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紡ぎ唄のように - Spinnerlied genannt -  作者: 久郎太
第三幕:新たなる始まり
21/45

21.彼の新たな問題

 今年は、厄年だとそう思ってしまうのは俺の勘違いであろうか?

 

 

 新皇帝陛下の即位式。

 自身の黒騎士団団長の拝命式と侯爵の爵位の授与。

 目まぐるしかった祭典は終わりを告げ、日常が戻ってくる。

 住み慣れた青騎士団ブラオの兵宿舎から、黒騎士団シュヴァルツの兵舎へ移動するのは必然的でそれは想定していたこと。

 しかし、ここにきてまたもや問題が発生した。

 先の戦での武勲を称えられ騎士団長に任命され、それと同時に侯爵の爵位を授与された。

 さらにそこへ、先の戦いの功労の褒章として皇帝の持ち物である小さな離宮を下賜されたのだ。

 今まで俺の居住は騎士団の兵舎で事足りており、北の辺境伯の三男である俺には帝都に自分の居が必要無かった。

 しかし、高位の爵位を授与されたからには兵舎以外に居を持たなくてはならないらしい。

 こういう事が定められていると時々貴族という身分が疎ましくなる。

 ほとんど帰ることがないだろう居場所を作るのは無駄で非効率的のように感じるが、頂いてしまったものは致し方がない。

 皇帝陛下から直々に下賜されたものを辞退することはできないのだから。

 だが、頂いたからには管理しなければならない。

 唯一の救いは、頂いた離宮が小規模な邸宅だった事だろう。

 管理するには維持するだけの者達を雇わなければならない人数が、そんなに多くなくて済みそうでその点については安堵した。

 しかし、現在俺が所有する家人はたった二人。

 従騎士のアイツと専属裁縫士のユーリィ。

 とりあえず、付き合いの長いアイツに頂いた離宮の管理雇用問題について相談するが、雇用の斡旋所の選考で行き詰った。

 だいたい、大凡どういう者を雇えばいいのかは分かっているもののその者達をどこでどう雇えばいいのかが皆無なのだ。

 だからといって、すでに成人してさらには侯爵の爵位を授与された今、実家を頼る事になぜか憚りを覚える。

 しかし、現実には人を雇ったことなどない俺には、どこでどう人を探せばよいのやらわからず、それはアイツも一緒で二人して途方に暮れた。

 だが、そんな中思いもよらずその問題をユーリィが打開してくれた。 

 

 宮廷内に賜っている俺専用の部屋で俺とアイツが毎夜話し合っていた時だった。

 俺の身の回りの世話をする専属の女官が現在いないため、その役割をユーリィが臨時で引き受けてくれていた。

 その夜もころ合いを見計らってお茶を持ってきてくれた彼女が、煮詰まっていた俺たちに救いの言を投げかけてくれた。

 遠慮がちに「お屋敷を管理する人たちを斡旋する所ならいくつか知っておりますが」と。

 渡りに船だった。

 実は、現在の俺はこの屋敷の管理維持に対する雇用問題とは別の問題をもう一つ抱えていたから。

 こちらは、自身で何とかなるのだが屋敷の雇用問題とは規模が違うのだ。

 さらに、そちらの方が深刻かつ大問題なので、正直いって余り屋敷の方の雇用問題に時間を割くことができなくなっていたのだ。

 俺は、即答でアイツを相談役として付けることを前提に彼女に屋敷の雇用問題を一任した。

 そう言ったとき、彼女は眼を丸くして絶句した。

 普通そうであろう、単なる裁縫士でしかない彼女に屋敷の管理の全権を担う執事まがいの仕事をしてくれと頼んだのだから。

 何か言いたそうに何度か彼女の可愛らしい口が開いたが、そこから言葉が発せられることはなく、しばらくの思案顔のあと了承してくれた。

 彼女のおかげで、ひとまず新しい屋敷の雇用問題はひと段落を迎えた。


 残る問題は一つ。 


 厄年だと、アイツに愚痴りたくなるような大問題。

 黒騎士団の存亡にもかかわる。

 俺が預かることになる黒騎士団の副団長を含めたほとんどの騎士たちが挙って退団願を出したのだ。

 果ては、その彼らを慕っていた、数人の準騎士も彼らと共に騎士団を去って行ってしまった。

 頭が痛くなる。

 確かに、若造で経験もない俺が団長の騎士団など不安に思うのはわかる。

 が、それなりに時を掛ければ信頼を得られると思っていた俺にとってはかなりの痛手だった。

 副団長を始め、居なくなった人数を急遽選出しなければならないのだ。

 黒騎士団の役割は、余り表立たものはないが、たった一つ重大な役割を担っている。

 それは、黒騎士団の団長になって初めて知った事実。

 白騎士団が皇帝陛下の御身を守る盾ならば、黒騎士団は皇帝陛下の剣。


 この世に、迷い出る不可視の敵からこの国を皇帝陛下に代って守ること


 国から動く事が出来ない皇帝代わって、侵略する者を排除することが黒騎士団の存在意義。


 それは、とても栄誉ある事なのだが……


 その特殊性からか、白騎士団と黒騎士団の人数は他の騎士団とは違い騎士のみで構成され団員数も他の騎士団の半数以下しか居ない少数精鋭の騎士団だ。

 黒騎士団と違って白騎士団は皇帝の身の回りの警護を担う親衛騎士団。

 その表立っての役割が明確なためそちらに志願する騎士が大勢いる中、黒騎士団へ入団を志願するのは皆無といってよかった。

 要は、志願する者を待っていても来ないのだ。

 そうなると、こちらから動かなくてはならない。

 なら、そうするまでである。

 自分の目で剣で確かめて人選する。

 久しぶりに高揚する気を宥めながら、打診する相手のリストを眺めた。

 もし、使えない者100名と使える者1名のどちらかを選べと言われたら俺は、間違えなく『使える者』をとる。

 それも、その1名も自分自身で確かめてからだ。

 そうでなければ、俺はその者の命を預かることはできない。

 騎士団の団長というのはそういうものだと思っている。

 命を預かり、命を預け、可能な限り命を生かす。

 そう思っている。

 この先待ち受けているだろう事は、人相手の戦いではないのだから。



 眺めていたリストから少し目線を挙げてアイツと新居の雇用問題について話している彼女を見た。

 彼女との付き合いは本当に短い。

 ほんの数日前に出会ったばかりだ。

 けれど、俺はゆるぎない思いで彼女を信用していた。

 彼女に対して何の警戒もわかない。

 今思えば、それは初めて会ったあの時からだったように思う。

 それが一つの理由としてあげられるのだが、後は言葉にできない何かが俺に彼女を信頼させていた。

 だから、俺の身の回りの世話を無理を承知で頼み、今また、無理難題を強いてしまっている。

 けれど、彼女はいつもその俺の無理難題を多少戸惑いを見せるが了承してくれそつなくこなしてくれる。

 それも、唯々諾々と従う操り人形のようではなく意思を持ち俺に遠慮がちだが意見や忠告をくれるのだ。

 それがとてもうれしいと思う自分がいることに気付いた。

 俺の期待にこたえてくれる彼女に対して、彼女が俺の傍にいてくれることに対して。

 その澄んだ翡翠の瞳にしっかりと俺を映し、意思を持って俺と相対してくれる。

 それだけでとても満たされる。

 彼女の傍は穏やかでとても居心地が良い。

 現在悩まされている問題でイラつき波立つ感情も会話もなく彼女と居られるだけで凪いでいき常に冷静でいられた。

 そんな彼女に対する思いが何なのか、俺はすでに自覚していた。

 自覚していたが、その思いを言葉にすることに怯えてもいた。

 今まで一度として怯えたことのない俺が、初めて感じた恐怖にも似た怯え。

 今の関係を崩したくないために今はまだ彼女に告げられない。

 彼女が俺をどう思ってくれているのかがわからないから臆病になる。

 もはや彼女を手放すことができなくなっている俺は、臆病で卑怯者だ。

 彼女が俺の傍にいるように縛り付けるように色んな無理難題を押し付けてしまう。

 優しい彼女は、必ずそれに対して過分に応えてくれるから。


 それに付け込んで俺は、彼女を束縛するだろう。

 見えない網を張るように彼女がどこにも行かないように俺の傍に。
















問題が絶えない男アーヴェンツ……不運つづきです(汗

新居の雇用問題、黒騎士団存亡の危機問題、彼の内心問題

確かにその点では彼は今年厄年なんでしょう、たぶん、きっと……


※誤字のご指摘ありがとうございます!修正しました

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