37.陛下の回想
彼は上手く騎士団をまとめてくれている
手元に届く度の報告からもそれが窺える。
彼は、私の思惑を気付いているのか気付いていないのか。
それは解らない。
が、しかし、今のところ私が思った通りに行動してくれているのは間違いない。
いつの間にか、狂ってしまっていた官吏の偏り。
それに気づくことが出来たことは、良かったの、悪かったのか。
だが、そのまま放置していたら間違いなく滅びの道を進むだけだという事は嫌でも理解出来る故に放置することも出来ない。
先帝のように気づけなかったら私も愚かだがもっと気楽に居られたのかもしれない。
けれど幸か不幸か気付いてしまっている今ではもう、無視はできない。
かといって、理由もなく官吏の編成を行えば反発は激しいものとなるだろう。
一癖も二癖もある腹黒な老官吏に対するには、今の私では力不足は否めない。
故に、味方を見極め増やしつつ秘密裏に事を進める必要がある。
まずは、瀬戸際でまだ偏りが少ない軍部を元に戻すことから始めた。
内の掃除をする間に外部から何かが起こっては対処できない。
今の国の内情を見れば中枢の人害の他には、対外的な危機もじわじわだが迫っていることは把握している。
対処するために、まずは外堀から但し掌握することを優先しなければならない。
それには協力者が必要不可欠であった。
そこで目を付けたのが彼だった。
彼を見出したのは、先の内戦。
その、戦力と統率力、判断力は申し分なかった。
かの内戦は、普段宮廷にて警護の任に席を置いている者にとって初めての対人戦と相まってかなり混乱をきたしていた。
あの戦場で、己を見失わずに私の盾となったのは今は黒騎士団の団長の彼と白騎士団の団長に命じたかの者のみ。
本来、私の警護を担っていたはずの青騎士団の中でも私専属に編制されていた上位貴族の子息達は、目の前に敵が攻めてきたのを目の当たりにすると蜘蛛の子を散らすように私を置き去りにして一目散に逃走した。
その中で、臆することなく私の前に立ち敵を蹴散らしたのは当時青騎士団の副団長であった彼だった。
彼は、一緒に残った現白騎士団長に私の護衛を任せると、圧倒的多数の敵を相手に一歩も引かず、私に近づけることなく一刀のもとに切り伏せていった。
その姿は、古い叙事詩に出てくる英雄を思わせる戦いぶりだった。
数で押す敵兵が崩れない彼の強さにひるむ頃ようやく気付いた青騎士団の団長と数人の騎士たちが駆けつけてきた。
それを機に戦局は一気に形成を逆転させた。
駆けつけた青騎士団の団長に私のことを任せると、彼は単身一直線に敵の本陣に駆けあがり数刻とたたないうちに今回の首謀者を生け捕りにした。
それに伴い敵兵は戦意を失い、次々に投降し始め戦いはあっけなく終局した。
あの戦いは今でも、無意味なものと思っている。
皇帝位の正当なる継承者は紛れもなく私だ。
それは、国を支える上で欠かせない祭事殿の最高祭司長と元老院の厳選なる選定の末に私と定められたからだ。
単に先帝の長子と言うだけでは、この国の皇帝の位に立つことはできない。
そのために私は、血が滲む様な努力をし周囲を認めさせていたのだから。
それを血筋だけを主張し皇帝を欲した愚か者が起こした愚かな戦い。
その戦いに巻き込まれ一体どのくらいの兵達がその命を落としたのか。
残された家族への慰労金が正しく行われたことは救いだ。
軍部の上層部には、まだ正常な考えを持つ者が居ると言う事だろう。
腐敗にまみれる前に、まず全軍部を再編制し私の内に組み入れないとならない。
いまなら、新たに即位したこの時期なら怪しまれずに上手くいくだろう。
なぜなら、新皇帝の即位に並行して軍部の見直しは当たり前のように代々されてきたのだから。
黒騎士団を彼にまかせたのは、確かに内乱の働きもあったがもう一つ理由があった。
彼にはどこか、全てを諦め居場所を見失っているように見受けられたから。
だから、私は彼に居場所を与えた。
一つの都市と言っていいほどの規模を持つ騎士団の砦を彼にまかせた。
するとどうだろう、彼は私の期待に過分に答えてくれた。
あっという間に、騎士団を掌握して編制を行い、砦の内部も規則正しく改善させた。
また、滞っていた本来の黒騎士団の役目も十二分にこなし、途絶えていた商業組合の往来も盛んになったという。
黒騎士団は、彼にそのまま任せて問題は無い。
白騎士団も、かの者にまかせていればほぼ間違いは無いだろう。
後は、青赤黄の三騎士団。
青と赤は、今の騎士団長と話を詰めれば問題は無い。
問題なのは、黄騎士団だ。
通常、各辺境伯領との間の境に設けてある砦を守護するための騎士団で全部で5つにわかれている。
遠く離れた騎士団の内情を知る為には、信の置いたものを派遣する必要がある。
今は、まだ派遣できる状態ではないが私の中では一つの考えがすでにある。
それを実行するには、この先にある二つの公式の大祭を終えた後だと思っている。
毎年恒例となっている、軍部の状態を把握するための錬武祭。
各騎士団単位に行われる、所謂見世物である。
一年で昼と夜が同等の長さの日に行われるもので、朝日が昇る時間から祭りは始まる。
国営の闘技場で、その時の空の色の順に各騎士団が皇帝に向けて閲兵が行われるのだ。
合間には、各騎士団の代表が総当たりで各分野での模擬戦が行われたり演武などがある。
閲兵や模擬戦は、各騎士団がその威信をかけるほど気合が入ると言う。
一般にも公開される為、帝国民の数少ない娯楽の一つにもなっており、また祭りとあって様々な経済効果をもたらす。
もう一つは、その年の平和を創神と六神獣に感謝し来年の平和を祈願する式典である、創神祭がある。
創神祭は、錬武祭ほど華美でなく皇帝である私が主神殿に赴き儀式をするだけのものだが、おろそかにすることは出来ない。
その日は、全ての帝国民が城下町の随所にある神殿に詣でて創神に感謝の祈りを捧げるのだ。
とりわけこの祭りには欠かせない重要な儀式がある。
主神殿にて選ばれた者達が聖歌と舞踊を捧げ、この日の為に作られる新たな聖杯と聖布が捧げられることになる。
聖歌の歌い手と舞踊の踊り手、聖杯と聖布の作成者の選定。
前者はすでに代々行っている者が居るので大して問題は無い。
聖杯も滞りなく作りあげられており主神殿に保管されている。
問題は一つ、聖布を織りあげる者がいまだに選ばれていないこと。
長年、その聖布を織りあげていた者は高齢の為今回の布を織る前に他界した。
そのものに師事していた弟子達のなかで、かの者ほどの聖布を織りあげるだけの技量を持った者はついぞ現れなかったのだ。
これは聖杯にも言える事なのだが、ただ作ればいいというわけではないのだ。
似たものは作れるが、本物とは差は歴然としている。
それは、かの御人の弟子たちが差し出した物を見れば明白だった。
創神祭までは聖布を何とかしなければならないのだが、私には一つの確信があった。
彼の元に居る、かの特級裁縫士。
彼女は、確実に聖布を作ることが出来るだろう。
新しい黒騎士団の団旗を作ったのが彼女なら間違いない。
あの旗の製法を知っているという事は彼女は古技術を身につけているはずだ。
その古技術を使って作られるのが聖布なのだから。
この先、権力ほしさに出しゃばる者がいなければこちらの式典も何の問題もなくこなせるだろう。
なんの、横槍が無く二つの祭を終えられることを祈るばかりである。
皇帝アーシェント・ルクツヘイム=カイザー・ネーヴェル 視点
※一部加筆修正しました
(2011/01/28)