9 遭遇と反撃
ジョナの予想は、半分当たった。
謎の敵は王国軍が手の出せないアンデスのチンボラソ峰に集結しつつあった。王国側はそれを把握してはいなかったが、もし把握していたとしても驚かなかったであろう。それほど、ジョナやモスタルキーン総督には明らかな戦略的布陣だった。
問題は、王国側が予想するようにガラパゴス山地の前進基地に敵主力が集中投入されるかどうかだった。それはすぐに明らかになった。
「アンデスのチンボラソ峰に発射反応」
深夜のことだった。ジョナが徹夜の当番をしている指令部に観測部からの第一報が届いた。ジョナはすぐに、ナデジダ女王とモスタルキーン総督を起こし、二人は着の身着のままで駆けつけていた。
「発射隊の着弾箇所は? 発射された砲弾の規模は?」
モスタルはジョナを横目で見ながら、観測部にさらなる報告を促した。だが、その催促にもかかわらず、観測部の沈黙がしばらく続いた。そして、沈黙ののち、観測部からの通信には躊躇のためか、驚愕のためか、言いよどむ声が響いた。
「推定着弾目標は.......ニカラグアの谷付近。小規模の攻撃のようで、発射された弾頭数は従来の千分の一、ほんの数千です」
それを聞いたジョナとモスタルは「こちらの思うつぼだ」と思って、互いにニヤリとした。だが、観測部からの続報はジョナたちの気体を断ち切るものだった。
「あ・・・・・発射された弾頭の重量が今までの弾頭とは異なります。それらは従来とは異なり数百倍から千倍ほどのばらつきがあります。超大型爆弾でしょうか?」
それを聞いたモスタルは顔色を変え、ジョナに顔を向けながら呆気にとられたような声を出した。
「重量が異なる? ばらついている? まさか」
「そのまさかでしょう。重量は弾頭や砲弾のそれではなく、おそらく本隊....、つまり本隊が大挙して空から急襲してくることを意味すると思います。敵の斥候に我々の動きをつかまれたのでしょう」
ジョナはモスタルを見返しながらも、恐れていた推定を口にした。それを確認したモスタルもまた彼の推定を口にした。
「それでは、敵はニカラグアに対して全戦力を集中することになるだろう」
しばらくの沈黙の後、ナデジダ女王は確認するようにモスタルとジョナに声をかけてきた。
「ということは、我々は裏をかかれた、ということなのだな?」
「そうとはかぎりませんが、今は敵の来襲に対抗する必要があります。全軍に王族車両を守るために、戦闘配置を指令してください」
「まちなさい」
モスタルが声をかけてきた。
「我々は、守りを固めるのではなく、敵を迎撃するべきだ。敵の弾道軌道は、通常の飛翔体の弾道コースではなく、撃墜を恐れて高高度を取った打ち上げ軌道だ。計算では本体到達まであと1時間はあるとみていい。今は全軍を散開陣形とし、降りてくる敵軍を地上から各個撃破を図るようにした方がいい」
「わかりました」
「ただし」
モスタルは意を決めたようにジョナに言った。
「この布陣は、とりあえずのものだ。敵が着地してきたら、ニカラグアの入り口である此処も、ニカラグアの谷の中でも、乱戦が始まる。そこらじゅうで激烈な撃ちあいとなるぞ。今のうちに谷底の敵勢力を突破して谷底の奥に入り込み、金剛族にナデジダ女王、アンヘル様を預けたほうがよい」
「それではあんたはどうするんだ?」
「私は総督だ。つまり王国の武官のはしくれだ。王国軍と私の軍とをお任せいただければ、的確に応戦してみせるよ」
「王国軍まで指揮を執るというのか?」
「疑っているのかね。では、王国軍はジョナ、あんたが指揮をとれ。要は、私の総督軍と王国軍とが有機的連携をとれればいいのだ。但し、あんたが金剛族のところから1時間で戻って来い。戻ってこなかったら、私が全軍の指揮を執るが、あんたの指揮する盲突猪が参戦しないと我々は極めて不利だぞ」
こうして、ジョナは女王やアンヘルたちを王族車両に乗せ、自らは盲突猪の軍団を駆ってニカラグアの谷底へと下って行った。
___________________
ニカラグアの谷底の最深部に達すると、深夜の谷は星明りも届かない漆黒の闇の中にあった。それでもジョナの乗った盲突猪は、においを頼りにしているのか、一気に谷を下って行った。後続の盲突猪達は、体に王族車両を括り付けた一頭の周囲を固めるように、同じ速度で足取りで後を下っていった。それらの足音が谷底に響き渡り、その轟音は戦闘状態にある四つ目か五つ目の乗郭(vehicle)にも達しているはずだった。
谷底の平坦な道にたどり着くと、盲突猪は速度を上げて突進していった。奥へ奥へと進むうちに、無人の乗郭(vehicle) が見えてきた。ひとつ目の乗郭なのだが、どうやら最奥に厳重に防衛されていたはずの太極だけが破壊され、そのため敵が突破できたようだった。だが、敵軍はそのまままっすぐに進軍した様子はなく、ちょうど円弧を描くようにして第二番目の乗郭、第三番目の乗郭も突破していた。どうやら中央には真っ直ぐ進めない秘密があるようだった。
ジョナは複数の乗郭を確認したのち、4つ目の乗郭で戦闘が行われている様子を見出した。
「全軍、突撃!」
敵軍の後方から襲うことで挟撃できる。ジョナがそれを確信した時、突進し始めた盲突猪たちが突然何かを探し求めるように右往左往するように暴れ始めた。それによってジョナも王族車両も横に投げ出され、動けなくなった。盲突猪達はその場でぐるぐると体を自転させるようにしてひっくり返ってしまい、ジョナや王族車両に乗っていた乗員たちも、動けなくなっていた。彼らの頭の中には明らかに強い念波が働いていた。
ジョナの頭の中に『禁欲せよ』の声とともにアンヘルに似たあられもない姿の女が浮かんだ。
『忍びてみよ。耐えてみよ』
「これが試練乗郭(vehicle) か。思念の作用だな」
ジョナは心の中に葛藤を感じていた。そればかりではなく自らの欲望にも振り回されていた。だが、そのうちに彼は幼い時に覚えていた一般化という普遍的考察法を思い出していた。
「現行人類は一般化によって物事の神髄を理解する手法を持ち合わせていない。僕ならば、一般化によって理解できるかもしれない。......そうか、この欲もまた苦しみの一つとして認識せよということなのだろうか」
その時、アラベスクの声がジョナに響いた。
「時間が無い。今は理解を助けてやる。『欲もまた苦しみにすぎない、一切は苦である』と見切ることができる、とでも考えたいのかね。忘れてはいけない。すべては現実に存在するものである。欲もまた啓典の主より祝福とともに与えられた感情である。隣人を愛しつつ貪欲でなければよい。それが答えだ」
ジョナは理解した。ただ、アラベスクは余計な一言を付け加え、それがジョナを少しばかり混乱させた。
「もし、目の前の娘、ナナを愛し我慢できなければ、結婚しなさい」
ジョナの聞いたことの無い言葉だった。
「娘を愛し我慢できなければ結婚しなさい? 目の前の娘、ナナ? ナナとは誰のことだ?」
その疑問とともにジョナはわれに返った。アラベスクからの何らかの作用が念波の作用を打ち消したように感じた。
ジョナの感じた混乱は一瞬のことだったらしい。いまだに周囲では盲突猪達がのたうつようにしてもがき続けていた。そして前方の第4の乗郭では太極へ侵入しようとする敵方と、太極の周囲で防戦に回っている金剛族の姿が目に入った。ジョナはすぐに躊躇なく侵入者たちを一瞬にして吹きとばしていた。
「ふう」
守り手の金剛族が息を切らして体を休めていた。だが次の瞬間、彼らはジョナを見て驚いていた。
「あんた、王国から来た援軍なのか? だが、金剛族でもないのによくここに立っていられるな」
「念波のことか? 確かに作用を受けた。なにかの仕組みが作用している。だが、今はその話はできない。それよりも今は私の仕える女王たちをかくまってほしい。もうすぐあなたたちの敵軍が大軍をもって攻めてくるから」
「私たちを救ってくれた王国の女王たちなら、私たちが責任をもってかくまおう。私たちには、ここから見えるあの最高神がいるから、必ずこの戦いで私たちと王国とを守ってくれるだろう」
金剛族たちは第四の乗郭の念波を一時的に停止すると、女王たちの乗った王族車両を引き取り、中央の乗郭へ去っていった。その中央の乗郭の奥の都市には、彼ら金剛族がいう巨大な偶像が見えた。
「あれが最高神なのか」
ジョナは独り言を言った。そして、ジョナは再び戦場に取って返す覚悟を固めた。
「さて、盲突猪達。引き返そう。これから我々の激戦が始まる」




