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(仮)東乱の王  作者: 都津 稜太郎
1.始まり
2/6

2.北歴201年 春


「ヴァレリー・レ・ウレンジア国王」


 静かに目を開けた。

 眼下には、平原の端から端までを両軍の兵士が満たしており、中央には人の森を分かつ川のように、地面が見えている。右斜め後ろで許可を待っているのは、近衛騎士団長だろう。


「なんだ」

「全ての兵が揃いました」

「予定より少なく見えるが」

「東方の貴族の大半は、バクスト東方大公の蜂起に従いました。我々に与する予定の貴族もです。更に西方地域の貴族は参戦予定の半分以下になります」

「そうか」

「中央の貴族も、ほぼ静観を決め込んでおります」

「そうか」

「こちらの兵力は7800程、向こうは10000です。開戦も近く、兵に檄を…」

「わかった。行ってくる」


 手切れを通達してきた友好国、独立した属国、独立した貴族諸侯は数知れず。結局この戦に集まったのは、予め根回しをしていた貴族の3分の1にも満たない、大小12の貴族と傭兵だ。わざわざ仮病や嘘を使って欠席させた意味などなかったのかもしれない。全ての貴族を、あの大ホールで消してしまえば良かった。そうした方が楽だったかもしれない。

 そんなことを考えながら、布陣した味方の前へと馬を回した。



『この決戦の地に集まりし、勇猛な兵士たちよ!』


 出鱈目だ。我らの側には肥え太った貴族と飢えた農民、寄せ集めの傭兵しかいない。


『我が兄、ディミトリ第一王子は、あろうことか反乱に与し、王国に牙を剥いた』


 嘘だ。一番民を想い、守ってきたのは王族の誰でもない、ディミトリ兄上だけだ。


『今こそ、あの国賊と反乱者たちの軍勢を完全に粉砕し、この王国に平和をもたらそう』


 困難だ。兄はこの国の誰よりも軍才がある。そして、我らが王国はもう既に壊れた。


『行くぞ!全軍前進!』


 あぁ、我が敬愛するディミトリ兄上よ、貴方には我々の一族の誰も持ち合わせなかった、軍才も、民草を思う優しさも、敵方であった5000の内乱兵を味方につける真摯さも、持ち合わせているというのに、何故、政治だけがそんなに分からない。

 凶報を聞いた貴方が、遠征軍5000を率いて反転し、王都に攻め入れば、殆どの貴族は兄上の味方をして、王国は10年で以前より強く纏まって復興しただろう。

 大罪人たる私を放置し、反乱を起こした属国の兵を率いれば、他の者にとって兄上は王国人では無くなってしまう。


 ディミトリ兄上、貴方に政治感覚さえあれば。そう願わずにはいられない。


ーーー「「「ウォーーー」」」ーーー


 地鳴りのような鬨の声と共に私の両脇を兵士たちが突撃していく。我々に戦術などない。だれも戦場での指揮を取れるものが居ないのだ。

 しばらくした後に、遠くに布陣していた敵もゆっくりと前進を始めた。こちらと違って統率の取れた”軍”と言える動きだった。


「ハッハッハッ、ついに始まりましたな」

「ミシューレの敗残兵と手を組んだ裏切り者を罰するチャンスですな」


 怠惰を具現化したような体型を揺らしながら、横に並ぶのは今回味方の中で上の爵位の者達だった。

 伯爵に子爵・男爵・準男爵まで、誰も前線で指揮をする勇気がある者はいなかった。


「あぁ、我らの勝利によって再び王国は団結する」


 あくまで勝つことが出来ればの話なのだが……本当に勝利を疑っていないこの貴族たちを見て、この戦に勝つことが不可能だという現実が突き付けられた。だれも軍才を持っていないことは明らかなのだ。

 そもそも少しでも才能が有れば、私に味方する筈がないのかもしれない。


「いやはや、楽しみですな」


 この子爵の目には、目の前で起きている平民と賊による命のやり取りは映っていない。ただ勝利の先にあるであろう、爵位、権力、領地、税収が目に浮かんでいた。

 それは、どの貴族も一緒だった。

 目の前の大戦なんぞ、微塵の興味もないのだ。きれいに磨かれた鎧は、あくまで自分の身分と財産を表すものでしかなく、戦争の道具ではない。


「それでは丘上に戻るとしましょう」


 かく言う私も軍勢の指揮を出来るわけではない。近衛騎士団長に任せたきりだった。

 その代わりに政治力を発揮して数を揃えればと思っていたが、私にはその才能もなかったらしい。一番立場が上である私を置いて、丘上に向かい始めた無能貴族共の後ろ姿を見てそう思わずにはいられなかった。


 戦場はめまぐるしく戦況が変わっていく、それは丘の上から見ていると分かりやすい。貴族たちは持ち寄った名産品と茶を楽しんでいるが、自分にはそんな余裕はなかった。時たま中座しては、戦況を見守った。

 最初はこちらの突撃に押され、敵の中央部がへこみ始める。だがそれに伴って、触手のように左右の敵が我々を包み込み始めた。それに対抗するように後方にいた騎兵達が突撃して半包囲しつつあった敵を押し戻す。

 戦場に疎い私でも危ない状況だったのが分かる。危うく一日で決着がついてしまう所だった。


「只今戻りました」 

「よくやった!騎士団長!」


 貴族たちの”お褒めの言葉”を受けても反応することなく、色濃く疲労を顔に映している彼の表情は絶望に満ちていた。”「我々は必ず負ける」”そう訴えかけて来る瞳だが、言いたくても言えないのだ。万が一言えば首が飛ぶだけではなく、王都にいる彼の親族まで影響が及ぶだろう。彼の口からは「順調」「圧倒」そんな言葉しか出てこない。

 丘の裾野に広がる野営の火も、どこか弱弱しく見えた。


 夜中には夜襲を受け兵糧が少し焼けた。何度も襲撃を受け眠れない夜が続く。


 翌朝再度整列した軍は明らかに人数が減っていた。昨日の戦闘、夜襲だけではない…”逃亡”だ。

明らかに減ってしまった人数が”さも”いるように、気勢を上げなら突撃していく我が軍の兵士は健気だ。この散り行く命に責任を持てないのが私の一番の罪なのかもしれない。


 「今日も始まりましたな」と椅子に深く腰掛け、自慢話に花を咲かせる貴族はついには丘上の陣から出て来ることもなくなった。自らが彼奴等と同じだと思いたくはないが為に、前線を見渡しやすい丘の中腹へと降りていくことにした。

 そこから見える景色の先には砂煙とその奥でうごめく大量の人間がある。軍隊の動かし方を習ったことはないが、二日に渡って俯瞰できていると、何となくだが起こっている事くらいは見えて来た。


「今日は反乱軍の動きが少ないな」

「昨日の包囲戦術を破られたので、正面から当たって来ることを選んだのでしょう」

「そういうものなのか」

「我々の戦術、士気に圧倒されているのかと」

「いい、いらん。正直に申せ、私は上の貴族たちとは違う」

「……では、私の私見になりますが、反乱軍は数的有利と練度差を昨日で測れたのでしょう。押し潰すだけでよいと」


 護衛の騎士は、私に怯えながら正直に言ったのが伝わってきた。だが、それに納得できない自分もいる。私は戦争が分からないが、経済や兵站は分かる。

 反乱軍には後ろ盾となる異民族はいるが、兵站の概念がない彼らに兵站線を維持できる筈がないのだ。食物を食い荒らす蝗の大群のように、短期決戦で敵地の物を略奪していかなければならない。それを理解していない兄上ではない。


『ぁーーー』


 丘の上から何やら悲鳴の様なものがこだました。丘上の様子を伺ってみると、明らかに人の気配が多かった。それは周りの騎士達も感じ取っているようで、私を守る為に陣形を組み始めている。


「何かが起こっているな」

「私が見て参ります」

「行ってこい」


 心臓の高鳴りが聞こえてきた。恐らく兄上が何かを仕掛けたのだ、戦争に疎くても分かる。

 丘の頂上に向かってゆっくりと登って行った護衛が、頂上を少し覗くと転がるように斜面を駆け下りてきた。その様子を見ていれば、ただ事では無い事がわかる。


「敵襲!!!敵です!丘上に大量の蛮族共が」


 我々の所まで到着すると、騎士は丘上の敵に悟られぬよう必死に押し殺した声で叫んだ。覚悟は決めていたので動揺はない。ただこの瞬間に確定したのは我々の敗北だ。

 いくら丘上の貴族が無能貴族の集まりと言えど、今の軍勢はその貴族達が連れてきた軍であり、いなくなれば我々の軍は瓦解する。


「国王!戦場から脱出いたしましょう」

「……」

「国王!!」


 すべてが予想通りだった。

 最初に味方に檄を飛ばして突撃させた時から、全て分かり切っていた結果だった。ただ、早すぎる。もう少し、せめて1週間にわたる戦になると思っていたのだが。


「国王!!!」

「あぁ…あぁ、行こう」


 情けない姿だ。馬の背に乗り必死に戦う味方の背を見つめながら全速力で戦場を横断していく。おそらく我々の姿に気づいた人間もいただろう。特に兄上は私の醜態を見逃していないはずだ。



 

「ヴァレリーよ、何故だ」

「それは、兄上が良く理解している筈では?」

「理解していても、共感はできない」


 私は父を斃した、丁度その場所にいた。

 何の因果か、私は父が最後に見たであろう光景を見ている。大ホールの王座から見えるのは、私を守って死んだ騎士たちの屍だ。まだ自分のために死んでいった者達がいる分、私は父よりマシなのだと思いたい。

 すべてはここから始まったのだ。協力者を集うときは民を救うなどとのたまったが、ただ父の専制を終わらせたかっただけなのかも知れない。いやもっと利己的だろう、ただ私と兄が冷遇されているのが許せなかったのか。今となってはあの時、何を原動力に動いていたのか分からない。


「最後に言い残すことはあるか?」


 奇しくも、私が父にかけた言葉と同じ言葉を掛けられた。

 そういえばあの時、厄災の話が出ていたことを思い出す。100を超える大小の勢力に分裂したこの大陸の状況は、既に長い戦乱の時代の到来を示唆している。


「厄災を始めたのは私だったのか」




ーーーーーーーー

 ヴァレリー・レ・ウレンジアが起こした、後に”ウランジア動乱”と呼ばれる一連の反逆は、実の兄であるディミトリ第一王子により約3ヶ月で鎮圧されるが、一度瓦解した王国が元の形に戻ることはなかった。

 親兄弟が敵となり昨日までの味方、部下が仇となる動乱の時代の幕開けだった。


はじめまして。都津トツ 稜太郎リョウタロウと申します!


再訪の方々、また来てくださり感謝です!


今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。

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