、獣人達の体は真っ二つに切れ落ちる。
徐々に生き残った王国兵が私の周りに集まり、強固な護衛となり始めた。これで生き残って城を出ることはできそうだ。
「国王!こちらの像を…うごかぁすと…通路が……」
側近が私の為によく分からない像を横倒しにすると、その後ろの壁には昼間であるにも関わらず、漆黒の穴が出現した。王子だった自分も知らない抜け穴があるとはビックリだが、戦場に向かうことの多い自分には仕方のない事なのかもしれない。
「国王行きましょ……」
先導として漆黒の闇に足を踏み入れた側近の声が途絶えた。側近の背中から光の当たる外側に飛び出すのは、血の隙間から鈍く光を反射する刃物。幅広のファルカータ、西方の剣だ。そう認識した時には既に、側近の両側からもう2本のファルカータが私に突き出され両胸を貫いた後だった。
必死に鞘に納めたままの宝剣を、闇へと突き入れるが手応えはない。右手に力が入らず、闇の中に宝剣を落とした後、徐々に自らの血に溺れ息が苦しくなる。
「ゴフゥ…」
私の声なき声に反応した兵士たちが、一挙に押し寄せ秘密の通路を制圧しに行くのを私は地面から眺めた。今まで敵として屠り、積み重ねた死体達が見た最期の光景を、恐らく私の弟が見たであろう光景を、私は今更ながらここで見ている。なんと苦しい事か、虚しい事か……今そちらへ行くぞ愛弟よ。
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目覚めは最悪だった。誰かの人生を、その人の目線で思考から何から無理矢理喉奥に突っ込まれるように、夢として見させられた気分だ。苦しい夢じゃなければ良いものだったのだろうが、生憎そうではない。どうせなら美女と”あんなことやこんなこと”をする夢を見させてくれって話だ。
休めたとは決して言えない体を起こし、まだ陽が昇るか昇らないかの時間で朝一番の温泉に入る。これが自分の朝の所作だ。他の誰もいない温泉を堪能した後は、朝食の準備を始めた父の手伝いと、チェックアウトの手伝い。空いた客室を片っ端から掃除していく。
「ん?まだいるのか」
チェックアウトした客室の掃除が終わり、受付に戻って来ると残り二部屋の鍵が帰って来ていない事を確認した。昨日更衣室に武器を持ち込んだ迷惑客の一団だった。
既に時刻は昼前だ。この宿は太陽が中天に到達する前に出て行ってもらうようにしているのだが、昨日受け付けた時に説明を忘れていた。本当であれば迷惑客にお願いなどしたくないのだが、こちらのミスである以上、丁寧にお願いして出て行ってもらうしかない。
「あのぉ~「よって南のルートを通らなければ」」
薄い扉の外に中にいる男たちの押し殺した声が漏れ出ていて、客室の扉を開きかけた手が思わず止まる。客の会話を盗み聞きなどする趣味はないが、内容が少し気になった。
「おとなしく旅人然としていれば、大公軍に遭遇してもバレないのでは?」
「おい、安全策を取るべきだろう?」
「いや、いち早く目的地に向かわなければ!」
「”王子”の安全を……」
会話が途切れた客室内から音が一切聞こえなくなる。
次の瞬間、ドン!という音と共に開かれた扉の前には、昨日自分の首根っこを掴んだ男が立っていた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。