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紡ぎ唄のように - Spinnerlied genannt -  作者: 久郎太
第四幕:慌ただしき日常
34/45

34.黒騎士団 団員と団長②

 只の娯楽の『狩り』と思った ……


 乾季に入る二角獣季バイコーン第9の月・天秤月ヴァーゲのある日。

 新たに就任した黒騎士団の団長の命で私と私の直属の部下数名が狩りの共に駆り出された。

 行き先を告げられていなかった為に団長を先頭にやや速足はやあしで馬を進める彼に付いて行く。

 シュバルツフォルトを出て一番外側にある城砦外門じょさいがいもんまでの間、道の左右には黄金色の穂を実らせた穀物畑が続いている。

 涼しげなこの季節の風に煽られて穂が一斉に揺れる様は金色の海原を想わせる。

 なんとも言えない牧歌的な光景だ。

 今から狩りに行く事に、少し憂鬱だった思いがいくらか払拭された。

 ふと、最近のごたごたでゆっくりとこうして景色を見る事はなかった事に気づく。

 この時、この僅かな心のゆとりをくれた事だけを狩りに連れ出してくれた彼に感謝した。

 「狩りの供を」と、言われた時にまっさきに感じたのは、少しならずの失望感。

 「ああ、この人もか」と、今は黒騎士団の立て直しをしなければならない最中に『狩り』などと、とそう思った。

 他の自堕落な貴族と所詮しょせんは一緒なのかと。


 今までの黒騎士団の団長は、黒砦に来た試しが一度も無く、ましてや就任のあいさつの為に騎士団の下層に位置する団員の前に姿を現したことも無かった。

 何もかもがないがしろにされてきた。

 だが、今回新たに就任した団長は違った。

 先の内乱時に当時皇太子だった陛下を助けたうえ終結に一役かったと伝え聞く。

 その功績を称えられ、慣例にのっとり現陛下の就任と同時に私が所属する黒騎士団の団長に新しく据えられた。

 二十一歳と言う若さでの異例な騎士団団長就任。

 それを聞いた多くの黒騎士団上層部は、前・黒騎士団長の退団を機に習う様にその殆どが騎士団を去っていった。

 彼は、歴代の団長と違い黒砦に居を構え、末端の団員から兵役の為に従軍している一般の兵士をはじめ城砦町の町人の前にもその姿を惜しげもなく見せていた。

 初めての就任あいさつの時、まずその容姿とその感情が欠落したような無表情な顔つきに驚いた。

 光沢を放つ鉄色の髪の毛色に澄み切った様な青い瞳と、見るからに混血と判る色彩。

 宝飾品の様な色彩で端麗な見目をしているにも拘らずそのなんの表情も映さない顔はとても近寄りがたい何か、強いて言うならば異怖を抱かせる。

 何もかもが、全てと言っていい位異例尽くしの人だと正直そう思った。

 先日も、この騎士団で1・2の剣の腕を持つ、歩兵部隊のツェルフ中隊長があっさりと敗北したと伝え聞く。

 何故、剣を交えることになったのかは、何となく想像はついた。

 だから、期待をした。

 これから、この騎士団はより良い方へ変わるのだと。

 そう、思ったのに……。

 

 団長を先頭に黒砦を出て数刻馬を走らせたところで急にその速度が速まった。

 速足から駈足かけあしとなりさらに全速力で走る襲歩しゅうほとなる。

 いきなりの事で驚いたが、馬蹄の音を聞く限り今のところそのそれに遅れを取った者はいない様だ。

 黒砦から帝都へ続く主要街道に繋がる枝道の一つに入り速度を変えずに只ひたすら馬を走らせている。

 やがて、鬱蒼とした森が視認できる場所まで来ると、団長はおもむろに剣を抜いた。

 何をするのか?!と思った瞬間、真っ二つに裂かれた黒い獣が地面に付く前に霧のように霧散する。

 私をはじめ、供として付いてきた者はそれを合図に全員鞘から剣を抜き構えた。

 霧獣と呼ばれる異形な生き物は、昔からこの帝国のいたるところで出没している。

 姿形は、普通の獣と何ら変わる事はない、が、ただ一つ違う事がある。

 その体色は一様に禍々しいほどにどす黒く目は血の色のように赤い。

 さらにその全身に霧のような黒い靄を纏っていることからネーベルティーァと呼ばれるようになった。

 また、霧獣が居る場所は何となく淀んだ感じがするため誰でもその存在を察することができ、よほどの腕がある者以外近づく事をしない。

 人が通る街道、それも森や渓谷といった身を隠す場所がある所に出没する奴らは動くものに襲いかかる習性がある。

 なかでもより早く動くものには逃すまいとするかの様に群がって襲いかかる。

 故に街道沿いに出没する霧獣を討伐する際には馬を使う。

 出没する街道を馬で何度か往復し奴らをおびき寄せ殲滅するのだ。

 団長は、私たちに命を下すことなくさらに馬の速度を上げて街道を疾走し始める。

 それに慌てずに続く。

 もともと、黒騎士団の有る目的はこの霧獣をはじめとする帝国民を脅かす存在の排除だ。

 故に、足並みを乱すことなく遅れを取らずに反応できる。

 反応出来たのだが、団長と後に続く私たちの間に徐々にではあるが距離が出来始める。

 それは、団長の乗る馬の脚がはやく、必然的に団長に霧獣が集中すると言う事になる。

 やがて目の前で、信じられない光景が広がる。

 次々に襲いかかる霧獣を剣を一振りするだけで数匹が絶命して後方へ流れ空中で霧散してゆく。

 無論、その無駄のない剣の動きと馬を操る操舵術をの当たりにして呆けている暇はなく、後に続く私達にも霧獣は襲いかかってくる。

 街道を三往復した所で、霧獣の気配が消えその場の淀みがなくなったのが確認出来た。

 それを、期に団長は短く掃討の完了を告げ、馬を労わる様に常歩なみあしでゆっくりと一路黒砦に向けて移動し始めた。

 

 団長の後ろ姿を見て、何となく団長と言う人をほんの少し垣間見た気がする。

 今日の『狩り』は確かに狩りだ。

 霧獣を狩るのだから。

 けれど、一言『掃討』すると言ってくれれば、私はあんな偏見な目で団長を見る事はなかったのにと、思った。

 が、それは考えれば私がまだ人を見る目が未熟と言う事なのだろう。

 今日、私はそれも含めてツェルフ中隊長と同様に『試された』のだろう。

 それと団長と言う人は、極端に言葉が足りない人なのだとこの日確信した。

 至極簡潔にしか言葉を紡がない。

 だから誤解を生む。

 なぜ、こうも言葉が足りないかなどまだ付き合いが浅い自分では皆目見当もつかないが、これからの付き合いでおいおいわかる時がくるだろう。

 新しい団長には、呆れ、関心し、惹かれる。

 この先この黒騎士団がどう変わるか楽しみな自分が居る事になんだかとてもうれしくなった。


 後日、私は団長についてに新たな印象を抱く。

 自分勝手な憶測だが、この人は人を驚かす事が好きな人種なのではないかと……。



          ***Ж§†§Ж***



 彼を目にした時の率直の印象は、『真面目で実直』


 現在の騎馬隊を鍛え上げたのは彼であって、黒騎士団の存在意義をかろうじて保てているのも彼が居てくれたおかげだと俺はそう思っている。


 昔からこの帝国に蔓延はびこネーベルティーァ

 記録によれば、昨今年々その出没件数は増えているように見受けられる。

 それも、この帝都周辺に多いようだ。

 たまたま、城砦内にある職人街に出入りする商人達から聞いた噂。

 数日前から、このシュバルツフォルトの近くの街道で霧獣の気配がするという事。

 この黒砦に出入りする商人達には、霧獣をはじめ各辺境伯領の状況などの情報の報告が義務付けられていると知ったのは、この砦にきてしばらくたってから帝国にある商人組合の代表と初顔合わせをしたときだった。

 商人達も、各地を行き来する街道に巣くう霧獣を報酬を支払わずに無償で討伐を行う黒騎士団には協力的で進んで情報を提供してくれる様だ。

 この事は、商人達の間では知らない者はいないがあえて漏らす情報でもないので一般的に知られていないとの事だ。

 今回の近場で起きている異変についての報告はまだしていないとの事だったので、俺は前々からやろうと思っていたことを実行に移した。

 

 実働部隊である騎馬隊の実力の判定


 それを量る事はとても重要な事。

 この黒砦の防衛を主とする歩兵隊と重装兵隊とは別に、黒騎士団の本職の要と言える部隊なのだから。

 かねてから目星をつけていた騎馬隊の大隊長に声をかけた。

 彼を選んだ理由を後に聞かれたが、俺としても強いて言うなら『戦う者としての勘』と、しか答えようがない。

 後は、彼が外見の配色から馬の扱いが長けていると言われている西方部族ヴェステンだったからかもしれない。

 その彼に選ばせた数人の騎馬隊員を引きつれて、ただ『狩りに行く』と告げて俺達は黒砦を出た。

 騎馬隊大隊長の彼から、この黒騎士団の立て直し再編で忙しいはずの俺が『狩り』に行くと言った事で他の馬鹿貴族と同じに見えたのか、あからさまではないもののかなり失望感が籠った視線を感じた。

 何も知らない彼がそう思うのは仕方がない事なので、そのまま彼らを率いて砦の外に出た。

 出た瞬間から彼らに対して力量を測る判定を始める。

 黒砦を出て半刻馬を走らせた所で徐々にその速度を上げた。

 まずは、馬術の腕を見るためだ。

 聞こえてくる馬蹄の音は規則正しくその音に乱れはなかった。

 どうやら、脱落する者は一人もいなかったようだ。

 最終的に上げたそのままの速度を維持して本日の目的地を目指す。

 だんだん嫌な気が近づいてくるのが感覚的に判る。

 その気が最高潮に達した時に俺は、意識を切り替え気を引き締めた。

 俺としても、陛下の即位式から今まで碌に鍛錬が出来なかったので丁度いい機会だった。

 少々鬱屈したものを吐き出すように問題の街道に到達すると同時に腰にある剣を抜き放ちその勢いのまま凪ぎ払う。

 街道脇の鬱蒼とした茂みから飛び出て来た黒い霧を纏った霧獣が真っ二つになり地面に落ちる前に霧散する。

 それを皮きりに次々霧獣が遅いかかってきた。

 俺は馬の速度をさらに上げ、剣を左右に振り、奴らを打ち払いながら街道を駆け抜ける。

 嫌な気が充満する街道を抜けた所で一度馬の速度を除所に落とし馬に負担をかけないように反転させる。

 ざっと見たところ後続に脱落者も負傷者も見当たらなかった。

 反転した俺に習う様に隊列を崩すことなく当然のように彼らも馬を反転し、始めに形成していた隊列の形を取る。

 俺はあえて何も言わなかった。

 しかし、彼らは今の疾走で今日の目的を完全に把握したようだ。

 何のうかがいもせずに、俺の思う通りの動きを一糸乱れずにしてきた。

 その様子に俺は内心笑みを浮かべた。

 それは俺が最も把握したく、こうしてほしいと願ったなかで最も理想とし行動だったからだ。

 

 何の指示せずに、瞬時にこちらの意図を察し、目的を理解し尚且つ乱れることなく行動に移せるか否か


 それに応えた彼らに満足感を覚えると同時に安堵する。

 取りあえず彼らの実力を量る事に成功した俺は、この街道を三往復した後に霧獣の気配が感じなくなった事を確認すると砦へ帰還する旨を短く告げ、一路馬を労わる様に常歩なみあしでゆっくり帰路に付く。


 この分では、騎馬隊は問題なく即戦力として使える


 久々に動かした体に心地よい疲労感を感じつつ、俺は出た結果に久々な充実感を味わった。




 これが、この先一番長い時を共にする騎馬隊総隊長となるレイネンス・キルゲン=ヴィルバとの出会いだった。

 








【前半】黒騎士団 騎馬隊大隊長 視点

【後半】黒騎士団 団長アーヴェンツ 視点

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※試験的に今回誰の視点説明をあとがきの方に記してみました

※携帯で閲覧する方の為にこちらも試験的に本文後の空白行を半分に減らして見ました

上記2点でなにかお気づきのご指摘やご要望がありましたらメッセージをお願いします。

確実に変更できるか確約できませんがより読みやすくなりますよう出来るだけ改善しようかと思っております。

※一部修正(誤字のご指摘ありがとうございました。)

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