しみじみ飲めばしみじみと
グ・イブニンエブリワン。
今はなんつーかいい感じのおまがりです。
おまがりはですね、最近本当にいい感じなんです。
無常ですがね…。
瞑想の効果だと思うのですが、心がとても落ち着いて、凪いでいます。でも時々、駅の待合室でホームがレスっぽいあんちゃんを見かけたときとか、道で機関紙らしきものを配っている新興宗教のおばちゃん(私も受け取らないし…おばちゃんも積極的に渡しませんでした)とか見かけると、心が乱れます。
どうすればいいの? 声をかけるの、なんて? 何もできないでしょ、できないよ…そういう言葉が冷たい石のように喉に詰まっていく…そうですね、そういう時は身の置き所がありません。
でもすぐにそれを忘れて、手放すのが早くて。
大丈夫なんです、多分。
いやホント、無常ですがね…。
名越康文先生の本は、今年の一月に出会ってから何十回も読み返し、いまも手放さず、毎日のようにページを繰ります。この間は新しく買って文友さんに贈りつけました。
なんか幸福だと言葉が出てこない…なんでだろう…。知るかよ。
今日は「HANA‐BI」を見て、昨日は「キッズリターン」を見ました。金子賢きゅんが美し可愛かったです。あの刺青の入った背中の色気は異常だろ、と思いました。やくざさんなんかの中で…きっとBL漫画みたいに兄貴たちに意味深に可愛がられるんだろうな…楽しい…。
馬鹿でしょ? ね、馬鹿でしょう? 楽しいんですよ、それが…私、馬鹿なんです…。
人生のご褒美として、このような日があるのだと思うのですが、皆さんはいかがですか? 聴いてみることもできないけど…何にもない、特別じゃない、ただの一日がとても大事で、幸せで…頭空っぽで…きっとはたから見たらバカバカしくて頭ひっぱたいてやりたいかも…ムカついて殺したいとか…なんか、そうね、そうでしょうかね。
私は人に対してそう思ったこともあります。特に自分が幸せと感じられない日々を過ごしているときとか…でも、今はなんか慈しみの瞑想のおかげなのか、人を簡単に好きになるのです。歯医者さんでは受付さんも好きだし、歯科衛生士さんも好きだし…道を行く人みんなを好きになるわけにはいきませんが、生きとし生けるものが幸せでありますようにと、毎日祈ります。
仏教のいいところは、方法があるところ。瞑想があるところ。ほかの宗教にはないですよね。
あと、信じるのにお金も要らない。仏具もなんもなくてよし。あってもいいけどなくても買わないでよし。信じ崇め奉るのも不必要です。瞑想っていうのは、自分のことだから。自分がどれだけ頑張ったかどうかだけが重要なので、人をあがめたりする必要は無いのです。
滝行などのつらい修行も要りません。断食も必要ない。ただ在家であることで、いろんな誘惑はあるのですが。しかしそれでじゃあ、「モノや金を所有するな」、とかもないんですね。なぜなら、執着していないことが大事で、それはモノを持たない、持つ、ということと何の関係もないからです。
どうです皆さま。
いいでしょう、仏教。
私は原始仏教を支持していますが、皆さんはどんな形でもいいと思います。お寺があったり、お仏壇がある場合はそれでちょっと瞑想できそうだし、そんなもんねーよというかたもちゃんと瞑想ができますし、行にも取り組めます。
オヌヌメしますよ^^
ではでは。
明日はまたキノコと野菜と肉の蒸したの食べようかな…。
~終わり~
…ていうか私、ほんまもんの大馬鹿三太郎じゃねーの?!?! 馬鹿ってこんなに幸せなんだ!!
ほんじつのBGM :オザケンの「天使たちのシーン」




