16.彼女の驚愕
あれは、何だったんだろう?
そう、思い耽りながら私は興奮冷めやらぬ人々の流れに沿って帰途に就いた。
新皇帝の即位を祝う人で帝都のメイン通りは一目新しい皇帝を見ようと各地から来た人で溢れかえり賑わっていた。
今日だけ特例で組合を統括する機関から職人による物品の個人販売の許可が出たので、あり合わせの布で作った髪飾りを籠に入れて試しに売り歩いてみた。
初めてのことなのでドキドキしたけれども、売り歩き始めて半時もしないうちに全て売りきれてしまった。
購入してすぐ身につけて嬉しそうな笑顔を浮かべる女の子たちを間近でみること出来てとてもうれしくなった。
うきうき気分でそのまま露店が立ち並ぶ通りを抜けて場所を確保するために拝謁広場に早め到着する。
新皇帝の尊顔を拝謁するのが目的だけれども、私にはもう一つの目的があった。
そう、あの騎士様だ。
あの騎士様をお姿をもう一度見たかったから。
情報が早い職人街で、聞いた噂では皇帝の剣と盾といわれる二大騎士団のうちの黒騎士団の新しい団長様という。
忠誠のカフスを所望していたのだから、もしかしてと思ったけれどその勘がどうやら当たったらしい。
皇帝直属の二大騎士団長様ならば、拝謁の時傍に控えるはずだ。
とても印象が深い方だった。
ヴィンターからの突然の婚約破棄で、一時茫然自失になったのだけれども本当は心のどこかでこうなることを判っていた。
彼は、気付いていたかどうかわからないけれど幼年期をすごしたあの孤児院は貴族のそれも大貴族の庶子専用の孤児院なのだ。
初めから身分差は判っていたけれども彼から求婚された時は確かにうれしかったのだ。
けれど、あの感情は何かが違ったと今では思う。
確かに好きで、結婚してずっと一緒に居られると思ったけれどもたぶんそれは男女の愛を表す好きでは無かった気がする。
親兄弟のような家族愛のような好きだったのではないかと思う。
それを強く感じたのは騎士様を初めて会ったあの瞬間に沸き起こった良く分からない胸の高まり。
ヴィンターのことがあったからそんなはずはないと思ったのだけれども。
会うたびにどうしようもない思いが胸にこみ上げていた。
一目惚れ。
そんなことが本当に存在するんだと、確信した瞬間だった。
だから、あの時躊躇いもなく婚礼衣装にハサミを入れることができた。
騎士様の役に立ちたかったから。
好きな人の役に立ちたかったから。
けれど、騎士様もヴィンターと同じで雲の上の人なのだ。
結ばれることはない、それに好きなのは私であって騎士様が必ずしも私の思いに答えてくれるとは思えない。
だから、これを最後に私は帝都を出るつもりだ。
行く宛てもないけれどどこかの小さな町で大好きな裁縫の仕事をしながら静かに暮らせたらいいなと思う。
そのことを所属しているゲーベン裁縫組合の組合長に言ったら、泣いて止められたけれども最後には折れて納得してくれた。
裁縫組合の決まりは帝都の中だけなので別の町ではお店を出すことも可能なのだ。
だから、これが騎士様を見ることが出来る最後の機会。
たった一度の。
そう思いながら、皇帝陛下のお出ましを今か今かと待ち望んだ。
気持ち悪くなるほどの耳鳴りの音がしたのは、皇帝陛下がバルコニーに出て国民に向かって手を振り歓声が最高潮に高まった時だった。
その音とともに歓声がかき消えた。
いきなりのことに何が起こったか判らなかった。
判ることは誰一人として動くものがない。
周りに居る人はまるで時が止まってしまった様に、笑顔で歓声を上げた格好のまま石像のように動かない。
「なに、これ?」
恐怖が私の全身に駆け廻った。
恐慌状態に陥りそうになった私の精神をかろうじて正気つなぎとめたのは砕けた金属の音だった。
反射的に音の方に視線を向けると、ふわりと騎士様の外套が翻り彼の持っていた剣が砕けたのが眼に映った。
バルコニーに視線が釘付けになった時声がした。
人の声と何かが違う声が、皇帝陛下に向けて何やら語りかけていたのがかろうじて聞こえた。
恐ろしいほどの寒気が全身に駆け廻った瞬間、光の矢が射抜くように皇帝陛下のもとへ向かっていくのがはっきり見えた。
けれどその矢は、皇帝陛下を射抜く前に突如現れた大きな半透明の光の盾とぶつかり消滅した。
目の前で起こったことが信じられなくて「夢?」と思った瞬間周りは元通りに時を刻んでいた。
バルコニーを見ても何事もなかったように皇帝陛下が最後に国民へお言葉を発してからもう一度国民の歓声を受けて退出された。
その後のことは、全く記憶にない。
気がついた時にはなぜか私は緑が色鮮やかな着なれない衣装に身を包み豪華な装飾品が並ぶ一室いた。
それも騎士様の目の前に立って。
騎士様は少し困ったような表情をしていた。
だから、ああまた何かお困り事があって呼ばれて来たんだ。
と、そう単純に思った。
けれどそれは勘違いだった。
「突然で申し訳ないが、君には今から俺の専属『特級裁縫士』として皇帝陛下に謁見してもらう」
その騎士様の言葉を理解するのにかなりの時間がかかった。
「……、大丈夫か?」
あまりにも突然のことで硬直して答えられない私に優しい瞳で気遣うように優しい声をかけてくれた。
その声でかろうじて頷くと騎士様は、安堵の表情を浮かべて、後についてくるようにと言うばかりに部屋の出口に向かって歩き出した。
私はそのあとをあわてて追った。
混乱の極みにいた私には、この時それしかできなかったから。
だから、皇帝陛下に拝謁した時陛下の傍に見知った顔をした人物が立っていたことにも、その人が複雑な顔をしていたことにも気づくことはなかった。
ようやくユーリィの本音、心情を書くことが出来ました!
お決まりな展開のような感じが否めませんがそこは素人の物書きと思ってご容赦ください(汗
少しはそれっぽくなりはじめたでしょうか?(ちょっとラブラブへの道が進んだつもりですが……(滝汗)
※一部修正しました