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異世界行ってみたら弟が聖女!?  作者: 矢崎 エメ
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聖女と聖女~王宮編8~

 いつもなら、常に武志を見つめる銀の瞳。

 なのに、まるで突然興味を失ったかのように、彼はこちらを一度も見なかった。

 それが不自然だ、と思わなかったのは、なかなか向き合う機会がなかったからだ。エスコートされていれば隣り合うのが当然で。だから彼の視線の先がどこにあるかなんて、気にしなかった。

 しかし、今までだったら、たとえエスコート中だとしても、彼は武志を見つめていたはずだ。それほどまでに、アレックスの視線は常に武志に向けられていたのだから。まるで愛しいものならいつでも見ていたい、視界に入れていたい、とでも思っているかのように。

 なのに、今、彼は武志を見ていなかった。


「どうして……、その、」

「イーシャ様?」


 どうして、自分を見てくれなくなったのか。

 どうして、マリナを賛美するようなことを言うのか。


 疑問が胸を渦巻くが、それをそのまま言葉にするのは躊躇われた。だがなんとか彼の気持ちが知りたくて、武志は言葉をひねり出す。


「えーっと、アレックスは、……今日のマリナ様をどう思った?」

「先ほども言いましたが。大変、ご立派だったかと。聖女らしく、威厳もありました」


 心臓がバクバクと激しい動悸をうった。

 ――まだだ、まだこれだけじゃ分からない。アレックスがマリナに恋したかどうか、こんなんじゃ分からない。


「そう……だよね。そう……。でもさ、あの人、今までこっちのことを良く思ってなかったと言うか……あの試合のときだって、あの人は、」

「イーシャ様、たとえイーシャ様でも、聖女であるマリナ様のことを『あの人』などと呼ぶのはいささか……ご無礼が過ぎるかと」

「えっ!?あ、ああ、そう、うん。そうだね、そっか……」

「……マリナ様が守護騎士に関して過敏であったのは仕方ないでしょう。こちら側の事情を知らないのですから。彼女はきっとイーシャ様をご心配して下さっていたのです。平民出身が守護騎士になるのは心もとないであろうと。実に慈愛溢れるマリナ様らしいではありませんか」

「へっ!?」


 変われば変わるものだ。

 見方を変えれば、こうも違ってくるものか。


 それにしても、おかしくはないか。

 マリナに恋したとしても、彼女を突然、聖女として賛美し始めるだろうか。容姿を褒めるなら未だしも、慈愛溢れる、だなんて。恋だのなんだのを疑う以前のような気がする。

 武志は、目の前に跪くアレックスに対して、また湧きあがった違和感がどうにも拭いきれなかった。


「イーシャ様、あなたは、まことに幸運でした。あのように美しく、お優しく、力のある聖女マリナ様と同じ時に召喚されたのですから」


 ――はああ!?彼女と同じ時期に召喚されたオレが幸運?あんな意地悪な聖女サマなのに?恋は盲目って言うけど、でもでも!やっぱり変すぎるよ!!


 武志はそんなに頭が良い方ではない。姉の麻耶とは違って、言葉にして、何がおかしいと理路整然とは指摘できない。

 しかし、昔から勘だけは良かった。これでもアーティストを目指していた者のはしくれだ。直感力には自信がある。実際には、目指す途中でこんな世界に飛ばされてしまったけれど。


 その勘が告げていた。

 アレックスは、明らかに変だ、と。


 今、目の前にいるというのに武志の方をまるで見ていない。マリナのことを、酔ったようにうっとりと語るアレックスは、異常だった。


「アレックス……こっち見て」

「?……はい」 


 何をどうしよう、と思った訳ではない。

 だが本能的に思ったのだ。彼の目を見なくては、と。


「もっとちゃんと!こっちを見て!!」


 武志は彼の顔を両手で挟んだ。


「え、あっ、……い、イーシャ様!?」


 突然顔を掴まれて、戸惑うアレックスに構わず、武志は銀の瞳を覗き込む。


「ちゃんとしっかり、オレを見てよ、アレックス」

「は、はい……」

「アレックスは、マリナ様のことを、聖女にふさわしい人だと思っている?」

「はい」

 即答だった。

 だが、視線はうろついている。

 いつもの力強さはまるでない。 


「オレよりも?」

「……は……、い」


 今度は、間があった。

 頼りなげなそれに、武志は確信を持った。彼は何かに惑わされているのだ――何かは分からないけれど。


「本当に?アレックス自身が自分で召喚した、オレよりも?」

「……そ、れは、」

「ねえ、ちゃんとオレの目を見てよ、アレックス。目を見て言って。オレよりもマリナの方が本当にふさわしいの?彼女の方が大切?」

「……そんなことは、」


 まだだ。

 まだ彼は帰って来てない。


 ――こっち見て。ちゃんと、あの綺麗な目でオレをもいっかい見て。


 武志が聖女の力を意識したのは、これが初めてかもしれない。

 祈るのは毎日。

 でも、『力』を意識して意図的に使おうなんて思ったことはなかった。


 ――アレックス。アレックス!!


 もしも自分に聖女の力があると言うのなら。

 彼の力強い、あの瞳に自分を映して欲しいと願った。

 夜空に散らばる星屑のような銀の瞳に。


 銀の光の瞬きが、中心に集まる。


 ようやく、とらえた。



「そんなことは、ない」

「アレックス?」

「そんなこと、あるもんか!!あるわけがないだろう!!イーシャ様より、あの女が大切だと!?そんな馬鹿なことがあるか!!」

「あ、あれっくす、ちょっと」

「ああ、クソ!!なんてことだ!!」


 ぐい、と彼に両手首を掴まれた。

 星屑の煌きが、今やギラギラと焔の強さで輝き始めている。


「イーシャ様!!」

「はいっ!」

「イーシャ様ほど聖女に相応しい方はいらっしゃいません!!」

「あ、ありがとう……?」

「民のことを思いやり、おごることなく毎日女神に祈って下さるイーシャ様。こんなにも気高く慈悲深いあなたを差し置いて、贅沢しか考えられないあんな女性が聖女に相応しいはずはない!!」

「そ、それは言い過ぎじゃ……」

「いいえ!!言い過ぎなどではありません。それに容姿だって、イーシャ様の方が優れています!!あなたより美しい人も、あなたより可愛らしい人も、この世界中どこにもいない!」

「えっと、そんな風に思ってたんだ……」

「はっ、あの女が慈愛溢れているだと!?バカバカしい!!我ながら、よくぞあんなことをつらつらと言えたものだ。あんな見てくれだけの女に」

「わあ、容赦ない」


 ついには、「あの女」扱いになってしまった。


 だが彼の態度に違和感はなくなった。瞳の強さも、宴が始まる前、いや、今日の朝、白い聖女の服を着た武志を見つめていたあの時に完全に戻っている。


 武志の両手を掴んだままに、少し身体を離してアレックスは頭を垂れた。そして揃えた武志の両手の甲に、そっと口づける。


「あ、アレックス!?」

「申し訳ありません……警戒していたのに。マティウスが何もしない訳がないと気をつけていたつもりだったのに。こうしてイーシャ様にご心配をおかけしてしまった」


 アレックスは無念そうに言って、手を離した。はあ、と大きなため息を吐いて、立ち上がる。


「何が起こったか……、本当はあの女がしていたネックレスのことを明日お話するつもりでした。しかし、こうなったら自分のことについても、ご報告しなくてはなりませんね」

「アレックス……その、もう大丈夫?」

「ええ。イーシャ様のおかげで自分を取り戻せました。守るつもりの私が守られてしまったとは情けない限りですが」


 ふ、と自嘲気味に笑って、アレックスは背を向けた。

 武志も釣られて立ち上がる。

「今日はもう遅い。ごゆっくりお休みください、イーシャ様」

「うん……あの、アレックス」

 部屋のドアに手を伸ばした彼に、武志は言葉を掛ける。

「なんでしょう」

 振り向いた彼に、武志は笑って告げた。


「おやすみなさい、アレックス」

「……っ、おやすみなさい、イーシャ様」


 丁寧に頭を下げると、彼は静かに部屋を出ていった。


「……はああ」

 脱力して、大きなため息が出る。

 安堵のあまり、気が抜けてしまった。このまま座ったら立ち上がれそうもない。


 ――良かった。本当に。


 ネックレスのこと、アレックスが豹変した原因、マティウス王子のこと、マリナの態度。これから始まる聖女の試練、旅のことも。考えなくてはならないことなど山ほどあるが、アレックスが元に戻って良かったと思う。

 とりあえずは、乗り切った。

 今日一日は終わったのだ。


 武志はメイを呼び出すと、寝支度を頼んだ。できるメイドの彼女は、空気を読んだのだろう、いつの間にか控えの間に姿を消していた。

 湯を使い、メイに手伝ってもらって、小ざっぱりとした姿になる。


 武志はベッドにもつれ込むようにして倒れ込んだ。


「ふわあああああ、つっかれたああ」



 そのまま。

 武志は夢も見ずに、深い眠りに落ちた。 

勢いに任せて言っちゃったアレックス。気持ちが駄々漏れに……くくく。

いっそ清々しいくらいイーシャ一直線です。

宴編はこれでお終い。次は、旅立つ前編!!……の前に、あの方が出てきます。

次回、伏線張りと回収!よろしくお付き合いください。

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