22.彼女の奮闘(1)
騎士様とは永久のお別れと思っていたあの即位式の日。
あの日、私の日常は一変した。
思いもよらずに、私は騎士様の専属裁縫士となった。
恐れ多くも皇帝陛下が立会人の正規の主従契約の下に。
つまり、よほどのことがない限りこの主従関係は切れない。
緊張と混乱の坩堝にいた私。
正常な判断が出来なかったといっても、もう撤回はできない。
その契約は私に喜びと共に切なさを与えたけれど、撤回する気は全くない。
皇帝陛下の御前を辞したあと、元の部屋に戻った時騎士様に「これからは俺のことはアーヴェンツと呼んでくれ」と言われた。
その申し出は、驚きと動揺を私に与えた。
本当ならば主である騎士様の事は『主様』と呼ばなければならない。
それは諸々の諸事情を全部ひっくるめて無理だと、再三お許し下さいと懇願したのだけれども無言で却下され続け最終的に承知してしまった。
けれど、初めて私がお名前でお呼びした時、感情を表さないアーヴェンツ様の顔がわずかに綻ぶのを見てしまったらもう『主様』とお呼びすることが出来なくなってしまった。
故に今では恐縮ながら『アーヴェンツ様』と呼ばせていただいている。
現在逗留している宮廷内に賜っているアーヴェンツ様専用のお部屋の隣には、侍従や侍女の為の控室があるのでその一室に私も寝泊りをさせて頂いている。
本当なら一介のそれも畑違いの裁縫士の私がするべきことではないのだけれども、もともと騎士であるアーヴェンツ様にはお世話をする専属侍従や侍女は居なく、何故か宮殿内での専属女官が決定されておらず正式に専属の女官が決定するまでの間宮殿内でのお世話係は私が務めることになった。
アイツ様というアーヴェンツ様専属の従騎士様もいらっしゃるのですがやはり騎士団兵舎と今いる宮廷とは勝手が違うためどうしてもお世話をする者が必要だったから。
昔、孤児院にいた頃、下女として裁縫以外に色んなことをしていたため主に対してどうお世話をすれば良いか、仕事の流れは大凡の所知っているので苦にはならない。
アーヴェンツ様を通しアイツ様に口添えしていただき、宮廷の女官長様と各専門部署の長の方に挨拶を済ませたあと最低限の仕来たりなどを一通り教えていただいた。
やはり、仕事を円滑に行うには挨拶やそこのしきたりを心得ていなければうまくいかないものだから。
私の臨時の仕事は、戴冠式から一日をはさんだ朝から始まった。
騎士様だった事もあってか毎回必ず同じ時間にお目ざめになる。
なので朝、私が彼を起こすことはなく起きる前に寝室と居間の間にある身支度する小部屋にその日の衣装と洗顔の為の用意をしておく。
アーヴェンツ様は、ご自分ひとりで着替えが出来るらしく着替えの時のお手伝いは必要ないとのこと。
身支度を整え居間にいらっしゃる前に朝食の配膳とお茶の準備を済ませておく。
朝食を終えお茶を飲み終える頃にアイツ様が挨拶と共に当日の大まかな予定や連絡事項を報告するために部屋にやってくる。
ここから先この部屋にお戻りになるまでの間のアーヴェンツ様のお世話は、アイツ様の役目となる。
アーヴェンツ様は、朝一番に顔を合わせた時、部屋を出る時、戻って来た時に必ず私と目を合わせて一言挨拶を交わしてくれる。
その時の瞳がとても優しくて、毎回いつもドキドキしてしまう。
この後、アーヴェンツ様達がお戻りになるまでの間の私の仕事は、朝食の後片付けをして食器を配膳室に戻した後、洗濯や掃除は出来るのだけれどもやはり勝手がわからないのでお掃除専門の方にお願いして部屋の掃除をしてもらい、その間に私はアーヴェンツ様の室内着や寝間着やその他の衣・布類、寝台の敷布や掛布を洗濯用の荷車に押しこみ、これまた洗濯専門の方々に渡し、リネン室で新しい敷布と掛布をもらい部屋に帰ると大体掃除が終わっておりこの時点で時間はお昼頃近くになる。(これは、宮廷が余りにも広くまた宮廷作法の関係上で移動時間がどうしてもかかってしまうため)
アーヴェンツ様達は、昼食と夕食を宮廷勤務の騎士様達専用の食堂で摂ってくるので私は寝台の支度を済ませてから遅い朝食兼昼食をとる。
午後からは、裁縫室へ赴き本業であるアーヴェンツ様のこれから必要になってくるであろう諸々の布製の備品や小物、室内着や肌着などの制作に勤しむ。
この時間は私にとってとても有意義で楽しいひと時でもある。
好きな人が身につける衣服を作ることが出来るから。
それがどんなものでもあの方が身につける物だと思うとひと針ひと針思いを込めて縫わずにはいられない。
特にアーヴェンツ様の衣服の裏地に必ず取り付けるあのお方を表す紋章布を作る時は特に念入りに丁寧に刺繍をする。
夕日が西に傾く頃に、裁縫の作業を終わらせ出来たものを手に持つと洗濯されアイロンがけされたアーヴェンツ様の夜着を洗濯室の横にあるリネン室に取りに行き身支度部屋の奥にある衣装部屋兼リネン室に納め、今夜用の室内着と寝間着の用意をしてからいったん自分の部屋に戻る。
自分の部屋となっている女官用の控室は、入ってすぐの部屋には机と椅子が一脚と小さな給湯設備が設置されており(主に朝の洗面用のお湯を沸かしたり夜間にお茶を出す時に使用)、奥に小部屋が2つあり一つは寝台(本来なら仮眠用の寝台)と私物を入れられる収納箱がありもう一つの部屋には、生活における諸々の生活出需品などが収められている備品室となっている。
いつでもお茶がお出しできるように茶器の点検を入念にした後、備品室を覗いて茶葉や夜寝る前にお出しする葡萄酒などのお酒やそのほかの足りないものがないかチェックして、足りないものがあった場合はメモをして備品を管理を総括する部署へ行き足りないものの数を申請して補充する。(備品の申請はたいてい翌日にするので申請書をあらかじめ書いておく)
後は、アーヴェンツ様がお部屋へお戻りになりアイツ様が声を掛けてくださるまでの間、自由時間となるのでこの間に早めに夕食を取っておく。
現在多忙な、アーヴェンツ様はここずっとかなり遅い時間にお戻りになってそれからさらに遅い時間までアイツ様とお話合いになった後やっと床に就く。
日に日に顔色が悪くなる様を見ていると、胸が痛く、なにかお役に立てないかと焦りを覚える。
一介の裁縫士であり何の政治的知識もない未熟な俄か仕立ての臨時侍女である私には、主であるアーヴェンツ様に助言など差し出がましい。
けれど、この晩、お茶をお持ちした時にたまたま耳にしてしまったアイツ様との会話。
お二人ともお手上げといったような途方に暮れたお顔をしていたので私はつい何も考えずにおふた方に向かって声を掛けてしまった。
「お屋敷を管理する人たちを斡旋する所ならいくつか知っておりますが」
と。
設定みたいな説明文と化してしまいました(涙
室内着や寝間着のルビ等は完全に自身の自己満足でつけてしまっているところがありますのでスルーして頂けると助かります(滝汗
ちなみにだいたい独語を無い脳みそと愛用の独日辞典とweb翻訳使ってつけているのでその辺もスルーして頂けると幸いです。
今回はいったんここで区切り、次話も彼女視点がが続きます!
かなりあーでもないこーでもないとやっていたら月末に……orz
今月中には次話もupする予定でおります
※22話Upの活動報告におまけの掌編載せてます
よろしければどうぞw
※誤字のご指摘ありがとうございました!修正しました