35.黒騎士団 団員と団長③
こんな日が来るなんて思いもしなかった
と、夜警任務が終わり寝る前に兵舎の食堂で夜食をつまみながらオレはそうぼんやりと今日までの黒砦の激変を思い返していた。
混沌としていた部隊の編成をあっという間に解隊、再編成。
黒砦並びに城砦町の整備。
商人組合との再契約。
滅茶苦茶だった黒砦としての機能を着々と本来の姿に戻し、その上もっと効率よく動くように再建されていった。
この食堂も、以前は薄汚れた場末の居酒屋の様だったのが嘘のように綺麗に清掃され、きちんと決められた運営に切り替えられて今まで利用者がほとんどなかったのに、今では隊員のほとんどがここで食事を取る様になった。
食堂で出る献立も改善され、今まで朝も夜も変わらない重い料理から、基本昼は重め夜は軽めになり、見た限り健康に良さそうな献立に切り替わった。
加えて、出される料理の味も通いたくなるほど良くなり、さらに希望すれば今までなかった夜警後の夜食が出るようになった。
今、オレの目の前にあるのがその夜食。
献立は、薄切りにされたパンにチーズを載せて軽く炙ったものと野菜がたっぷり入ったスープ、コップ一杯の林檎酒と一枚の蜂蜜焼菓子と軽いもの。
カウンターで注文すればいつでも温かいものが出される。
そう、この食堂には夜警任務が終わる頃には必ず人が待機しているのだ。
ホッとするような温かいこの献立は、神経を使う夜警後にありがたいものだった。
誰が考えたのかはわからないが、オレはその人に感謝する。
お蔭で、今までだらけた様に歩哨していた夜警任務に付く兵の態度がきびきびとした態度に一変したのだ。
食事もバランスがとれたものを取り始めたからか、不健康そうだった奴らの顔色が最近変わり出した。
その変化は、すでに騎士団全体に広がっている。
整然とした一日の予定が決められ、公平な交代制を布いて循環させてゆく。
ある程度決められたことがしっかりわかれば動きやすいのだ。
どう動くか分かれば、余裕が生まれる。
無理のないものだから以前はよくそこかしこで聞こえてきた団員の不満はない。
黒騎士団は、他の騎士団と違い他族の割合が多い。
それは、この騎士団の本来の役割に関わっているためだが、オレが知る限り今まで上層部には有能な者が就いたためしがない。
まず、記録に残っているだけでもかなりさかのぼった時から、団長が中央部族以外の者がなったことがない。
確かに中央部族は人心を束ねることが得意な部族と言われている。
だからと頷けはするが、それと個人の能力とは別だとオレは思っている。
中央部族のオレだから言える事。
それに、以前の黒騎士団の状況を振り返り見れば明らかだ。
オレは、この騎士団の状況とは別にずっと思っていた事がある。
帝国の中枢の腐敗、中央部族が中枢部を占めてからではないのか?
と。
以前は、国の中枢である行政部には他部族が何割かいたはずだった。
しかし、現在、行政部の上位を占めるのはいつの間にか中央部族の者だけだ。
今のこの状況を察している者はオレの他にどのくらいいるのだろうか?
五部族からなるこの国の中枢を一部族で占めている今の状況がとても危ういと言うことに……
オレがこんなことを知っているのは、現在の行政体制や貴族のあり方や下級階級への接し方、趣味で読んでいる歴史書や一般に公開されている行政履歴の本を見たからにすぎない。
なんの力も無い一介の第三位騎士のオレが、何か行動に移すことが出来るはずもない。
日々たまって行くもどかしさ、燻ぶる思い。
だが、そんなオレに一筋の光明をくれたのが、新たに即位した新皇帝陛下とその陛下が指名した中央部族以外の新しい黒騎士団の団長である。
何かが変わる
淀んだ池に綺麗な真水が入り、ゆっくりとだがその透明度を戻すかのように。
そう確信し、安堵する。
けれど、それだけでいいのかと自問する。
何も力が無いからと、傍観を決め込むのはどうなのだろうと。
だから、オレは決意する。
自分にできることは最善を尽くすと。
今のオレに出来ること。
新たな黒騎士団団長を手助けする、とは身の程知らずだがオレが出来る限りのことをしていこうと思う。
夜食を食べ終えて物思いから我に返りふと前を見ると、そこに団長が座っていた。
「いつからそこに居たのですか!?」と自分が驚き質問する前に、団長はオレに対して一言告げると席を立って食堂から出て行った。
オレは、団長が発した一言に硬直した。
フリーデ・ボーデン=ツェーン、貴殿を副団長に任ずる
暫くの間、オレはそこから動くことが出来なかった。
***Ж§†§Ж***
フリーデ・ボーデン=ツェーン、彼の制作した報告書は称賛に値するほど理想的だった
黒騎士団の団長についてからありとあらゆる報告書は、俺が全て目を通すことにした。
普通、巡回・歩哨にたつ兵士の報告書は、まずは直ぐ上官の小隊長に渡され、小隊長が中隊長に渡し、中隊長が大隊長に渡し、最後に総隊長がまとめて団長に提出される。
それをすると総隊長の処理能力により報告がかなり遅くなってから上がってくることになるのだ。
間に入ることによって情報や真実が歪められることがある為だ。
直接一番最初の報告書に目を通せば、歪みが起こるはずはない。
まぁ、それ自体が歪められていなければの事だが。
その報告書を見て団長である俺か留守を預かる副団長に、各部隊の総隊長に命令を出す形の情報伝達方法とした。
それと同時に、各部隊の再編成を行った。
滅茶苦茶に編成されていた部隊の立て直しと連絡系統の迅速化を図るためだ。
兵士全員に対して時間のあるものから、体力測定と実技測定と個人の得意なものの聞き取りを行った。
それを踏まえて適材適所に団員達が収まるよう、五部隊あった部隊を歩兵部隊、騎馬部隊、後衛部隊の三部隊に纏めて振り分ける。
歩兵部隊を主にここ黒砦の守りを任せ、黒騎士団の実働は騎馬部隊と後衛部隊だと明確にする。
砦の守護となる歩兵部隊は、歩兵隊、槍兵隊、盾兵隊、弓兵隊と四部門に分かれている。
歩兵部隊の主な任務は、城砦町の巡回と城壁の歩哨、物見塔での監視である。
これらを担うのは、歩兵部隊の中でも歩兵、盾兵、弓兵。
歩兵と盾兵が三人一組となり城壁の哨戒と城砦町の巡回を行い、弓兵は城壁の各所にある物見塔に駐屯して監視をする。
これを、偏らない様に日勤と夜勤とで循環させる。
これで先ずは、砦の守護は正常に戻る。
騎馬部隊や後衛隊は、現時点でまだ実働要請がないので今のところは構想を練ることしかできないでいる。
実働要請が来たら来たで、今度は俺も一緒に動くことになるので早いうちに俺が留守の間を任せられる副団長を任命しなければらない。
人選で悩んでいた所に一枚の報告書が俺の目にとまった。
それは天啓の様に、俺に適任の人物の存在を知らせてくれた。
その報告書は一見普通の様に見える。
まずは、規定どおりの定型の報告ではじまるが、この先が他の者の報告書と違っていた。
大抵はそれで終わる報告書が、それで終わらない。
その後にびっしりと書かれた事は、その日に気付いた巡回場所の災害時の盲点を指摘、城砦町の人の出入り具合、店に並ぶ物価の変動、兵士たちの状況を事細かに書かれ、ただ指摘するだけではなく、彼なりの改善策まで書いてあるのだ。
試しに一度彼の指摘した場所を視察してみたところ、確かに彼の報告通りだと頷けた。
また、彼の解決策が一番最善だと言う事もわかった。
彼の報告書はそれだけで終わりではなく、その後も上がってくる報告書毎に定型以外の報告が書かれていた。
お蔭で随分と短時間で俺は砦全体の状況が把握出来た。
彼の観察能力と洞察力に脱帽する。
その彼が、歩兵部隊の小隊長の騎士だとは驚きだ。
こんな、人材を眠らせておくのは勿体無い。
善は急げと彼にその内定を先に告げる為、さっそく彼の予定を調べ夜勤明けで部屋に戻る前に捕まえようと食堂を覗く。
すると丁度彼一人が夜食を食べていた。
夜なので極力明かりを落としてある食堂は薄暗かったが、彼の持つ色彩は目立つ。
澄んだ黄色の髪をしていることから彼は、中央部族だとうかがい知れる。
何かを思案しているようで俺が目の前に立っていても、その目の前に座っても気づくことが無かった。
何をそんなに周りが見えなくなるほど思案しているのか気になったが、彼が気付くのを待つのも時間がかかると思い声をかけようとした瞬間、ようやく俺の存在に気付きかなり驚いた顔をした。
俺は、彼の意識が自分に向いた事を確認すると、簡潔に一言彼に言い放って異論を受け付けないようにするために席を立たち食堂を後にする。
さぞかし驚いただろうが、彼しか適任者が居ない。
彼を副団長とするには踏まないとならない面倒な手続きなど多々ある。
が、それでも彼しかいなかったのだから仕方がない。
彼には嫌でも、受けてもらわなければならない。
彼ならば、出来るだろうと思った。
彼しか居ないとそう思った。
これが、俺と副団長となる彼との初対面だった。
【前半】黒騎士団 歩兵隊小隊長 視点
【後半】黒騎士団 団長 視点
第四幕は、と1話で終了となります。通例どおり、幕間2話入りまして新幕が始まります。
※一部、修正いたしました(ご指摘ありがとうございます)