3.斡旋所にて
ゲーベン裁縫組合斡旋所受付係視点
「ごめんよ、ユーリィ。 今、組合の宿坊は満室なんだ」
当、ゲーベン裁縫組合の組合員のなかでも稼ぎ頭で、特別視されている彼女にこんなことを言うのははっきり言って忍びなかった。
「そうですか。 仕方ないです」と、肩を落として落胆した彼女。
彼女は、稀な称号を持つ。
特級裁縫士
裁縫に携わる者が皆憧れ、目指している栄誉ある称号。
その称号を若干15歳で手にした天才的な腕前を持つ彼女。
普通は、その称号を手にすれば日を置かずに貴族からお抱えのお針子として雇いたいと打診が来るのだが、不思議と彼女の所には一件の打診も来ることはなかった。
確かに彼女はその称号を受けて、それは全ての裁縫組合に公布されているので同業の者で知らない者はいない、はずだ。
その情報が、貴族の屋敷に出入りする同業者の者から上流層へ噂が広まるのが常なのにその気配もなかった。
時期が悪かったのかもしれない。
彼女がその称号を受けた時もう一人その称号を特別に受けた『お方』がいた。
年は17歳にして帝国の末姫であるアプルフェル姫その人。
その話題は、最年少で受賞した彼女へ与えられるはずの称賛をかき消した。
確かに姫の腕前は受賞に値するものだったようだが釈然としない。
そもそも、その称号はその技で生計を立てている裁縫士にこそ与えられるモノであってなんの苦労もない特権階級の者が受けるべきものではないのだ、と思っている。
けれど、査定員である各裁縫組合の組合長内の過半数認可で彼のお方に称号が贈られた。
ちなみにユーリィの時は、満場一致で認可されていたのだ。
それほど彼女の腕前は、他の者より群を抜いているのは明らかだったのに、何で彼女の境遇がこんなに悪いのかいまだ不思議でならない。
そもそも、彼女がゲーベン組合の組合員と言うのも納得できないことだった。
言っては悪いがうちの組合が斡旋している仕事はほとんどが中流階級以下の仕事しかない弱小の組合。
故に、稼げる金額はそこそこ食べて暮らしていけるのがやっとのほどしかないのだ。
彼女の腕前なら王宮お抱えのお針子も務められるほどなのに。
しかし、彼女は自身のもつ称号を笠に着るでもなく奢ることもなく、日々嬉しそうに楽しそうに仕事をこなしていた。
いつだか彼女が「ここの仕事は笑顔が間近で見えるからうれしいの」と、そう言っていた。
彼女の手にかかれば安物の布地で出来た晴れ着もとても安物生地でできたものとは思えないほどの出来栄えなのだ。
こんな才能にあふれた裁縫士がこんなところに埋もれていていいはずはない!
この思いは、ゲーベン裁縫組合の組合長をはじめとした斡旋所員並びに組合員全員の思いでもあった。
今、彼女はさらに窮地に立たされている。
聞くと、下宿所を追い出されてしまい今夜から寝泊まりする場所がないと聞いている。
何とかしてあげたいが短期用の作業場を使用していない者に仮眠室を長期貸すことはできない決まりになっていて、遠方の組合員や組合所の作業場を長期使用しているの組合員用の宿坊の空きはない。
ほとほと、困っていた処に天の助けかはたまた運命の出会いか、汗だくになった騎士が特級裁縫士に仕事を依頼しに来た。
「運のいい騎士殿だ。 いるようちの組合に。 それもただの特級裁縫士じゃないよ? 至上最高の腕を持つ本当に特別な特級裁縫士がね」
私はそう言って、その騎士に自信を持って彼女を紹介した。
今回は前書きに描いたように 斡旋所員の視点です
とことん不幸な境遇の彼女、ユーリィ
3話目にしてようやく名前が出てきましたw
彼の名前が出るのはもうちょっと先になります(汗
2012/06/05 一部修正