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紡ぎ唄のように - Spinnerlied genannt -  作者: 久郎太
第四幕:慌ただしき日常
30/45

30.彼の反省

 数年ぶりに、アイツから説教を受けた



 確かに、後から考えたら俺はとんでもないことをしていたと判る。

 判るが、あの時は止めるすべがなかった。

 あふれい出る思いを押しとどめることが出来なかった。

 初めて、と言って過言ではない想い。

 俺の凍った時を動かす原動力。

 昔、言われた事がある。


 貴方様の表情を凍らせるその源である心の氷塊を溶かす方はどんな方なのでしょうね


 と、幼いころ、まだ乳兄弟で気易かった頃にアイツが俺に言った言葉。

 ずっと、求めていたのかもしれない。

 幼いころから、心を凍てつかせていなければ壊れてしまうあの日々。

 年月を重ねあの地より解放された頃には、氷塊に覆われた心を戻す術は無く己の顔から表情と言うモノが浮かぶことは無くなった。

 憤慨も、戸惑いも、悲しみも、喜びも、感じてもその思いは顔に映し出されることは無い。

 今まで、俺のその感情の揺れを読み取れる者はいつも陰日向と俺を支えてくれる従騎士アイツだけだった。


 けれど、彼女と会ったあの日からそれが変わった。

 彼女は、俺の表情でなく必ず瞳を見る。

 それは、重なる視線でわかる。

 皆が恐れ嫌悪する、この表情なき顔を彼女は反らすことなくその澄んだ瞳で直視してくる。

 俺自身は馬鹿ばかしく想うが、世が言う常識ならば各下の者が各上の者を直視することは許されない。

 直接見ることは無かったが、いつも感じる冷たくとげとげしい視線、おどおどと怯えた視線。

 それは、俺自身ではなく俺の立場、俺の血筋に対して。

 俺と言う個を捕えた視線ではない。

 しかし、彼女の視線だけは違った。

 俺という存在を確固としてとらえていた。

 とても温かく包み込み、春の陽だまりの様な柔らかい視線。

 それだけで、彼女は俺の唯一の者になった。



 剣を捧げたのは皇帝陛下


 けれど、この魂を捧げるのは彼女ユーリィ



 この心を覆う氷塊を溶かし解き放つことが出来るのはきっと彼女だけ。

 それだけは、判る。


 けれど、俺は彼女に対して急ぎすぎてしまった。


 あの満月の晩から、どこか彼女がぎこちない。

 表面上は、余り変わらない。

 変わらないが、ほんの一瞬だけ浮かぶ彼女の戸惑いと躊躇。

 初めて人を『好き』になった俺は、彼女の反応が判らない。


 どうして、戸惑い躊躇うのか?


 俺は、今後の事も含めてその事を相談すべくアイツに全てを話すとものすごい怖い顔で説教された。


 『お慕いしています』と言う返事はあまりにも曖昧な言葉。


 それが、思慕なのか、恋慕なのか。

 つまり、敬愛、親愛、信愛、恋愛なのか確定されない。

 だが、あの時の流れで言ったら、誰でも恋愛感情を載せた返事と思うだろう。


 アイツ曰く、

「仕える者が、その主人に対して断ることは許されない」 

 とか、

「身分差と言うのは越え難く、ヴェンはいいかもしれないが彼女は針の筵に座らされる」

 とか、

「なんで、そうなる前に私にご相談くださらなかったのですか!」

 とか、

「あのあと、最後まで行っていたら、彼女を失っていたかも知れませんよ?」

 と。


 久々に、幼いころに呼ばれていた名前で呼ばれ、熱病に侵されたように浮かれていた俺をたしなめるようにそう矢次様に言われた。

 最後に言われた時の彼の顔は、背筋に寒気を起こすほどの恐ろしい笑顔だった。

 そう言われ、少なからず自己嫌悪に陥った。

 けれど、彼女の瞳に確かに俺に対する想いはあった。

 それは、確信が持てる。

 が、今の彼女の態度を見てしまうとそれも揺らぐが。


 もう一度彼女とちゃんと話そう。

 その場の雰囲気に流されず確実に彼女の気持ちを聞こう。


 それが、どの様な答えでもたぶん俺の気持ちは変わることが無い。

 そう確信できる。

 もし、望まない答えが返ってきても、努力しよう。

 彼女に振り向いてもらえるよう。

 彼女が、戸惑いも躊躇いもなく安心して俺に身を任せてくれるように。

 


 出来れば早急に、彼女の事を解決したいのだが、時はそう待ってはくれない。

 俺には俺の日常の勤めがあり、やらねばならぬ事が山積している。

 最低限のギリギリで保たれていたこの黒騎士団の拠点であるシュバルツフォルトの再建。

 残った騎士団員達の把握と力量の査定。

 それに伴った、新団員の募集と査定。

 騎士団の規律の改めや、城砦街に住む人々の把握。

 なんとやることの多いことか。

 どちらかと言うと体を動かす方が好きな自分には、骨が折れる仕事だが嫌いではない。

 かといって好きでもないのだが。

 騎士団の要ともいえる上層部の者がほとんどいない今、いっそのこと全部新しくしてしまえと自棄になりたくなる。

 取りあえず、軍に必要な部隊の編成。

 歩兵隊、重装兵隊、騎兵隊、弓兵隊、支援隊。

 最低この5部隊は必要となる。

 黒騎士団の団長を拝命し、あの事件に見舞われ速く後釜をと焦る俺は、新たに部隊長となる者をから探そうとしていた。

 だが、それが間違えだという事に気付いた。

 気付かせてくれたのはやはり彼女だ。

 彼女が何か助言してくれた訳ではない。

 彼女の行動が俺にその答えを導き出してくれた。

 今、住まう場所。

 その家具たちは、新しいものではなく、元あったモノを上手く再建リメイクしたという。

 つまり、新しく取り入れるのではなく、元からいた者達から引き揚げればいいのだ。

 今残る部隊の上層と言えば副隊長を務めていた者達が数名。

 ここから去らなかったという事は、先の団長との繋がりは無かったと思っていいだろう。

 副隊長となれば、どちらかと言うと隊長から命を受け実地で実際に指揮を執る。

 それは、俺も経験している事だからまず間違いは無いだろう。

 それに伴い、軍務の処理等も問題ないはずである。

 なんで今までそんな簡単な事に気がつかなかったのだろう。

 自分の視野の狭さにほとほと呆れた。

 だが、そうと決まれは話しは速い。

 早々に段取りを組み、査定に入らねばならない。

 



 さて、どんな者に巡り合えるか?


 各部隊長に、据える者だそれなりの実力を持っていてもらわなければならない。

 俺の力量もまだまだである。

 慢心は油断を誘い、破滅を導く。

 いつも己を律し、さらに高みを目指す。

 なればこそ、その査定は俺自身で見極めると前々から決めていた。

 残った団員達の中には俺を不審に思う者がいるだろう。

 それを払拭するために剣を交える。

 喋ることが苦手で口下手な俺にはその方法しか思いつけない。

 それに、俺に勝つか俺と同等の力量が無くては困るのである。

 遊びではないのだが、それだけで気持ちが高揚するのは、剣を持つ者の性か。

 不謹慎だが、これまでの不条理の憂さ晴らしにもなりそうだ。


 色んなことを考え、考えさせられ、気付き、落ち込み、立ち直る。

 けれど、決して後退はしない。

 あるのは前を見据え確実に進むのみ。

 愚かな過去の自分を教訓に、新たに始めればいいのだ。


 そう反省しつつ、俺は今日もアイツの小言を聞きつつ軍務に励む。


 それがいつしか、俺の日常となる。

















新幕のはじまりです。


はっきりいって読者様の反応が怖かったりします。

前の話であんなにいい雰囲気作っておきながら!と……

すみません、あとがきで思わせぶりなことを書いておきながらorz


次話は、彼女サイドの話になります。


※誤字脱字のご指摘ありがとうございます!修正をかけましたm(_ _)m

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