本当の幸い(ほんたうのさいはい)
谷川俊太郎さん、亡くなりましたね。
彼の詩は幼い頃に学級文庫でであって、かっぱかっぱらったとか言って楽しいおじさんやな~と思っていました。でも、アマゾンでレビュー観たら、男特有の性のどぎつい詩などあると女性が苦言を呈していて、読みたくないと思って、その後亡くなったことでピンタレストとかで読んでみたのですが、やっぱり好きだなぁと思う詩も散見される。
特別好きな人に特別嫌いなところが見つかるのは、辛いものです。私の北海道旅行みたいに。
私は若かったころ、兄と北海道の海岸線を車でたどる旅をしました。
そんなことを訊くと「なんて仲のいい兄妹だ」、と早合点をされる方もいるでしょう。私はこの旅の最後あたりに、自死しようと思って北海道の名前も知らない土産物屋の前を歩いていました。母には号泣して何日か前に電話で少し話しました。兄には泣いていることを笑われて、私は雪の降る中、トイレの冷たい壁におかあさん、と刻み付け、もう死ぬ覚悟で土産物屋の前を歩いていたら、ある店から女の人がおいでおいでをしていました。私はふらふらとそこへ歩いて行った。
火がありました。ダルマストーブというのでしょうか、ボンボン燃えている火があって、「火にあたりなさい。死にそうな顔して歩いてたわよ」とその人が私に言ったので、私は死ぬのをやめ、今こうしてこれを書いているのです。
兄の嫌いなところは旅のすべてでした。私は自分のこともとても嫌いになり、その後もそのことは大きくて永遠の謎の箱に入っています。
嫌いなところを見つけると、誰でもびっくりしますよね。
でもそれは、今まで見えていた世界の、本当は月の裏側のように、見えていなかったところが見えた、それだけです。
私はそのころ、そういう理屈を知らなかったので、とてもつらかったのを覚えています。時計台を見ても、ラーメンを食べても、私は孤独と一緒でした。
今ではあれは遠い出来事です。もちろん今は死のうなんて思っていないし、兄のことももうなんか遠い人です。結婚して子供もできた兄が、なるべく元気で長生きして、できるだけ私の見えるところ、私の聴こえるところにいないで欲しいとは思いますが、それだけです。私の見えている世界、私の知っている世界は、本物の世界ではない。私はあの頃、怒っていたのです。でも、怒っていることを知ることも、生きていればあるのです。それがどんなに絶望的な怒りでも。もちろん、どんな人であれ。
今日はそんな風なことを思い出しました。
小雨の降る中、小さな美術館と近くの植物園に行きました。美術館では不幸と美があって、植物園ではうなだれたバラが重たいというようにしずくを含んでいました。雨は止んだようです。私は母と家に帰り、幸せな一日を終えようとしています。
この文を読んだ人に思ってほしいことは、沢山ありすぎて言えません。たくさんのふしぎという月間の本を、幼い頃定期購読していて、今でも好きです。たくさんのふしぎというタイトルは、仏教の世界観を表しているのでないだろうか。あなたは知らないことだらけ。これから楽しく知りましょう、みたいな。
私の貧しい仏教解釈は忘れて、こんなページは閉じちゃって、パソも閉じてスマホも消して、空を見てください。空が高いでしょう。星はきれいでしょう。私はこの本を読んだたった数人でもいいから、外の空気を肺に入れて、ああ、冷たいなと思って、また部屋に入って、暖房をつけて、亡くなった猫のことを思い出して泣いて、そしてああ幸せだと思ってほしいです。
こころより。
おわり
本日のBGM:サムライチャンプルー