聖女と聖女~王宮編5~
ランパはあまりにも順調に進み過ぎた台本に笑いが止まらなかった。
「あの聖女は本当に素晴らしい」
王都神殿に用意された客室に戻り、ランパは今日の成果に祝杯をあげる。
真っ赤な葡萄酒を口に含めば、豊潤な香りが鼻に抜けた。
「……美味いものだ」
ランパは平民の商家で産まれた。
長男ではなかったため、家を継ぐことができなかったが、幸いランパにはセクリスがあった。人のオーラのようなものを見る強いセクリスだ。そのため幼いころから神殿に出されることになり、見習いを経た後、神官となった。
神殿では喰うに困ることはなかったが、それだけだった。こうして高位神官になるまでは。
――金と力がなければ、美酒すら味わえん。金は十分貯まった。次は力だ。
ぐい、と酒を煽り、目を細める。
視線の先には、厳重に保管されたケースがあった。ケースの中身は2本の『聖水』。旅に出る前に、聖力を高められるようにと聖女に1本ずつ渡すべきものだ。
しかしこのケースには、もともと4本収められていた。
彼女は初め疑っていたようだが、聖女マリナに渡した『聖水』は、本物の『聖水』だったのである。
――毒薬どころか、特別性の『聖水』だ。なにしろ、当代きっての聖女が全身全霊で毎日祈りを込めて下さった『聖水』なのだから。
ランパは何も嘘は吐いていない。これらは、泉から汲み上げた清らかな水に、大神殿で祈りをささげ、聖力を込めて作った聖水だ。ただそれを作ったのは大神殿にいる神官たちではなく、強い光の力を持った『聖女』であった。
「イーシャ様か……」
ランパは眼を閉じ、あの日のことを思い出す。
聖女イーシャが大神殿の礼拝で祈祷していると聞いて、己は好奇心から足を運んだ。そして彼女を覗き見たとき、ランパは心底驚愕したのだった。
見たこともないほど強い光の性質を帯びたオーラが彼女を包んでいたからだ。
驚きはそれにとどまらない。聖女イーシャの祈りは、そのまま銀の光の帯となって女神像へと吸い込まれていったのだ。
――なんだ、これは。これが『聖女』の力というものか。
先に聖女マリナを見たときには少ししか感じ取れなかった銀色のオーラが、彼女の周りには溢れんばかりにある。
ためしに水の位置を替え、奥の女神像の元へ置いておけば、神官たちが数年がかりで作り上げる『聖水』が、僅か数日もかからず出来上がった。しかもそこに込められた力は通常のものよりも、ずっと強い。
こうしてできたのが、売れば軽く家一つの値がつくであろう、正真正銘の『聖水』。もう一人の聖女様にさしあげた2本の瓶という訳だ。
――聖女イーシャは、とうてい私の手には負えんからな。マリナ様くらいがちょうど良い。
適度に野心的で、保身第一。好むものを差し出せば、懐柔することが十分できる。己と同じ匂いを感じ取ったランパは、妃の位を聖女マリナのエサにした。
今代の大神官長が聖女召喚したならば、次代での聖女召喚はない。つまり次期大神官長に求められるのは、もっとも強いセクラでなくとも良いのである。
政治力に長けた者、そう、例えばランパのような者が、大神官長となって、何のさしつかえがあろうか。
――喰えぬアレックス殿下が、己の息の掛かった聖女に骨抜きになるというのも、また一興であるしな。失敗しても良し、成功すれば、私は神職にいながらも、栄華が味わえるのだ。悪くはなかろう。
それには、やはり。
「施政者に――権力者に愛されなければ、な」
ランパはグラスに残っていた赤い液体を、それは美味そうに飲み干した。
勝利の美酒を味わうまで、あともう少し。
◇◇◇◇◇◇◇
その日、武志はものすごく早起きをさせられた。
「うー……眠いよー。クリスー」
「しゃんとして下さいませ、イーシャ様。もう少ししたら殿下や『守護騎士』様たちがいらっしゃいますよ」
「……はぁいい」
答える武志は、朝だと言うのに、すでにお疲れ気味である。
今日は朝も早くからエミリに起こされ、身支度を整えられた。
朝ごはんは、果実水のみ。メイドがしっかりした朝食を持って来たとき、まだ胃が起きていないから、何も食べたくないと言ったら、せめてそれを飲むように、と促されたのだ。
今日ばかりは、祈祷もなしになった。
そのかわり、普段はしない朝の湯あみをさせられた。
それから怒涛のように、次から次へとすべきことが押し寄せてきたので、武志は女官たちに、なされるがまま身を任せることにした。
そして今に至る。
本日、これから待ち受けるのは、聖女二人が揃った形でなされる国王陛下への公式謁見だ。これは守護騎士をそれぞれが伴って、神聖王国『大玉座の間』での謁見となる。
ここでの式次第と式作法はクリスティーナに叩きこまれた。といっても、異世界からの大事な貴賓という立場なので、だいぶん簡略化されているそうだ。それでも覚えるのに武志は四苦八苦した。これが貴族社会での完璧な作法で、と言われたら、どんな手段を取っても武志は欠席の一択だっただろう。
その後は、王宮の式用正面バルコニーで、一部の民へお披露目がある。
それが終われば、いったん昼休憩――という名の、夜の宴に向けての準備が始まる。
――なんか、たくさんあり過ぎて、考えただけで頭痛が……。オレにこなせるかなあ。なんで一日でこんなにするんだよー。
「あのー……、なんかお腹すいた気が」
「ですから朝、聖女様にあれほど食べた方が良いと……はぁ、わかりました。果実水ならご用意させますわ」
「スミマセン……」
溜息まじりに了承されて、武志はすぐに謝る。今でも一杯一杯なところなのに、余分な手を掛けさせてしまった。こういうとき、人を使い慣れていない武志は、申し訳なさが先に立つのだ。貧乏性ともいうが。
しかし、実は武志のこういう態度は、この王宮でとても好意的に受け止められていた。さすが聖女様は高潔であるのに全く奢らず謙虚であると、かなり評判が良い。残念なことに本人だけがそれに気づいていない。
「どうぞ、イーシャ様」
「ありがとう」
すぐに持って来られたジュースを、武志はごくごくと飲んだ。すきっ腹に、染み渡る美味さだった。
「まあ、良いでしょう」
クリスティーナが腕を組んで、大きく頷いた。
今は彼女による、最終チェック中だったのだ。
やっとOKが出たので、武志はメイドが持ってきた姿見の前に立った。
「わあ~」
――なんぞこれ!オレが漫画の聖女みたいになってるー!!あ、聖女だった!
思わず、聖女みたいー、と口走りそうになったが、さすがにそんなアホなことを言う前に気付いた。良かったセーフだ。
「まあ、イーシャ様!!まるで女神さまのよう……」
「ええ、本当に」
純白のロングドレスに、純白のローブ。全てに銀糸で縁取りがあり、刺繍を施されている。
ドレスはドレープの数が決められているそうで、それを一つ一つ、武志の腰に合わせてタックをとって、この場で作り上げていった。
頭から被るレースはローブの長さに合わせられ、長く裾を引いている。もちろん、このレースにも聖の象徴である銀糸が使われていた。
厳かで装飾品は一切ないというのに、とても煌びやかだ。
女官たちは、武志の金髪を最大限、活かそうと、工夫を凝らしてくれた。おかげで、武志は金と銀と純白で彩られて、神々しい。
「まさに神ってるってやつ……」
つい出た言葉に、クリスティーナが「なにか?」と怪訝そうにしたので、慌てて首を振って誤魔化した。
今日一日は、『武志』は封印、自分は『聖女イーシャ』なのである。
「イーシャ様。アレックス殿下、並びに両守護騎士マイヤー様、グラハム様が迎えにいらっしゃいました」
「分かりました」
――さあ、いざ出陣だ!
無事に幾つかの伏線回収。分かった人はいるかなー。
次回イーシャとアレックスのお話。次こそ宴の話にする予定です。
今回、長くなったので一旦切ったら、宴に行きつかなかったのです。
ランパのおっさんのせいだ!!(ひどい)




