43.彼女の不測事態
練武祭開催の前日。
新調した軍隊行進の時着用する軍服は既に全て完成しており、縫製等の最終確認をしていた時だった。
「部隊行進の時に着用する軍服て御前試合、ですか?」
軍服の制作で忙しくしていて、ずっと黒砦に篭っていた私たち。
久しぶりにフォルトさんが職人街へ用事に出かけ、そこで聞いてきた噂話。
なんでも、職人街のみならず帝都全域でその話で盛り上がっているみたい。
特に女性達が、華麗な衣装(礼典用軍服)で剣技を競う騎士様達の姿を想像して盛り上がっているようだ。
いつもなら、何の装飾もない体の不自由なしに動ける地味な実戦用の軍服を着て行う。
毎回、出場する騎士は皆それなりに見目麗しいらしい。
見に行ったことがないので話の上でしか知らないけれど、そんな方々が美々に着飾ったら確かに女性達が浮つくのは想像出来る。
男性達は、実用の軍服でなく正装の礼典用の軍服での御前試合で騎士様達が何処まで動けるかを議論し合ったり、こういう催し物に付きものの賭け事のことで盛り上がっているみたい。
今回、どこの騎士団が勝つかの予測不可能なのでかなり倍率の変動があったようだ。
噂を要訳すると、練武祭2日目に行われる御前試合で部隊行進時に着用する軍服で試合をすることになったという。
部隊行進時の軍服は見栄えするように式典用と同等に華美で戦闘には不向きな衣装だ。
思いっきり動きを阻害するような軍服で御前試合なんてどういうことなんだろうと首をかしげる。
私はこの噂が本当かどうか確かめるためにアーヴェンツ様に聞いてみなければと思い足早に裁縫室をあとにした。
もし、本当だったら直ぐにでも手直しをしなければ間に合わない。
ある程度、剣を振るえる構造にはしてあるけれども、御前試合のように激しい動きを想定して作っているわけではないのだから。
最悪な事態を想定し、そのためにどうしようと考え事をしながら廊下を小走りしていたのがいけなかった。
角を曲がったところで誰かと衝突してしまい、私は思いっきり顔面を相手に打ち付け尚かつ体の均衡を崩し後ろに倒れこんだ。
倒れる、と思った瞬間腕を引っ張られ衝突した相手に引き寄せられ後ろ向きに倒れ込むことを免れた。
謝罪とお礼をと思い相手を見上げると、青い瞳と視線が合った。
気遣わしげな瞳で私を見下ろしていたのは、アーヴェンツ様。
私は慌てて謝罪をすると、「怪我は?」と聞かれたの「大丈夫です」と安心してもらえるようしっかり答えた。
アーヴェンツ様は私を訪ねる途中だったそうで、すれ違いにならずに済んでよかった。
私が、噂の真相を聞くまでもなくその件についてアーヴェンツ様から説明していただいた。
なんでも、私が又聞きした噂話は本当であり、その連絡がこの黒騎士団に書簡で届いたのは先程という。
件の御前試合の趣旨は、いかなる不測の事態であっても常に動けるというところを皇帝陛下にご覧いただく為とのこと。
趣旨の内容はともかく、あまりにも突然な通達に不審に思ったアーヴェンツ様は、此処から一番近い 青騎士団の砦に直ぐに確認してみたという。
青騎士団から戻ってきた返答は、なんとその通達は十日前にされたとのこと。
誰の差し金かわからないけれど、要は黒騎士団に対しての嫌がらせだろうとアーヴェンツ様は考えておられるようだ。
この手の嫌がらせは未だに大なり小なり絶えることがなく、アーヴェンツ様の苦労が偲ばれる。
噂が本当だと分かって、最悪の事態になってしまったと私は瞬時に悟る。
この通達が、しっかり十日前に来ていれば何の問題もなかったのにと内心げんなりしてしまった。
しかし、嘆いている時間はないのだ。
幸いなことにまだ、わずかだが猶予時間がある。
私は、アーヴェンツ様に御前試合でどうしたいかを伺った。
どこまで動ければよいのか、その返答によって軍服の修正が異なるから。
それなら、実際に衣装を身に付け動いて判断したいということだったので御前試合に出る選抜の騎士を裁縫室に来て頂けるようお願いすると快く引き受け下さった。
主にそんな使い走りの様なことをさせてしまい恐縮なのだけれども時間がないこともあって私も急いで裁縫室へ駆け戻った。
裁縫室に戻ってすぐ、最終確認をしていた仲間に事情を説明して修正するための準備に入る。
御前試合に出る方の軍服を用意し、実際動いてもらうので作業台を脇によせ動ける空間を作る。
集団で作業ができる広い裁縫室なのでそれなりに動いていただける場所を確保できた。
直ぐ修正作業ができるように必要な道具をひと揃えして、騎士様達の到着を待つ。
幸いなことに仲間内にこの手の修正が得意な人が二人おり、自分を合わせると三人。
試合に出る騎士様は全部で控えを入れて五名。
何とかなりそうだ、いえ、何とかしなければならない。
泣き言はいっていられないから、裁縫室に到着した騎士様順に軍服を着てもらい実際剣を持って動いていただく。
本当なら外で思いっきり動いていただきたいのだけれども移動する時間が惜しい。
直接修正作業をする私たち三人以外の裁縫士仲間に騎士様本人の最低限の動作希望を聞いてもらい修正箇所のメモを取ってもらう。
動いては脱いでもらい修正を施し、また着て動いてもらうを繰り返す。
夕暮れ前までに、なんとか四名の手直しが終わり最低限自由な動きが出来る修正を施すことが出来た。
残りのあと一人は、アーヴェンツ様。
事前から決まっていた練武祭前の騎士団長の総会があり、出かけたまま未だお戻りになっていない。
団長故に、他の騎士様達と異なりかなり装飾が施されいるために複雑で難しい修正を強いられることが必至だ。
これは、私にしか出来ない技術が必要となるため、修正を施してくれた二人と仲間には先に上がるように言い、裁縫室でアーヴェンツ様の帰還を一人で待った。
戻り次第裁縫室に直行すると言い残して出かけていかれたアーヴェンツ様。
月が中天にさしかかる少し前頃、廊下を早足で駆ける足音が聞こえた。
戸を叩く音もなく扉が開き、少し息を切らせ「済まない、待たせた」と一言言いながらアーヴェンツ様が裁縫室に入ってきた。
軽い挨拶を交わしたあと、早速、軍服を着て出来る範囲で剣を振るっていただいた。
後は、四人の騎士様達の時と同様に修正と動作を繰り返して手直ししていく。
最後の修正をするだけになった頃、私はアーヴェンツ様に自室に戻り休んでくださるよう言った。
練武祭の当日の今日は朝早くからアーヴェンツ様は皇帝陛下の側控えていなければいけないのだ。
少しでも休んで頂きたかったから。
東の空が白み始めた頃ようやく修正が完了した。
なんとか、間に合った
短時間で酷使した指先が少し震える。
その指を握りこんで、私はホッと安堵のため息をついた。
極限まで集中して針仕事を徹夜で行なった為、アーヴェンツ様の軍服を胴型にかけた瞬間、ふっと気が緩んだ私はその場で意識を失った。
倒れる私をそっと支えた腕の温もりに気づかずに。
筆が乗ったので予約投稿してみました。
(もともと半分ぐらい出来上がっていたのでそこに加筆)
2013/05/02 一部加筆修正