大樹と青年
神は細部に宿る。
手塚治虫先生に捧ぐ。
その青年ノアは、真夜中に家を出た。
自分は何のために生まれてきて、何を為すべきなのか。
どこから来て、何処に行くのか。あるいは、何処に行くべきなのか。
思い悩み、苦しみ、真夜中に何時間も彷徨い歩き、ふと、孤高にそびえ立つ一本の大樹と出会った。
青年はその大樹に問うた。
「大樹よ、あなたはどうしてそんなにも大地にしっかりと根を生やし、何十年、何百年とどっしりと、堂々と生きて行けるのですか? あなたは何のために生きておられるのですか?」
大樹は応えた。
「青年よ。お前はここまでどうやって来たのだ」
青年は答えた。
「自分の足で歩いて来ました」
大樹は続けた。
「お前は俺が羨ましいか?」
青年は答えた。
「はい。羨ましいです。だって、そんなにも堂々としっかりと生きておられるのですから」
大樹は笑った。
「俺はお前が羨ましいよ。その足で何処にでも行けるではないか。その手で何でも創り出せるではないか」
大樹は続けた。
「俺はもう疲れたのだ。人の醜い争いを幾度となく見てきた。お前がこの世界を変えておくれ」
青年は答えた。
「そんなことは私には無理です。この世界を変えるだなんて私に出来るわけがありません」
大樹は微笑んだ。
「そうかい。それは済まなかったな。それではまた何十年、何百年と待つことにしよう。この醜い世界を見ながらな」
A
短編ですが、読後感は決して爽やかとは言い難いと思います。
この世はいつでも理不尽さや悲しさ、儚さ、切なさ、善なる悪、真っ白な黒、静かなる爆音、万能な無能者、平和のための戦争、すべてが矛盾に満ち溢れてると思います。
歳を取ってくるとそのことが余計に身に沁みます。
絵本的、紙芝居的、絵物語的世界観も表現出来て、個人的には、本作品投稿により、夢が叶った瞬間でもありました。