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紡ぎ唄のように - Spinnerlied genannt -  作者: 久郎太
第五幕:晴れ舞台に華を
42/45

42.彼女と軍旗

 それは、懐かしい顔ぶれとの再会の後のこと。



「あ、あの・・・・・・?」


 扉を叩いた音がしたので、裁縫室の扉を開くと全身真っ赤な巨体な人がそこに立っていた。

 瞳も髪の毛も顎全体を被っている髭も着ている略装の軍服や外套もほんの少し暗めの赤。

 その人は私に何を聞くでもなく、ただ腰を曲げて私の顔を覗き込むようにじっと見つめている。

 迫力のある風貌に、私は反射的に仰け反ってしまった。

 厳つい顔を少し傾けながら何か考えるように私の顔を見回している。

 不躾で終始無言だったから少し戦いてしまったけれども、嫌悪感はなかった。

 その観察は、その人のお供の従騎士らしき方が止めるまで続いた。


 なにやら話があるというので、立ち話するのは、失礼かと思い来客室へお通しし、そこで少しお待ちいただいた。

 人手不足のため自分で併設された給湯室へ向かいお客様用のお茶とお茶請けを用意して室へ戻ると、赤い御仁は2人用の長椅子の真ん中にでんと腕を組んで座っていた。

 私は、お茶を出してかの人の前に立ち要件を失礼のないように気をつけた言葉で聞いてみると、まずは座れと言われたので、本来なら失礼に当たるのだろうと思ったのだけれども、かの人の有無を言わせない迫力に抵抗できずに素直に座った。

「主が、あの軍旗を織った者か?」

 私が座ると同時にそう、その方は聞いてきた。

 前に座る人がまとっている色から推測して「黒騎士団の軍旗のことですか?」と聞き返すと、「うむ」と頷いたので「そうです」と答えた。


 本来なら、騎士団専属の裁縫士が騎士団の象徴とも言える団長旗を織ることはまずない。

 軍の総括専属の特殊技術をもつ裁縫士が、織る決まりになっている。


 軍旗は、通常3種類に分かれている。


 一般兵が掲げる、各騎士団の色のみの三角の兵旗ソルダート・ファーネで、目印として大隊長が3つ、中隊長が2つ、小隊長が1つの兵旗を旗棒ポールに付ける。

 部隊長の騎士が掲げる、各騎士団色に各部隊ごとの部隊紋章ミリテーァ・ヴァッペンを織り込んだ四角形の部隊旗ミリテリッヒ・ファーネ

 この兵旗と部隊旗は、各騎士団所属の専属裁縫士が作る。

 各騎士団長が掲げる、特別な加工の糸で特殊な織り方を施した各騎士団色に団長の家紋ファミーリェ・ヴァッペンを織込んだ四角形の大軍旗の団長旗コップフ・ファーネで、剣状の旗頭が旗棒の先端に付いている。

 団長旗だけは、総括軍部所属の特級裁縫士並びにその下で弟子をしている裁縫士の手によって織られる。

 その特別製の軍旗を唯一織れる技術を持った方が、昨今高齢のため亡くなった。

 彼女には、弟子がいて糸の加工はどの弟子も加工する技術は持っていた。

 だが一番肝心な軍旗の特殊な織り方を弟子の誰一人として受け継ぐことができていなかった事実が判明したのだ。

 故に、特別仕様の軍旗の製造はもう失われたと思われていた。



 総括軍部専属の裁縫士の方が亡くなる少し前に、私は皇帝陛下の命で密かに宮殿に召還された。

 総括軍部で旗を専門に織っていた織氏は、団長旗の特殊な織り方を弟子が継承できていないことを知っていた。

 自分の命が余命いくばくもないことも悟っていた。

 この団長旗は、ただの旗ではない。

 古来より各騎士団の砦に掲げることで帝都を守護する結界を成すとされおり、故に、その旗は必ず古技アルトスキルで織らねばならないのだとか。

 ここでその技が失われてしまったら帝都に恐ろしいことが起きると代々その織氏に言い伝わっていると言う。

 このことを重く見た皇帝陛下は、即位式の時アーヴェンツ様が捧げたカフスの技法が古技の一つだと思いいたり内密にアーヴェンツ様を通して私に召喚状が届いた。

 召喚された私は、皇帝陛下御自ら説明を受け、一緒に付いてきてくださったアーヴェンツ様の計らいで、アイツ様に頼んで黒砦に移って直ぐに織ったアーヴェンツ様の軍旗を持って来てもらい、既にベッドから起き上がれなくなっていた織氏の方にその旗を見てもらった。  

 その方は、静かに涙を流した。

 よかったと、古技は失われることはないと弱い息で安堵のため息をついた。

 私は、この技をどうして知っているとか聞かれると身構えていた。

 聞かれたらどう答えようかと内心焦っていた。

 聞かれても答えようがないから、ただ、知っているとしか言いようがないから。

 けれど、その方は何も言わずに全て解っているような瞳で私を見つめ、柔らかい眼差しで「後のことはよろしくお願いします」とただそれだけ言っただけだった。

 古技の確認が終わったあと、皇帝陛下直々に他の騎士団の団長旗の制作を承った。



 目の前の御仁が、どういう経緯で此処にたどり着いたのかは分からない。

 その方は、赤騎士団の団長でギジュリダウス・ヴァン=フュルスト・ツェルフトスと名乗ると私に頭を下げて赤騎士団の団長旗を織ってくれないかと真撃に頼んできた。

 私は、いきなりのことに狼狽えて傍に立っていた従騎士様を見ると彼も赤の団長に習い頭を下げていた。

 ああ、この方達はとても誠実な方だとは思った。

 最初に目を合わせた時から、この人の瞳に濁りがなかったから更に強くそう思った。

 ただ、その瞳は少々武人特有の鋭い眼光ではあったけれども。

 私より身分が高いのに、裁縫士でしかない私に頭を下げる潔さ。

 全てに好感が持てる御仁。

 お二人に頭を上げてもらい少し席を立つこと断りを入れて、私は軍専属用の裁縫室でなく私専用の裁縫室へ足早に向かった。

 部屋に入り、生地を収納して有る場所に置いておいた平たい木箱を両手で抱えて客室へ取って返す。

 その箱を客室でお待ちの方にさし出した。

 怪訝な顔でその箱を受け取った赤の団長に私は、開けるように促した。

 箱を開けた団長は、はっと驚いた顔を一瞬浮かべた。

 箱の中には、赤い軍旗。

 赤騎士団の団長旗が収められている。


 皇帝陛下から全ての団長旗を織ることを依頼されたとき合わせて命じられたことがあった。

 この旗の件で直接取りに来た騎士団のみに譲渡すること。

 どんな意味があるのかは私には判らないのだけれども。


 旗を受け取った、赤の団長は「かたじけない」と一言旗の入った箱を掲げて再度私に向かって頭を下げた。

 そんなに頭を下げないでくださいと焦って言った私に赤の団長はこういった。


 

「この旗を織ったのは貴女だ。 その功に対して礼をするのは当然のことだ」と。





 

 


体調不良とひどいスランプでちょうど前話から1年経っていましたorz

この先どのような間隔でアップできるかは未定ですが完結はさせるつもりではいます。

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