聖女と聖女~王宮編4~
「さて……マリナ様は考えたことがおありですかな」
徐に、切り出されて、むろん、真里菜は何のことかと尋ねた。
「『真の聖女』に選ばれなかった聖女は、どうなるのか。今まで、どうなったのか、です」
「あ、」
真里菜は、はっとした。
今までに、そのことを考えたことが無かったわけではない。
しかし、選ばれなかった先など、考えれば不安ばかりが募るため、なるべく考えないようにしていたのだ。
――それにあたしには、強い力があるんだし。あんなにマティウス王子に大切にされているんだもん。
真里菜は自分が真の聖女に選ばれる自信があった。また選ばれなくとも、王子であるマティウスがなんとかしてくれると思って、未来の懸念は無視していたのである。
だが改めてランパに突き付けられると、動揺を隠しきれなかった。
「どうなるって……いうの?」
「そうですね。マリナ様が今、考えているような、ひどいことになったりはしませんよ」
「えっ?」
不安を指摘されて、真里菜はランパの顔色をうかがう。彼は場を和らげるためか、笑顔を浮かべていた。
ぎし、とソファーが音をたてる。
ランパはゆったりと構えて話しはじめた。
「異世界から来た聖女様は、ほぼ全員王族と結婚されておりますのでな」
「それは……真の聖女に選ばれなかった人も、ですか」
「ええ、もちろん。彼女たちも、王族……いいえ、時の国王と婚姻しました。側妃となって、あるいは正妃となって」
「側妃、……正妃?正妃って、え、なんで!?」
真里菜は驚いて声を上げた。
選ばれた聖女を呼び込んだ者が王になるのではなかったのか。それなら当然、結ばれるのは真の聖女となった者と王となった者だろう。
「選ばれなかった聖女は、王に召されることがあっても、せいぜいが側妃どまり。正妃になることはないはず、そうお思いでしたか」
「ええ。……違うの?」
「まあ、多くはそうです。しかし全員ではない。中にはただ一人の正妃として愛されたお方もいる」
「そんな……」
絶句する真里菜に、またランパがテーブルに身を寄せてきた。
再びソファーがギシリと鳴る。
「これを……」
ことり。
テーブルの上に小瓶が載った。
硝子細工の瓶の中には無色透明の液体が入っている。
ごくり、と真里菜の喉がなった。
「なに、これ……」
ふふ、と笑ってランパは座り直す。
「なあに、心配いりません。『聖水』ですよ」
「『聖水』……?」
「ええ。怪しいものではありません。まして毒などでは決してない。いやしくも私は神官ですからな」
「……これを、どうしろと」
「お飲みなさい」
「えっ!?」
思いもかけないことばかり言われて、真里菜は先ほどから驚きっぱなしだ。
「これは聖女の光りの力を増す神聖な水です。清らかな水を神殿の泉から汲み、大神殿にて祈りをささげ、聖力を込めて作られた立派な『聖水』です。旅の前には、どの聖女様にもお渡しする物ですよ。それを前もってマリナ様にお渡ししているだけです。余分にね」
何のためにそんなことをするのか。
――見た感じ、何の色も付いていないし、水っぽい感じだけど……。
テーブルの上に置かれた小瓶をしげしげと見ていると、手に取ってみるようランパに促される。それでも気味の悪さが先だって、真里菜は手を伸ばさなかった。
「ははは、本当に『聖水』です。あなた様を害するようなものを、わざわざこの場で渡す必要がありましょうか」
それもそうか、と納得して真里菜はやっと『聖水』を取り上げた。
だがじっくりみても、これが何なのか、分からない。
何のためにこれを渡されているのかも、当たり前だが、分からなかった。
「じゃあ、どうして今、渡すのですか」
――さっきから聞いてたら、選ばれなかった聖女の話だの、王サマとの結婚だの。あげくには、こんな変な『聖水』とか渡してくるし。いったい、何がしたいの。あたしをバカにしてる?
面倒な駆け引きや含まれた意図を読むなど、真里菜はあまり得意ではない。元々、単なる女子高校生だったのだ。深く考えることも嫌いだった真里菜に、腹芸なんて、出来るはずがない。
じらされているようで、イライラしてきた。
「マリナ様。ウェイス王族が特殊な一族であるということは、聞いたことがおありですか」
「え、ええ。神殿にいたとき、マティウス様からちょっとだけ……」
「神降ろしの力。それをもつ稀有な一族がここの王族です。そしてこの力を持つ者は聖女にどうしようもなく惹かれる。それこそ、盲目的と言って良いほどに。自分の『降ろした』聖女ともなれば、特別に崇め敬い、愛してしまう。マリナ様もご経験されているでしょう?あれほどマティウス殿下がお慕いなさっているのですから」
「それは……、ええ」
「アレックス殿下もです。特に彼はその傾向が強い。彼は幼いころから聖女を特別視していました。今ではご自分が力を使って呼び寄せた聖女を、とても大切になさっている。つまり現在、両殿下とも、それぞれの聖女を溺愛なさっている状態です。互いの聖女の力が拮抗しているなら、当然そうなります。そう、拮抗しているならば、です」
「……じゃあ、拮抗していなければ、」
ここまで言われれば、真里菜もだんだんと話の意図が見え始めた。
「どちらか一方の聖女の力が強ければ、関係はくずれましょうな。つまり……より力の強い聖女に王族は惹かれることになる。王族にとって聖女は、もともと嫌うことなどできない存在です。たとえ自分が呼んだ聖女でなくとも、慕わしい存在に違いない。であるのに、その聖女が充分な力を持ち、自分を憎からず思ってくれているとなると……」
「なるほど」
やっとつながった。
――それって、つまり。力の強いあたしが、もう一人の王子様を……ってことよね?
「マリナ様。この『聖水』はあなた様の力をわずかに強めてくれる、良き水なのです」
「これを使えば……アレックス様にも、その、」
愛されるのか、と、さすがにはっきりとは言葉に出せず口ごもると、ランパはしたり顔で頷いた。
その上で、蜜のように甘い言葉を真里菜にくれる。
「どちらの聖女が真の聖女に選ばれるのか。そして誰が王になられるのか。そんなことを、もう憂う必要はなくなるのです――マリナ様の覚悟次第で」
「あたしの、覚悟次第……」
真里菜は手の中の瓶をぎゅっと握りしめた。
「なあに。この『聖水』を先に飲んで、魔物を祓うといわれる光の力を、少し嵩増しするだけですよ。どうせ旅の前にお渡しするものです。マリナ様にはそのときにもお渡しするので、余分に多く飲むことにはなりますが」
「あっ!じゃあ、もしかして、今まで選ばれなくっても正妃になった人って、」
最後まで真里菜に言わせず、ランパは言う。
「ほほ、嫌な気にはなりますまい。マティウス殿下もアレックス殿下もあなたに夢中となれば」
「そりゃあ、もちろん。でも、そんなこと……あたしに、できるかな」
彼の言葉を聞いていると、不思議なことに真里菜は、ぼうっとしてくる。
「できますとも」
力強く言い切られて、真里菜はがぜん、やる気になった。
――良いじゃない。何も相手に毒を飲ますわけじゃなし。あたしが魅力的になるってだけの話だもん。飲むだけで王子二人があたしに夢中になるんだよ!?今のままより、絶対そっちが良いに決まってる。
「やるわ。私、やります」
「マリナ様なら、そうおっしゃると信じていましたよ」
ランパはテーブルに、もう一本の瓶を置いて立ち上がった。
「あ、『聖水』……」
「ええ、次期大神官長からの心づけと思って下されば」
「ああ!そういうことね!!もちろん、ありがたく頂くわ!ランパ大神官長様」
お互いこれで通じ合ったのだと真里菜は理解して、にっこりほほ笑んだ。
去り際に、扉の前でランパは振り返る。
「マリナ様。愛されなさい、『施政者』に」
「そうね……分かったわ」
真里菜は愛されなくてはならない。
マティウス殿下に、でもなく。アレックス殿下に、でもなく。
「愛されるわ、私――施政者に」
手の中の『聖水』は。
真里菜にとって、もう怖いものではなくなっていた。
盛り上がってまいりました!(私の中で)
果たしてアレックスはチョロプリなのか!?(言い方)
次回、披露の宴にて!(多分)




