聖女と聖女~王宮編6(後)~
腕に手を絡めて二人は歩き去った。
エスコートしているから当然のこととはいえ、二人の近すぎるように見える後姿に、武志の胸がつきん、と痛む。
――なんだよ。あんなにオレを絶賛してたくせに!!美女が近づいた途端に、でれでれしちゃってさ!!アレックスのバカ王子!
心で悪態をついても、なんだか気分は晴れなかった。この自分の気持ちがなんなのか分からなくて、余計にモヤモヤする。
――あーあ。疲れたし、気分わる。
ぼすん、と若干勢いをつけてソファーに座った。
さっきまで緊張や疲労はあってもそこそこ楽しめていたパーティー。だが今はさんざめく雰囲気が、ちっとも楽しいと思えない。いっそ放っておいてくれたらいいのに、武志は本日の主役の一人、聖女である。執拗な視線も、まだ残っていて、鬱陶しくてたまらなかった。
これ以上何も視界に入れたくない。
武志が俯いてソファーに座っていると、隣で立っていたグラハムが気遣わしげに声を掛けてくれた。
「イーシャ様……お疲れですか?」
「まあ、……うん」
「何か飲み物でも」
「……いらない」
さきほど声を掛けられたとき、一瞬覚えていた喉の渇きも今はない。
それより、なぜだか痞えた胸のせいで、食欲まで失くしてしまった。あんなにお腹が空いていたはずなのに。
消沈した気分に気づいたのだろう、グラハムは優しい声音で武志に話しかけてくれる。
「では、マイヤー殿を探してきましょうか。私よりも気心が知れているでしょうから」
「そういえば……にいちゃ、兄、は今どこに」
グラハムには、二人が兄妹だということを言っていない。ただ色々と事情があって親しくしており、兄同然の存在だということだけ告げていた。
「マイヤー殿は……ああ、爵位持ちの軍属に囲まれているようですね。彼はシャリオン卿とも非常に親しく、騎士の連中とも知り合いが多いと聞いていますから」
グラハムが、つい、と手を振って方向を示す。
武志も釣られてホールを見ると、一際目立つ長身の大男二人が、体格の良い男性陣と共に居た。
――姉ちゃん、あんなとこにいたんだ。
先に会場入りした麻耶たち守護騎士は、今宵の主役級メンバーではあるが聖女ほど注目を浴びてはいない。
重鎮との顔合わせの必要もないので、麻耶は早々に内輪で盛り上がることにしたらしかった。マリナの側にずっと付き従っているライルとはえらい違いである。
「ここからは遠いね。話もなんだか弾んでいるようだし、邪魔したら悪い」
「……ですが、イーシャ様がお呼びとあらば、すぐにこちらにおいでになるかと」
「いいよ。そのかわり、グラハムがいてくれるんでしょう」
「もちろんです」
イーシャ付きの守護騎士となったグラハム。誠実で高潔な彼は、アレックスほどではないが、側にいてくれるとほっとする存在である。あの対話の有った日から武志は彼の為人を信用していた。なんだかんだで、このとても忠実なグラハムに心を許し始めているのだ。
――アレックスがあんなこと言うなんてなあ。二人だけで話がしたいって……、一体、何の話なんだろう。あの人が見かけどおり可愛いばっかの人間じゃないって、アレックスだって知ってるだろうに。
二人が消えていったテラスの方を見ると、出入り口にライルが立っていた。当然ながら二人の姿は見えない。
つい溜息を零していると、グラハムから甘いものが載った皿が差し出された。それを申し訳なく思いつつも、首を振って断る。本当に食欲が失せてしまっているのだ。
「……アレックス殿下のことなら、心配いりませんよ」
「へ?」
「殿下は多分、あのネックレスが気になっていたのだと思います」
「ネックレス?」
武志は先ほどのマリナの装いを思い浮かべた。
確か、彼女は小振りなダイアが何連にも連なった上品なネックレスをつけていたはずだ。中央には若干大きめのダイアモンドが飾られていて、とても上品だった。
なんとなくだが、彼女ならもっと色の付いた大きな宝石をこれ見よがしに身に付けそうなものなのに、と思っていたので覚えている。
「あのダイアモンドのネックレスがどうしたの」
「あれは、先代の聖女様、王妃様であらせられたお方が身に付けていらしたものと、とてもよく似ているのです」
「へえー」
「慈愛の聖女様、と呼ばれて、とても民から慕われたお方でした。……ああ、そういえば、マリナ様の銀の髪、紫の瞳も、その王妃様と同じですね」
慈愛の聖女、ミレーヌ王妃。
代々の国王と王妃の肖像画が収められた部屋とは別に、彼女だけの肖像画が王宮には飾られている。目につくところにある彼女の絵姿に、憧憬を抱く貴族は今でも多いとのこと。
幼いころから聞かせられる慈愛の聖女のお話は、色あせずに伝わっているようだ。
「聖女様への憧れもあるのでしょうが、『王族男子は一度は彼女に恋をする』とまで言われているのですよ。とても美しいお方なので、アレックス殿下もマティウス殿下も、一度は彼女に目を奪われたことがおありかもしれませんね」
「……へーえ、ふぅーん、そう」
それを聞いて武志は安心するどころか、またなんとも言いようのない気持ちに陥ってしまう。
――『一度は彼女に恋をする』銀髪・紫眼の聖女サマ、ねぇ。つまり、その人にアイツが似てるってわけだよね?それで、二人きりになってお話がしたいだって?
武志の生返事に、いらぬことをしゃべったと思ったのか、グラハムが咳払いした。
「あ、いや、話がそれました。……そうそう、ネックレスの話でしたね。ええ、その絵姿にあるミレーヌ王妃のネックレスに似たものをマリナ様が身に付けていらっしゃるので、そのことをお聞きするつもりなのでは、と」
「何か、問題でも?」
「今夜の出席者の目を引くために、似たようなものをマティウス殿下がご用意したのであれば、それは別に構わないのですが。仮に、もしそれが本物のミレーヌ王妃の首飾りであれば、少々、面倒事になると殿下は思われたのでは」
「どうして」
少し眉をしかめて言うグラハムに、武志も胸がざわつく。
「本物のネックレスは、大神殿に保管されているはずだからですよ。それが持ち出されたとなったら……」
持ち出せるのは、限られた人物のみ。
王家を通してマティウスが持ち出したものならば、幾ら隠ぺいしようとアレックスが知らぬはずがない。ならば残るは、大神官長か高位神官、もしくはその許可を得た人物だけだ。
いずれにしても、神殿の息がかかった者がネックレスを持ち出して、マリナに与えたことになる。
「えっと……つまり、神殿はマリナの、あ、じゃなかった、マリナ様の味方になったってこと?」
「味方……まあ、平たく言えば。もしあのネックレスが本物ならば、ですが。しかし偽物でも、そう思わせる効果を狙ったのだったら、成功したと言えるかもしれませんね。少なくとも、マリナ様のバックに神殿が付いた、と見る貴族は少なからずできたでしょうから」
先代王妃ミレーヌのネックレス。
大神殿に保管されているはずのそれが、このような公の場で、マリナのものとして大々的に披露されてしまった。
銀髪に紫の瞳をした美しい聖女の姿に、王妃ミレーヌの姿を重ねた貴族も多かっただろう。
憧れの存在に似たマリナを前に、アレックスは何の話をしているのか。
――単に、出所を聞いているだけじゃ、ないかもしれない。
ちくん、と再び痛んだ胸を、ぎゅっと掴む。
「イーシャ様……」
気遣わしげなグラハムに「大丈夫」と、武志は返した。
宴は、まだまだ終わりそうになかった。
宴編が終わらなかった!まさかの前・中・後編詐欺!!(オイ)
次回更新が今日中なので許してもらおう……。
意味深なアレックスは餌食になったのか。




