17.彼の無自覚
俺の中にある感情が、何の抵抗もなく俺を動かしていたのだとこの時は気づかなかった
陛下の私室に呼ばれた俺は、捧げたカフスの製作者について問われた為「カフスは専属の『特級裁縫士』に作らせた」と、俺は咄嗟に皇帝陛下の問いにそう答えていた。
皇帝陛下に嘘を就くのは大罪であるが、この時は何かの勘が働いたのか気付いたらそう答えていたのだ。
それは先ほど目の前で起こったことで、彼女があのカフスを俺に納品する時に言っていたことが証明されたからだ。
光の矢が陛下の胸を貫こうとした瞬間一瞬何か薄い膜のようなものが陛下を覆い光の矢を吸収したのが見えた。
それを目撃したのは、おそらく陛下と陛下のすぐ近くに居た俺だけ。
呪術とは何かが違う、神聖な守りの力で俺の勘を信じるならば公にしない方が良い。
迂闊なことをしゃべれないととっさに判断した。
「ほぉ、専属の特級裁縫士か……なるほど」
陛下がそれだけで納得したのかどうかは、判断できない。
ましてや、それだけを聞くために俺を召喚したわけではないだろう。
陛下は何を考えているのか読むことができない曖昧な表情で、何やら思案した後、
「あれほどの物を作り出すその裁縫士に祝賀会の前に会ってみたいのだが……」
そう、切り出して来た。
あれほど、とはどれを指して言っているのだろうか。
カフスの装飾のことか秘められている力のことか、判断がつかない。
しかし、「会ってみたいのだが」と一見断れそうな聞き方だが事実上「連れてこい」と言われたも同然だった。
今の俺の立場上、断ることができない。
「……、すぐに召喚します」
俺にはそう答えることしかできなかった。
自由に動ける従騎士のアイツに命じて再び彼女を探しに行かせた。
時が止まったように全ての動きが封じられたあの時、不思議なことに広場を埋め尽くすほどいた人の中から彼女の姿を見た気がしたのだ。
あの場に居たのなら、今からすぐ向かわせれば広場で彼女を見つけられるかもしれない。
一縷の望みを駆けて彼を送りだしたが、時間がかかるだろうと思ったその矢先に彼はすぐ戻ってきた、目的の彼女を伴って。
あまりの速さに詳細を聞くと、彼女は広間の入口で茫然自失で立っていたと言う。
何を聞いても話しかけても返事が無かったのでとりあえずここまで連れてきたとのことだった。
確かに彼女の瞳は虚ろで顔色が悪く立っているのが不思議なくらいな状態だった。
けれど、時間がない。
彼女には悪いが、宮殿の侍女たちに頼んで彼女の着替えを頼んだ。
どんな衣装にするか聞かれたので宮廷専属特級裁縫士の礼服があればそれを貸してほしいと言えば、彼女たちは快く了承してくれた。
侍女たちに着替えを任せると一旦部屋を出る。
着替えを頼んだのは、さすがに陛下に謁見する際に平服で御前に立たせるわけにはいかないからだ。
暫くして入室を許可する侍女の知らせを受けて部屋に入ると、まだ彼女は放心状態でそこに居た。
丁寧に梳かされた赤銅色の髪は光沢を放ち、彼女の瞳と同じ色の衣装は彼女をさらに愛らしくしていた。
けれど何かが足りない、なにかが欠けていた。
瞳の輝きが無い。
侍女たちに礼を言って下がらせ、俺は彼女の瞳を覗き込んだ。
彼女の瞳に俺の姿が映っている。
けれどそれだけだ、彼女は俺を見ていない。
それがとても嫌だと思った。
何とか彼女に見てもらいたくて、俺はそっと彼女の頬に手を当てた。
その瞬間、彼女の瞳が揺らいだ。
瞬きすらしていなかった瞳が数回瞬いた。
瞳に生気が戻り彼女がしっかり俺の姿を捉えていることに安堵する。
彼女の了承を得ずに俺の判断で決めてしまったことに後ろめたさを感じるが、後でいくらでも彼女に詫びようと思いつつ、
「突然で申し訳ないが、君には今から俺の専属『特級裁縫士』として皇帝陛下に謁見してもらう」
今だ茫然となぜここに居るのかと思っているだろう彼女に、俺はそう簡潔に告げた。
再び固まる彼女。
俺の言ったことを理解しようとしているのかしきりに瞬きを繰り返している。
「……、大丈夫か?」
なかなか硬直が解けない彼女にそう声をかけると、戸惑いながらも彼女は頷いてくれた。
その後は、陛下に謁見するために指定された部屋へ彼女を連れて入室すると、部屋には陛下とその傍に白騎士がいた。
いきなりのことにがちがちに緊張した彼女は、陛下が直々かける言葉に返事をするがやっとな感じだった。
俺は、彼女の後ろに控えながら彼女が緊張のあまり倒れるのではないかと内心ハラハラしながら見守っていた。
と、ふと視界に入った白騎士に違和感を感じた。
複雑そうな表情をして、憤るような目でどこかを見ていた。
視線の先は俺の目の前に立つ彼女。
なぜそんな目で彼女を?
不思議に思うが、何か理由があるのだろう。
判断材料が無いので今は彼女のことだけに気を配ろうと意識を切り替えた。
陛下の言葉は、カフスの出来栄えのことのみに賛辞を送っただけで終わりだった。
そのことに安堵して、陛下の御前を彼女とともに辞した。
先ほどの謁見で一つだけ覆せなくなってしまったことがある。
それは、彼女が俺専属の特級裁縫士と公認されてしまったことだ。
この事実を彼女は、受け入れてくれるだろうか。
アーヴェンツ視点となります
もう少し文章を長くとも思いましたが力量不足&あまりだらだら書いてもとおもいこの長さに(汗
次話で一応第二幕が終了します。
第二幕終了後、幕間話が2話入って第三幕に入る予定です。
※一部修正、文章表現のご指摘ありがとうございました^^




