聖女と聖女~王宮編7~
真里菜は、式が始まる前に一本の聖水を飲んだ。
――すごい。これが、聖水の力……?
飲んだ途端に、効果が感じられる。
身体が軽く、気分がとても良くなった。身体中を巡るのはどこからか湧き出で、漲ってくる『モノ』――これが聖女としての力なのだと実感する。
おかげで真里菜は式典も、ありえないくらい落ち着いて臨むことができた。
国王を前にしようが、大勢の民衆を前にしようが、全く緊張することも怯むこともない。
自分にはできる、という強い確信が、真里菜の中に不思議とあって、それが『聖女マリナ』を動かしてくれるようだった。
高揚感は宴になってもなくならなかった。それどころか、身体を巡る力は自信となり、真里菜をますます気品に溢れた存在にしてくれた。
堂々とした立ち居振る舞い。
まるで生まれながらの王女のよう。
真里菜は、聖水のお陰で、ついに聖女に相応しい自分を自覚することさえできたのだった。
「聖女様のご入場です」
旋律を変えた音楽が鳴り響くと、扉が開いた。
ホールの中の視線と言う視線を集め、マティウス王子からも一層熱を帯びた眼で見られて、真里菜は自然と微笑む。
――ああ、さいっこう!!みんながあたしを見てる。綺麗なドレス着て、パーティーの主役になって……そうよ、こういうの!こういうのがやりたかったの!!この羨ましそうな眼差しを見てよ!!気持ちいいったら!
「聖女様にこうしてお目にかかれて、誠に光栄です」
「まあ、恐縮ですわ」
「殿下の『神降ろし』のお力にも感銘を受けました。さすがでございます」
「ありがとう、エッセル伯爵」
真里菜はマティウスと共に、国の錚々たる重鎮へ顔見せをしていた。だがどんな立場の者が相手でも、聖女たる真里菜が臆することはない。賞賛と賛美を一身に受け、真里菜は煌びやかな世界で己に酔っていた。
――さーて、そろそろ良いかな?アレックス王子を探さなきゃ。
ある程度一段落がついたと思える、キリのよさそうなタイミングを見計らって、真里菜はマティウスの腕を引いて合図をする。
「マリナ……どうした」
「私への挨拶は終わったのでしょう?」
「ああ」
「だったら、ちょっと外してもいいかしら。あちらの聖女様にご挨拶したいの」
「わかった。……ライル卿、聖女の護衛を頼む」
「かしこまりました」
「ありがとう、ライル様」
真里菜はライルを伴って、イーシャの方――アレックス王子の方へと向かった。
イーシャは今日も庇護欲をそそるような様子で、王子の側に侍っている。あざとい仕種で疲れた様子を見せ、アレックス王子に世話を焼かせていた。
こうして遠目で見ても、明らかに二人は仲睦まじげな様子だ。真里菜の胸にどす黒い感情がじわりと湧く。
だが、今から自分はそれをぶち壊してやるのだ。そう思えば、気分も上向いた。
二人に近づき、いよいよ声を掛ける段になって、真里菜は一旦立ち止まった。高鳴る心臓を、静めるために、大きく呼吸をする。
――ふう、落ち着かなきゃ。大丈夫、『あの力』は、まだ、ココにある。身体中に感じられるわ。ふふふ、あたしから好意を見せたら、アレックス様はどんな反応するかなあ。きっとびっくりするよね。まあ聖女の力も強くなってるんだし、嬉しがるに決まってるけど。うう、ちょっと緊張する。
今までは、なんだかんだと真里菜の思い通りにならないことも多かったが、聖女の力が増した今は違う。
運良く守護騎士が二人になっただけのイーシャなんか、真里菜に敵う訳がない。きっとアレックス王子も、すぐに真里菜の方が良いと気付くはずだ。
――さてと。思いっきり、すてきな演出にしなきゃね。
「ごきげんよう、イーシャ様。……アレックス殿下」
真里菜は、にこり、と艶やかな笑顔を浮かべた。
◇◇◇◇◇◇◇
アレックスがマリナと共にテラスからホールに入ってきたのは、たっぷり30分は経っただろうと思われる頃だった。
「アレックス!」
アレックスを認めると、武志は思わずソファーから立ち上がった。マリナとはホールに入ってすぐに別れている。
一人になったアレックスは、武志の方へまっすぐ歩いてきてくれた。
「イーシャ様……あ、」
「ごめん、グラハム!」
グラハムから恭しく差し出された手は無視して、行儀悪くアレックスに駆け寄る。ヒールを穿いた足で小走りで走ったのが悪かったのか、勢い余ってアレックスに、どん、とぶつかってしまった。
「うわ、っつ、」
「イーシャ様!大丈夫ですか」
「うん。大丈夫!」
「足をくじいたりなさってませんね?ああ、良かった……お気をつけ下さい」
「うん。ごめん。ぶつかって」
「それは良いのです」
アレックスが武志の身体をそっと離し、体勢を支えてくれる。
その様子にどこも不自然なところはなく、武志は密かにほっとした。
――アレックス、いつも通りだ。オレ、心配しすぎてたかも。
彼は改めてきちんとしたエスコートの形をとると、武志をまだソファーの側にいるグラハムの所へと誘った。
「殿下!マリナ様とのお話は、もう宜しいのですか」
「ああ、終わった。イーシャ様をありがとう、グラハム卿」
いいえ、と律儀に首を振るグラハムに、アレックスは声を潜めて告げる。
「……話がある。卿にも、マイヤーにも」
「はい」
心得たように返事をするグラハムに、アレックスはちらりと柱の大時計を見た。
「もう、そろそろお開きだな」
ホールの隅に置かれた大きな時計は、読めない武志には飾りと一緒だ。だが、たしかに始まったときより左方向に針が進んでいた。
「グラハム卿、悪いがもう一つ、頼まれて欲しい」
「なんでしょうか、殿下」
「宴が終わったら、私の部屋に……いや、今日はもう遅いな。明日の朝、朝食が終わったころ、イーシャ様のお部屋に来るようにと、マイヤーに伝えて欲しい。大切な話があるんだ。卿もそのとき、一緒に来てくれ」
「分かりました」
「では、私たちは、これで失礼する」
王子の命を受け、グラハムが立ち去る。
アレックスはそれを見届けると、武志に顔を向け、心配そうに尋ねた。
「お疲れでしょう、イーシャ様」
「うん、まあ。アレックスも、疲れたんじゃない」
「私は大丈夫です。さあ、もうひと頑張りですよ。部屋まで、お送りします」
近くの衛兵に退出を告げると、アレックスは武志を促して歩き始めた。
部屋に着くまで、二人は無言だった。
己の歩調に合わせ、ゆっくりエスコートしてくれるアレックスに甘え、武志は体重を少し預けて歩く。慣れないヒールと疲れもあって、支えはありがたかった。
部屋に着くと、「お帰りなさいませ、イーシャ様」とメイが出迎えてくれる。
だがアレックスが側に居るのを見ると、彼女はすぐに下がった。さすが気の利くメイだ。無駄口もきかず、隅で待機してくれるようだった。
アレックスは椅子の側まで来ると、武志の腕をそっと解いた。椅子に座らせると、自分は前に跪く。
優しげな笑みが、彼の顔に浮かんだ。
「イーシャ様、今日は、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした。エスコート、ありがとうアレックス」
「いえ。イーシャ様、とてもご立派でしたよ」
「そうかな。良かった、とても緊張してたから」
「式典も、宴も、素晴らしかったです。マリナ様と同じくらいに」
「……アレックス?」
変だ、と思ったのはこのときだった。
こうして向かい合って、最後に挨拶をするまで、武志は気づかなかった。
マリナの元から帰ってきたアレックスとは、未だ一度も目を合わせていなかったことに。
「なんでしょう、イーシャ様」
「ねえ……あのさ、」
――なんで、あの人の名前が今、出てくるの?
アレックス殿下ご乱心!?のまま次回へ続く。
いよいよ宴編が終わります。旅立ち編までもうちょっとお付き合いください。
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