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紡ぎ唄のように - Spinnerlied genannt -  作者: 久郎太
第四幕:慌ただしき日常
36/45

36.彼女の真意


 カタン … … トントン … … カタン … …



 一つ一つ丁寧にそれを織って行く




 私に与えられた、彼の専属裁縫士となって初めての仕事。 

 これを織る為に、私専用に作られた作業場にここのところずっと籠っている。

 みずはじきそうの繊維から作られた糸を専用の染料を使って丁寧に染めあげた糸で、今、私は彼の軍旗を織っている。

 この城砦に掲げられるものと、彼が出動するときに掲げられるものとを2つ。

 水弾草を使うのは、雨にぬれても水気を弾き重くならない特性と、専用の染料には糸を強くする作用があることから軍旗や野営用の天幕によく使われる。

 それに加え、特殊の織り方をする事でさらに丈夫な物に仕上げる。

 いつまでも、この軍旗が天高く翻っている事を願って。



 ふと、外から騎士団員の方達の威勢のいい掛け声が聞こえてくる。

 外の明るさから、午後の鍛錬の時間だろうか。

 初めてここに訪れた時、団員の方達の顔に疲労の色が濃く、何となくどんよりとした空気が砦全体に取り巻いていた。

 騎士団長となった彼が成した砦内にある兵舎の改善や隊の編成によって、この黒騎士団の砦はとても活気づいている。

 城砦町も人の行き来が盛んになり賑わっている。


 これをきっかけに一息つこうと、持っていたシャトルを一旦置いた。

 ふと、ここに籠ってから一度もアーヴェンツ様にお会いしていない事に気づく。

 最後に会ったのは、私がこの部屋に籠る5日前。

 その時、彼に告げられた言葉が、今でもずっと耳の奥で繰り返す。

 





 ― 人の心は移ろいやすい


 唐突に彼はそう、話し始めた。

 何故、今こんなことを言い出すのか、と、そう思った。

 

 ― 心変わりしない心が強い人も世の中にいるだろう


 ― だが、世の中の殆どの人がそんなに強い心を持っているわけでも、ましてやその時の状況で偽らなければならないこともあるかもしれない


 ― それが、俺や君の身の上に起こりうる、と、いう可能性は否定できない


 確かに、それはあり得ることと理解できる。

 彼が、私に何を告げたいのか、何を理解してほしいのか。


 ― しかし、未来さきの事などは解らない、だから、現在いまそんなことを考えるのは無意味なことだ


 ― 今、俺が君に伝えたいのは、俺がユーリィ、君を心から想っているというゆるぎない事、戯れでもなく偽りなく


 私は、気付いていた。

 彼のそれが、戯れでもなく、偽りも無い真摯な想いということに。

 気付いているのだけれども、自分は結局臆病者で '' 怖い '' のだ。


 ― 俺は 君を 愛している


 私も、貴方を '' 愛して '' います、心から。


 そう、今ならはっきり自分の思いがわかる。

 あの日、あの時、裁縫組合ソーイングギルドで初めて会った時から、私は、貴方に惹かれていた。

 あれから今まで、彼の傍でずっと見ていたのだ。

 彼の、厳しさ、優しさ、誠実さを。

 表情が乏しく、さらに誤解を招くほど口数の少なさ。

 けれど、その瞳はいつも雄弁に語っていた。

 いろんな、思いと願いを。


 はじめは、彼の力になりたいと、ただそう思っていた。

 けれどその思いは、ずっとそばに居たい、側に在りたい、と思う様になった。 

 

 だから、私は、いずれ来るかもしれない未来が '' 怖い ''


 今はまだ、言葉にして告げることが出来ない。

 そこまでの覚悟が出来ていない。


 でも、その覚悟はいつできるのだろうか?


 はたを織る時以外、その事で頭がいっぱいになる。

 私は、何か切欠がほしいのかもしれない。

 大きく前に踏み出す為の勇気を持つ為に。

  


 自信がほしい


 揺れない強固な意思。



 強くなりたい


 いつまでも側に居ることが出来る為に。 



 普段、饒舌とは言い難い彼が真摯にそうおっしゃって下さった。

 私も、彼の気持ちに答えたい。



 差しだしてくれたその手に、私の手を重ねたい。



 それが、今の私の偽らざる真の想い。








※これにて第四幕終幕とりなり、次回、幕間二話を挟んで第五幕となります。

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