8.問屋街にて
問屋街 金具専門問屋主人 視点
「あんた、なんちゅう時間に……」
ワシが、この帝都の問屋街に店を構えてから数十年。
今日ほど驚いたことはなかった。
ここいら一帯の店は、中級以下の階級の注文を請け負う組合を対象としている。
だから、今ワシの目の前にいる見るからに(質素な衣服を身につけているが)上流階級の若者は場違いもいい。
ましてや、どう見ても職人ではない。
普通ならこんなところにいるはずのない御人だ。
現在は、まだ朝日が山の稜線にほんの少し姿を現し始めたくらいの時間帯で、ワシが開店準備をしようと店の戸板を外している作業中の出来事だった。
その若者は、黙って手に持っていた紙をワシに差し出した。
ワシは、訝しがりながらそれを受け取り目を通す。
「こりゃぁ、ユーリィ嬢ちゃんの手前だ」
店に来た場違いな御人が俺に寄越したメモは、確かに上得意であり娘のようにも思っているユーリィ嬢ちゃんの手前で書いたモノ。
書かれていた内容は、商品の購入依頼だった。
本来なら契約している組合員にしか品物を売らないのだが、嬢ちゃんの委託した旨も書いてあったので品物を出さざるを得ない。
「しっかし、なんだな。 こいつぁ、また大層なものを御所望だ」
嬢ちゃんのメモ通りの品物をとるため奥の倉庫で目的のものを探しながらワシは、一人呟いた。
「金輝石で出来た、カフスの金具なんざぁここに来てから初めてだな」
あの御人は、絶対にこれがどんなモノなのか知らされていないだろう。
これを使うということは、アレを嬢ちゃんは作るんだろう。
実際どういうモノが出来上がるかはワシには想像しかできないが。
遠い記憶の彼方に一度だけ見たことがある完成品。
あれは、今でも鮮明に思い出すことができるくらい印象に残るものだった。
倉庫の奥で、厳重に封印符をつけてまで保管していた金具を箱の中から取り出し傷つかないように鹿の薄いなめし皮でくるんでから、紙袋にしまう。
奥の倉庫から店前にでると、かの人は珍しげに(表情はあんまり変わっていないが)商品を眺めていた。
目線を追うと、金属職人達が加工後に出した屑石や輝石粉、銀粉を詰めた革袋などが置いてある棚を見ていた。
これらのモノは、元が良く捨てるには惜しいため店の片隅に置いている、いわば特売品。
元手タダのものなので、商品単価はちょっと良い菓子が買える下町の子供の小遣い程度の値段だ。
間違っても上流階級の御人が興味をもつものでは断じてない、と、思う。
『屑石』と、いっても元は宝飾にする石を削った時のモノだから質は良いのだ。
御人は、一つ一つ右手にとって店に差し込む朝日に翳して見たりして、明らかに物色していた。
左手には、選んだらしい屑石と銀粉の入った革袋が乗っている。
か、買う気だ……
何に使うか、ちょっと興味がある、が、なんだか「何を作るんですか?」何ぞ聞ける訳がない。
選び終えた御人が「いくらだ?」と、聞いてきたので値段を言うと腰に下げていたちょっと大きめな黒革で出来た革袋から言った金額よりちょっと多めの額を差し出してきた。
ワシが訝しがると、「迷惑料込みだ」と、一言。
どうやらこの御人は、口数が少ない方のようだ。
ワシは、御人が買ったモノを袋詰めにすると、持っていた当初の目的であるはずの品物を渡した。
「支払いは?」と聞いてきたので、代金はゲーベン裁縫組合に請求するため今は金を受け取ることをしないと説明しつつ、たぶん嬢ちゃんと契約したときにその材料の金額の代金も含まれているだろうと説明しておいた。
御人は、ワシの説明に素直に頷くと「また、来る」とぼそりと一言そういって店を後にした。
また、来る?
あの御人は、また来る気でいるのか。
本気か、冗談か、判断しにくい。
上流階級の上流階級らしくない御人だった。
かの御人は、ワシの記憶になぜだか強烈に残った。
この後、この御人と長い付き合いになることは、このときのワシには想像すらしなかった。
このエピソードは入れるか入れないか迷ったので、更新の間がちょっとあいて今しました。(といっても現在遅筆状態なのでなんともいえませんが(苦笑)
前回のあとがきであと一話で、終了とか言っていましたが急遽これをいれたので、正しくはこの次で第一幕が終了します。
間を置かずに更新できたらいいな……orz