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紡ぎ唄のように - Spinnerlied genannt -  作者: 久郎太
第三幕:新たなる始まり
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24.彼女の奮闘(3)

 アーヴェンツ様の居室に戻ると、彼は休養日であるにも関わらず居間でたくさんの書面に目を通していた。


 アイツ様と一緒に入室した際一瞬、彼と目線が重なったのは気のせいではない。

 ホッと安堵したような青い瞳が瞬間的に私の脳裏に焼きついた。


 何か心配、させてしまった……かな?


 離宮の件と砦の現状報告は、ネーム氏と直接話し合われたアイツ様が行った。

 一度、自分の控室に戻った私は、すばやく仕事着に着替えてからお茶の用意をして戻るとちょうどアイツ様の話が終わった所だった。

 砦の事を聞いたアーヴェンツ様は、とても驚いた様子で気持ちを落ち着かせるために私が差し出したお茶をひとくち口に含んだ。

 普段あまり動かないアーヴェンツ様の表情がかすかに動いたことで、彼がかなり驚いていることがわかる。

 手にしていた書面を応接机の上に置いて、しばらくの間考えたあと「数日後に、砦に居を移す」と、彼はそう一言いった。

 彼のその一言で、私の今後の仕事内容が変わったのは言うまでもない。

 アーヴェンツ様の引越し宣言の翌日、慌ただしく荷造りが始まった。

 いつものようにアーヴェンツ様達を送り出してから通常の仕事を手早く終わらせ、こちらの居室を使用するときに必要とする衣類を選別することから始めた。

 アーヴェンツ様は普段略式の軍服を着用することが多く、宮殿の居室にあまり私服を置いておらず、長持コッファー一つ分に部屋着から家着など入れても隙間があるほどだった。

 幸い、青騎士団ブラオに所属していた時の書物などの私物は、連日の忙しさの為にいまだ荷ほどきしていなかった状態だった為、それはそのまま砦に運び入れることになった。

 大変なのは、受け入れ態勢を整えなければならない砦側。

 突然、騎士団長がそちらに居を構えるというのだからさぁ大変。

 人員不足の上、ここ何十年も主と言えるものがいなかったのだから最低限の掃除しかしなかったため調度品などや布類関係は新調しなければいけないほど傷んでいた。

 何とか必要最低限は主専用の居住区を使えるものにしなければならないのだ。

 アーヴェンツ様の意向を聞き、私がネーム氏と共にアーヴェンツ様の住まいとなるお部屋の模様替え等の指揮を執ることになった。

 砦の改修資金はもちろん、それに伴う人件費や備品の資金も彼が出す(何割かは軍の経費から落ちるらしい)ことをネーム氏に伝えた。

 華美ではなく頑丈を基準とした質素だけれども品の良い家具を作ったり補修、再生を行う良い職人がフォルトシュタットいるとの事だったのでその方の工房に今ある家具の再生を依頼した。

 衣類関係は、私に一任してくださるとの事だったので、ざっと砦の客室や共用場所を見て回り必要な衣類装飾品の見当をつけアーヴェンツ様の寝具以外の窓幕や絨毯といった大物の依頼は、所属しているゲーベン裁縫組合ソーイングギルドの組合員のお針子さん達に頼み、そのほかの部屋はネーム氏と相談した後に既製品の購入手配をした。

 本当なら、専属としてアーヴェンツ様と契約をした瞬間から組合から抜けるのが決まりなのだけれども、忙しくてその手続きが今だ出来ていない。

 落ち着いたら、正式に組合離脱の手続きとお世話になった人たちに挨拶をと思っているのだけれども今の所それもままならないのが現状。

 まずは、出来ることからコツコツと、やらなければ終わらないのだから。 


 砦は前・央・奥の三区に分けられている。

 一区である前は二階構造で、砦の入り口であり、そこには受付帳場カウンターがあり、入り口の上の二階には各隊専用の軍務の執務室がある。

 二区である央は三階構造で、さらに東翼と西翼と中央あり、中央の一階は隊長クラスや賓客用の食堂があり二・三階には客室になっていて、東翼は団長の所有区で執務室から私室、その家族用の居室があり、西翼は既婚の騎士とその家族の居住区になっている。

 三区である後は央と同じ構造で、中央の一階に屋内鍛錬所と各隊の詰め所と共同浴場が、二階には共同食堂と貯蔵庫が、三階には武器庫があり、東翼に独身の兵士の居住区があり、西翼には独身の騎士や騎士見習いの居住区となっている。

 私は、朝の仕事が終わると、午後からアーヴェンツ様が戻られるアインツ時間シュトゥンデ前までの間砦に通った。

 一区と三区、二区の西翼は、今まで通り既婚している騎士の奥方様方に管理をお任せして、私は、可能な限りアーヴェンツ様のお住まいとなる東翼を掃除用具を入れた押車を押しながら片端から掃除する。

 今回は専門職の人を雇う時間がなかったので何とか私一人で掃除をこなすしかない。

 ネーム氏が、アーヴェンツ様が来るまでには身の回りの世話をする侍女や洗濯や掃除をする下女や下男を雇うと言っていたからこの状況も一時期的のこと。

 新しい侍女が決まれば、私も本来の仕事に戻ることになる。

 今までのようにアーヴェンツ様の世話をすることは無くなり、たぶん余り顔を合わせることもなくなるかもしれない。

 それを思うととても切なくなるけれども、裁縫士の仕事は主様の身の回りの衣服や布製品の製造が主であり、お目にかかれるのは定期的に身体の採寸を取る時だけなのだ。

 だから、今だけ特別に彼の側にいられるのだから精一杯私の出来る限りのことをしようとそう思う。


 効率よくやっていくために時間をしっかり配分して行動することを心がけていた。

 掃除をするにあたってもうけていた休憩時間に、アーヴェンツ様の部屋の寝具や窓幕を作るため砦町にある布類を扱っている店に赴き希望の布を手に入れてもらうために交渉して砦に届けてもらうように手配した。

 

 砦の手入れを初めて四日後、依頼した大物の布製品が納品され、さらにその二日後には修復に出していた家具が戻ってきた。

 この時にはあらかた主要の部屋の掃除は終わっており、事前に取り寄せてあった(流石に作るのは間に合わなくて)既製品の絨毯を敷いてあったので運んできてくれた家具職人の方たちにお願いして配置をしてもらった。

 今、私がいる場所は、アーヴェンツ様の寝室。

 ざっと見渡して、落ち度がないか調べてみる。

 砦の東翼の三階全てがアーヴェンツ様の居室となる私用空間。

 その一番東側の奥まった角部屋に寝室はある。

 朝焼けの青の様な澄んだ青色で統一された部屋。

 石造りの砦なので壁には防寒用に明るめの青い色の布地に金糸で幾何学模様の刺繍が施された掛布タペストリーが、掛けてある。

 幸い、部屋が暗くならないように窓は大きめに作られているので暗い感じはしない。

 修復された家具は、きれいに磨かれ木材の持つ独特の光沢を放ち周りの色になじむように品よく違和感なくその場におさまっている。

 この砦に通うようになって、アーヴェンツ様からは毎日こちらの様子を聞かれる。

 どうやら今日の報告でこちらに移る事が出来る旨を報告できそう。


 ふと、そよ風が私の頬を優しく撫でた。

 この部屋の東側にある窓。

 今は、空気の入れかえの為大きく開かれている。

 日差しを調節するための薄い窓幕が止め忘れたのか、そよ風に合わせて緩やかに揺れていた。

 その先に見え広がる景色。

 高い青い空に浮かぶ真っ白な雲。

 その下に広がる青麦畑とその先に小さく見える砦を囲む石壁。

 ずっと見ていたくなるようなどこか牧歌的で優しい風景が広がっている。

 この砦は、砦門から続く道なりに建ち並ぶ砦町の他に、広い麦畑と野菜などを植えてある畑と実をつける数種類の果樹園、薬などに使う薬草ハーヴェスを栽培している薬草園、牛や豚をはじめとした家畜、もちろん黒騎士団の本拠地なので、騎士たちの鍛錬する野外演習所や馬上訓練用の馬場と厩舎もある。

 もし、この砦で籠城しなければならない事があってもやっていける最低限の物は全て揃っていると言っても過言ではないと思う。

 本当に小さな国の縮図を見ているみたいな場所。

 窓から温かな日差しとそよ風が入り込み、とても温かく優しい自然の香りが私を包む。


 とても、温かで素敵な所


 砦と言ったら物々しく荒々しい印象を持つのだけれども、ここは違う。

 ここで暮らす人も皆、出会う人全てが穏やかで親切で優しい人ばかりだった。

 帝都の中にあるはずなのに、時がゆっくりと流れているように錯覚する場所。 

  



 アーヴェンツ様、ここを気にいって下さいますか?




 この シュバルツフォルト を 
















これにて 彼女視点はいったん終わります

次話は、彼視点となり、黒騎士団の現状を中心とした話になる予定です

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