32.従騎士の回顧
従騎士アイツ 視点
なんというか、言葉も無い……
我が主が、ああまで初心とは思わなかった。
まぁ、あちらの経験は貴族の子息の義務と言いますか、その関係で『経験済』と言う事は判っているのだが。
恋愛に関しては、今まで一度も無かったようだ。
こんなことを言ってはいけないのだが、我が主は整った顔をしているのだがどうみても無表情で寡黙なのが災いして、ご婦人やご令嬢などに遠巻きにされる傾向がある。
また、その出自も相まって幼少の頃から周りに殆ど人が近寄ることがなかった。
主は、現北方辺境伯シュワート卿の三男。
しかし、母親は正妻ではない。
辺境伯の上二人の息子は今は亡き正妻の子だが、主だけは母親が違った。
妻を失った、シュワート卿はその悲しみを癒した歌姫でもあった主の母君を一夜限り寵愛した。
その、たった一夜の逢瀬で主はこの世に生を受けた。
それは、一族を驚愕に陥れ混乱に落とすには十分だった。
シュワート卿の寵愛を受けた歌姫は、珍しい混血だった。
もともと同族でなくては子をなす事は出来ないと思われていたので、ましてやたった一度で子が為されるとは一族郎党思ってもいなかったのだ。
生まれてきた主は、見ての通り混血児に他ならない色を纏っていた。
私が、主と初めて会ったのは主が3歳のとき、私が8歳の時だった。
主の乳母であった母の伝手で私は、主の行く末は従者になるべくその時から常に傍らにいた。
主が受ける一族からの扱いはとても人にとる様なものではなかった。
幸い衣食住は、省かれることはなかったが居ないものとして扱われるのが日常だった。
幼いころはそれでも笑顔や感情を惜しみなく表していた主だが、時がたつにつれてだんだん失われていき、私が士官学校から戻った時には、感情が顔に出る事はなくなっていた。
シュワート卿をはじめ主の2人の御兄弟は、主を邪剣にすることはなかったのだが、傍から見てどう接していいのか戸惑っていた感じに見受けられていた。
主が12歳になるとまだ早い年齢にもかかわらず、引き止めるシュワート卿を振り切って帝都の士官学校の寮に入ってしまった。
私は、主が学ぶ士官学校近くのシュワート家の別邸の一つに主が卒業するまでの間そこに移り住んだ。
もともと、才能があったのか、主は15歳で士官学校を卒業し早々に今の青騎士団の団長の見習い騎士として側仕えに上がった。
見習い期間が終わり、至上最年少で騎士の位に就いた主。
それと同時に私の従騎士としてまた、主のただ一人の従者としての生活が始まった。
中隊長から始まった、主の騎士としての日々。
その位を上げるのに時間はかからなかった。
実力で、とんとん拍子に位が上がり青騎士団の副団長になり、かの内乱を鎮圧した後、栄えある黒騎士団の団長に任命された。
任命式の際使用する忠誠のカフスをきっかけに出会ったあのお針子。
主をまっすぐ見つめる、澄んだ瞳を持つ主と同じ混血児と思わせる配色の彼女。
彼女と出会った事で変わった主。
彼女を見つめる瞳は和らぎ薄らではあるけれど感情が顔に浮かぶ。
その瞳に恋情が宿るに時間はかからなかったようだ。
それもそうだろう、あんなにも真っすぐ何の打算も邪心もない、無垢そのままな瞳で主自身を見つめてくる者はいなかっただろうから。
私が個人的に主の伴侶に対して意義を申す事は何もない。
主が、決めた相手に不服はなく、ましてやあの娘なら問題はない。
本来なら主が言ったように、婚姻に身分など関係はないのだから。
けれどそれは、まだ何の身分も持たない北方辺境伯の三男であった場合だ。
今の主の身分では、彼女は潰されてしまう。
帝都の貴族の持つ闇は深い。
これからその闇に主が近づかずにはいられないのだから。
それは、必然的に彼女をも巻き込むことになる。
ならばこそ、もし添い遂げたいのなら二人の絆がより固くなければ乗り越えられないだろう。
主は、ともかく彼女はまだそこまで主を思っているようには思えない。
まったく、好意を持っていない訳ではない様だが、何か揺れているように見受けられる。
だが、全く脈がない訳でないのでこれからの主次第なのだが。
先ほど聞いた時は、顔を覆いたくなった。
手が速すぎ、性急すぎだ。
最後まで行かなかったので、まだ救いはあるが。
主の暴走に、久々に幼いころのようにお説教をしてしまった。
しかし、そうでもないと主に判ってはもらえなく仕方なかったと自分を納得させる。
人の恋路に手を貸すのはお門違いだが、まだまだ恋愛初心者の主にある程度の助言は致し方ないだろうと、陰ながらお助けする事を私は、心の中で誓った。
おまたせしました。
なんとか今月中に1話お届けできました(汗
とても短文ですが……(滝汗
今回は、従騎士アイツの回顧でアーヴェンツの過去がちょこっと語ってもらいました。
※誤字脱字その他諸々修正しました!ご連絡ありがとうございます