聖女と聖女~王宮編6(中)~
更新頻度をあげるために、今回短めです。
「宴を楽しんでいらっしゃいますか、マリナ様」
アレックスがそつなくグラスをマリナに差し出す。
婉麗な仕種でそれを受け取りながら、マリナは武志に向き直った。
「はい、とても。イーシャ様はどうですか」
「……ええ、楽しんでいます」
武志は警戒しつつ、マリナに答えた。
武志は、彼女があの日、ボックスシートで自分に向かって言ったことを忘れていなかった。さも同情しているかのように見せかけて、実際は姉を貶め周囲を煽るような態度を取ったマリナ。国王の面前で、麻耶を『偽物』扱いした上に『臆病者』呼ばわりした彼女に対する印象は、最悪である。
――なんでこっちにわざわざ来たんだろう。
今までの様子から考えると、彼女がこちらに良い感情を抱いているとは思えない。というより明らかに「聖女イーシャ」を敵視しているようなのに、友好的な態度で近づいてくる彼女の目的が分からなかった。
「イーシャ様の、そのドレス、とても素敵ですね」
――褒められた、んだよな?
「ありがとう、ございます。……えと、マリナ様もとても綺麗ですね」
こういった場では、何を言ったら正解なのか分からず当たり障りのない言葉を返す。
「イーシャ様は……いつもと違って、随分大人っぽく見えますわ。それにダイアモンドがとても素晴らしいですわね。ちょっと下ひ、いえ大げさなほど大きくて」
つん、と豊満な胸を張りだすようにして言われれば、さすがに鈍い武志にも、その意図は伝わってきた。
ようするに、己の華奢な身体を指して、幼児体型だと嘲ったのだ。そもそも彼女が褒めたのは武志ではなくドレスだけ。おまけにヘイズ侯爵家からのダイアモンドはこき下ろされた。
――相変わらず、嫌なヤツ!!これが言いたかったわけか。
なるほど、彼女は嫌味を言いに来たのだと武志は合点する。
「マリナ様も、今日は真っ赤なドレスがお似合いです。まるで棘がいーっぱいついた薔薇みたいで!」
武志なりに精いっぱいの嫌味を言ったつもりだが、自分でもどうかと思うほど子供っぽくなってしまった。
「あら美しい薔薇に喩えられるなんて、光栄だわ」
――っくそぅ。なんだよ、鼻で笑っちゃって!
せめて何か追撃を、と言葉を探して必死で頭を働かせてみるも、思い浮かばない。
うんうん唸っていると、側にいたアレックスがさりげなく前に出てくれた。おかげで少し、対峙していたマリナから身体が隠れる。
「アレックス……」
それが、まるで彼女の悪意から庇ってくれているようで、武志は少し感動してしまった。
だが頼もしい彼の顔を斜め後ろから仰ぎ見て、ふ、とまた違和感に襲われる。
とってつけたような、アレックスの笑顔。
社交辞令を浮かべたそれは、そんなに珍しいものではない。だが彼の目が表情を裏切っていた。それはとても真剣で、いっそ燃えるように激しかった。
――マリナに釘付けになっている……?
武志が戸惑っていると、彼の口から思いがけない言葉が出てくる。
「麗しいマリナ様。……今宵は、よりいっそう魅力的に見えますね」
――え?
「まあ、アレックス様、ありがとうございます」
「とくに……そのネックレスが、とても良くお似合いで。まさに聖女様にふさわしいものかと」
武志は耳を疑った。
一体、アレックスは何を言っているのだろう。
今までの彼なら、先ほど「聖女イーシャ」に言われた嫌味に激昂していてもおかしくない。代わりに、マリナに対して強い抗議をしそうなものなのに。
――っていうか、アレックス、この嫌味女を褒めちぎっていない?オレの気のせいじゃないよな?
「なあ、アレック」
王子の上衣の裾を掴み、呼びかけたときだった。
信じられないセリフが彼からまた飛び出た。
「マリナ様と少しお話したいことが……二人だけで」
「奇遇ですわ。私もお話したいと思っていましたの」
――はあ!?
「なっ!!」
驚く武志を尻目に、アレックスが一歩前に出た。二人の距離が更に縮まる。武志が掴んだ布は、いとも簡単に、するりと手から抜け出てしまった。
――アレックス、どうしちゃったんだ?
マリナに向かって、二人きりになりたいだなんて言い出したアレックスに、心臓がばくばくと嫌な鼓動を立てた。
なんだか裏切られたような気分にもなる。
こんな場所で、武志を一人きりにするような提案をアレックスがするなんて、考えられない。少なくとも今までだったらありえなかった。主役のエスコートは、基本、最後まで付き従う。宴の最中に離れることがあるにしても、主役を一人放り出すことはないのだ。
武志のそばには今、守護騎士がいない。
――オレ、一人っきりにされちゃうの?
アレックスの妙に引っかかる言動に、どうして、なんで、と疑問符が沢山頭に浮かぶが、それよりも一人にされる心細さが先立った。
「アレックス、私、これじゃあ一人に……」
「イーシャ様、ご心配なく。私の騎士、ライル卿を置いて行きますわ。私にはアレックス様がいますので。――ねえ、ライル様、イーシャ様をしばらくお願い」
「御意」
マリナから促されたライルが、背後から進み出て来る。
ほぼ面識のない騎士に近寄られそうになって、武志は咄嗟にアレックスの背を掴んだ。今度は、ぎゅっと強めに力を入れる。
これにはさすがにアレックスも振り向いた。
「イーシャ様、手を……」
やんわりと嗜められて、武志はしぶしぶと手を離す。
「でも……」
「少し、待ってていただけませんか」
言うや、アレックスは会場内に目を向けた。そして、合図のように片手を上げる。ホールを見ると、見慣れた人影がこちらに向かって来ていた。
グラハムだ。
彼は足早に歩いて、すぐに武志とアレックス、マリナ、ライルのところまで来た。皆から数歩の距離で立ち止まる。
アレックスは早速、言葉を二、三交わした。
頷くグラハムの肩をポン、と叩くと、よろしくとばかりに武志の側を彼に譲った。
「イーシャ様」
「グラハム……」
「どうぞ、こちらへ」
ここまでお膳立てされると、武志もどうしようもなかった。グラハムの勧めに従って、会場の隅、少し離れた場所に置かれていたソファーへ向かう。
諦め悪くアレックスを見たが、彼はもう武志をちらりとも振り向かない。全く関心を失ったように背を向けていた。
彼が改めて、マリナに声を掛けるのが聞こえてくる。
「では、あちらへ行きませんか、マリナ様」
「ええ、喜んで」
すい、と差し出されたアレックスの手に、当然のようにマリナが腕を絡めた。
赤と青。
相容れぬはずの二人の装い。
だが武志の瞳に、それは鮮やかな対比となり、一幅の絵画のようにピタリと様になって映っていた。
忠犬グラハムくん登場!会場でご主人様のそばで番犬します。
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