40.彼女と会議
2012/04/26 サブタイトルを修正しました
心臓がうるさいほどドクドクと高鳴っている
今日は、錬武祭の為の衣装の打ち合わせがあるとの事で各部隊長様達との顔合わせと意見交換をするとの事。
私の出番になるまで会議室の隣の控室にて待機している状態。
必要になるだろうと思われる道具や筆記用具を確認するのは何回目だろうか?
ふと、無意識に左手首にした細い銀の腕輪に触れる。
精巧な彫刻を施され、純度の高い青い小さな石がはめ込まれている。
これは、先ほどアーヴェンツ様より頂いたもの。
会議が始まる直前に、ここで待つ私の様子見に部屋を訪ねていらっしゃった時、彼自身の手で私の腕にはめて下さったもの。
「緊張をほぐすためのお守りだ」と、仰っていた。
確かにこの腕輪を見ているとほんの少し緊張が和らぐ気がした。
そっと、腕輪に触れてみた。
冷やりとした感触が指先に伝わる。
大丈夫
眼を瞑り、一度大きく深呼吸をして自分を落ち着かせる。
大丈夫、きっとうまくいく
自分にそう言い聞かせてゆっくり眼を開けた瞬間、部屋の扉がノックされた。
アーヴェンツ様の従騎士であるアイツ様に、促されて会議室の前に立つ。
砦の軍部にある会議室の重厚な樫の木で造られた扉をアイツ様がノックし、応答があったあと躊躇いもなく扉を開けた。
先には言ったアイツ様が「お連れしました」と中に向かって一言そう告げた後、私は入る様に促された。
室内に1歩はいって、一礼した後顔を上げた私はその場に固まってしまった。
幅広の実務一片の長机の左右に黒騎士団の主だった幹部の方々がずらりと座っていらっしゃった。
その方々全員が、私に注目していた。
別に怖い表情をしている訳でも、嫌な顔をされている訳でもないのだけれども、方々から発せられる覇気と言うのでしょうか、何やら得体のしれない威圧感が私に集中して向けられている為、蛇に睨まれた蛙の様に身動きが出来なくなってしまった。
「ユーリィ」
そっと優しく呼ばれた名前。
それを耳にした瞬間、硬直が溶けた。
見開いたままだった眼を数回瞬きをしてから声のした方を向いた。
直ぐ横にアーヴェンツ様が立っていらした。
アーヴェンツ様は、「大丈夫だ」と言わんばかりに私の眼をしっかり見ながら少し微笑むと、私の左手を取って会議室の私の席に導いた。
促されて座った瞬間そこがどこに位置するのか気がついた。
ええええ?! なんで、こ、ここ?? なんでぇ?!
心の中で絶叫。
その席は、上座に座るアーヴェンツ様直ぐ左側面の一番上座。
あたふたする私は、助けを求める様にアーヴェンツ様を見たが、ただ一度、私を見て頷いただけ。
「それでは、錬武祭の時に着用する衣装に関する会議をはじめます」
進行役なのだろう、アイツ様のその言葉で一斉に羊皮紙をめくる音が会議室に響いた。
アイツ様の進行の元錬武祭当日に着用する衣装についての意見が各部隊長様方から飛び出す。
衣装のデザインは無論軍服。
各隊の大隊長以下一般の兵士と部隊長達と微妙に分けてほしい。
それと、軍服の色は騎士団色の黒を基調にとの事。
動きやすいもの。
閲兵時間が、深夜近くなるのでなるべく防寒が効くもの。
闇夜でも目立つもの。
と、様々な衣装についての要望が出てゆく。
私は、それを事前に渡された資料の端に書き留めてゆく。
あらかた、意見が出尽くした所で私の意見を求められた。
「ひとつ、確認をさせて頂きます」
私は座席から立ち、資料と先ほどの要望を踏まえて数瞬の間の後にゆっくりと口を開いた。
一同を見渡しながら最後にアーヴェンツ様に視線を戻すと了承の意を示すように頷いて下さった。
それを確認してから、私は部隊長様方々の方へ向き直り、先ほど要望を聞いている間に考えていた事を踏まえて話し出した。
「まず、当日の閲兵の時、第三位騎士以上の位をお持ちの方々は略式の鎧、胸鎧、肩当、小手の着用と帯剣の義務があるのは間違いございませんね?」
そう聞くと、代表して副団長のツェーン様から「是」の応答があった。
「それを踏まえまして、夜間の閲兵となるようですので鎧下に防寒を施し動きやすい物をご用意いたします。 また、外套の意匠を変えることで違いを出させて頂きその留め具に夜間でも光を蓄える集光石を使用させて頂きます。 この集光石の粉末を塗料化して外套に塗布しようかとも考えております。 こうすることで夜間でも数時間は発光しますので明松の灯が届かない暗い場所でもよく映えます。 略式の鎧も黒と推測しますので金属ですしより光を反射して幻想的になるかと思われます。 次に、一般兵の方々の衣装ですが、デザインは不肖ながら私がさせて頂いたもの元に城砦町のご婦人方や兵士の奥方にお手伝いを頂き制作いたしたく存じます」
一気に語った私に少し面食らったのか、部隊長の方々は唖然と私を見ていた。
「え、っとあ、あの?」
私の意見に対しての応答がほしくてそう躊躇いがちに声をかけてみたのだけれども反応が、無い。
どうしようとおろおろし始めた頃、「了解した、とりあえず今言った物の試作品を早めに提出してくれ」と、そうアーヴェンツ様が静かに告げた。
ほっと、安堵しながら了承の旨を伝える為に私はアーヴェンツ様に向かって一礼を返し席に着席した。
「ユーリィ、さっそく作業に入ってくれ。 退出を許可する」
私に向けられたその言葉を聞いて私は、手元にあった筆記用具と資料と採寸する為に持ってきていた道具を手に取る。
「採寸は随時手が空いた者から裁縫室へ行くよう指示する」
目ざとく私の道具一式を見たアーヴェンツ様がそうおっしゃった。
私はその言葉に頷くと、席を立ち会議室の出入り口へ素早く移動する。
その扉の前に、戸を開けてアイツ様待っていて下さった。
私は、皆様方の方へ向き直り一礼してから会議室を後にした。
「まずは、一段階終了……」
そう、呟きながら私は私専用に賜っている作業室に戻り、へなへなと休憩用のソファーに倒れこんだ。
数分そこで気持ちを落ち着けると、勢いよく起き上る。
再び仕事時に意識を切り替えて試作品の準備に取り掛かる。
集光石の発注、加工の依頼。
鎧下の生地の加工。
外套の意匠の選考。
お手伝いの方の募集。
それから……
やることが山積みにある。
幸いの事に閲兵時に使用する軍旗の制作は終了しているのでそちらの心配は無い。
とりあえず、やれることから一つ一つこなそうと素材の発注書を作成したあと、専用の生地の保管庫へ足を向けた。
だから私が、退出した後の会議室でひと騒動があったことなど私は知る由もなかった。
その事を私が知ったのは少し先のこと。
※しばらく彼女視点で続きます
※誤字脱字ありましたらご指摘ください




