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紡ぎ唄のように - Spinnerlied genannt -  作者: 久郎太
第四幕:慌ただしき日常
31/45

31.彼女の心情

 人の心とはなんて薄情なんだろう



 ほんの少し前まで、婚約者ヴィンターとの未来を見て幸福の絶頂に居た。

 その未来が、断たれさらに追い詰められるように重なる不運。

 けれど、それが導いた騎士アーヴェンツ様との出会い。

 彼に出会えたから、私は悲しみの底から這い上がることが出来た。

 悲しみに埋没する前に、浮上することが出来た。

 

 そこから始まった彼との奇妙な縁。

 今、あの時から考えもつかない場所に私は居る。

 あっという間の出来事。

 一つのカフスが、運命の糸となり彼と私を繋いだ。


 この世は全て繋がっている


 祈りを記した聖句書は、そう始まる。

 その先の記述は様々で、内容は同じことなのだけれども部族により異なったり従事している仕事で異なる。

 私が知るそれはやはり糸や布に例えられる。


 自分と言う縦糸に、関わり通り過ぎていく人や事柄を横糸に

 織られた布を持ちて、天の裁可を乞う


 その布を『ウァ・タイレンヒンメルシュトッフ』と言う。

 

 その布が、短ければ短命であり、長ければ長命であったことになる。

 色が、単調なら穏やかな、極彩色なら波乱万丈と様々に解釈される。

 その折り目や色の多さで個性が出る。

 布を彩る横糸になる糸は、様々。

 赤、青、黄、白、黒。

 それぞれに意味が異なる。

 白は、始まりの色であり黒は終わりの色。

 布は白から始まり黒に終わる。

 青は身体に起きた事を表し、黄色は豊かさを表す。

 赤は、人との縁を表す。


 私の裁天布には、もう別の赤い糸が通されているのかな?


 ヴィンターとの糸はもう切れてしまっている。

 その色は、若々しく鮮やかな赤い糸で織り進めれていたと思う。

 

 今、あるこの胸の内。

 はっきりと、言葉と態度で明確になって自分に突き付けられた、とても真直ぐな想いと熱。

 確かに、とても惹かれていた。

 とても『お慕い』している。

 恋と錯覚するほどに。

 私は確かに、彼に出会うまえはヴィンターを愛していたはずなのに。

 彼の突然の仕打ちで、はじけ飛んでしまったように、今、彼に対しての想いはほとんどない。

 心の奥底にやはりという想いがあったから。

 知らずに、心に予防線を張っていた事に気づいたのはつい最近。

 宮廷内で、遠目ながら彼の姿を見た時。

 彼は、アーヴェンツ様と対をなす白騎士団ヴァイスの団長。

 近々婚礼を上げると噂を聞いた。

 その立ち姿は、とても華やかで煌びやかで眩しかった。

 あの頃の彼とはずいぶんかけ離れていた。

 いっそ他人の空似と称した方がいいくらいに。

 その姿を見た瞬間、細く繋がっていた彼との糸が音を立てて断ち切られた事を悟った。

 それは不思議に凪いだ気持だった。

 絶望感も、悲壮感もない。

 ただ静かな感情。


 ああ、もう彼とは本当に終わったんだ、と。


 ゆっくりとその事実を受け入れた。

 いつ知れず、切れた糸端に新たな糸を紡いだのがアーヴェンツ様。

 それはまだ、恋ではないのだと思う。

 だからあの時『好きです』ではなく曖昧に『お慕いしております』という言葉を口にしてしまった。

 言葉を間違えたと思ったのは、唇に熱を感じた時。

 とても、情熱的な口づけ。

 初めてだった。 

 ヴィンターは、とても古風な考えを持っていたのか、まるで戒律を守る修道士のように結婚するまでは私に一切触れることは無かった。

 口づけすら唇にしたことはなかった。


 満月の明かりのそそぐ薄暗い部屋で、なにか魔法にかかったような曖昧な時間だった。

 ただ覚えているのは、とても綺麗なアーヴェンツ様の青い瞳と口づけで伝わる私に対するその想いの深さ。

 戯れではない真剣でとても純粋な想い。

 あの後、どうやって自室に戻ったかも覚えてはいない。

 次の日、あれは夢だったのだと思い、いつもどおりにアーヴェンツ様のお世話をしていた。

 けれども、ふとした瞬間に重なる瞳。

 私を見つめる青い瞳に宿るなんとも言えない熱に気づきあれが夢でなかった事を思い知らされる。

 嫌いではないのだ、決して。

 それが、恋愛感情なのか敬愛なのか、思考がマヒをしているかのように判断がつかない。


 また、きっと … …


 その思いが、私の心に深く楔を打つ。

 信じると足りる方だと判っている。

 けれど、世の中はそれを認めてはくれない。

 そんなことは初めから分かっている。

 アーヴェンツ様は、何も心配いらないと仰っておられたけれどそんな簡単なことではない。

 自分自身に降りかかる事ならばどうなっても耐えることは出来る。

 今までが、耐えることの連続だったから。

 だけれども事がアーヴェンツ様の事になったらたぶん私は耐えられない。

 自分は弱い。

 弱いからいつも心に予防線を張る。

 壊れないように。

 薄情で曖昧な自分。

 戸惑いと躊躇いを繰り返す優柔不断な心をもつ自分。

 嫌い、でもそれも自分。

 自分を彩るモノの一つ。

 色んな記憶を持つ自分だけれども、こういう事には一切役に立つことは無い。

 でも、当たりまえなんだ。

 これは、私の人生なのだから。

 私が、考え、悩み、紡いでいくものなのだから。


 私の戸惑いと躊躇いを感じ取るのかアーヴェンツ様が時々不安そうな瞳をする時がある。

 そんな、瞳をさせたくないのに。

 原因は、自分にあると判っている。


 もう少しだけ、待っていてください。

 ちゃんと自分の気持ちに整理をつけます。

 だから、お許しください。


 ほんの少し距離を置く事を ……
















そうは問屋が卸さない状況。ちょっと暗く堅苦しかったかと思います。

(そして、また短いorz)


あまりにも性急に変わった環境にようやく落ち着いた矢先のこと。

彼女の心の整理がつかないうちの突き付けられてしまう出来事。

もう少しだけ彼女には苦悶して頂き、その間彼はお預け状態の番犬となります(汗

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