聖女と聖女~王宮編3~
その日も真里菜は朝から入念に身体の手入れをさせていた。
披露宴が4日後に迫ったとあって、真里菜付きの女官たちは毎日毎日、せっせと聖女様の美貌を磨いているのだ。
もともと手入れの必要がないくらい、真里菜の肌は整っている。
体型だって申し分ない。長い手足、華奢ながらも女性らしいメリハリの効いた身体、しっとりと艶めいた銀の髪と聖女の象徴の紫の瞳。
愛らしい顔立ちもあって、真里菜の美しさは絶世といっても差し支えないほどだ。
それなのに念には念を入れよとばかりに、手間暇をかけて磨き上げるのだから、今の真里菜は自分が見ても現実離れした美少女のように見える。
「できましたわ、マリナ様」
癖のない銀の髪を丁寧に結い上げ終わって、メイドが声を掛けた。
鏡の中の仕上がりに真里菜は満足してうなずく。
「ありがとう」
すかさず侍女の一人がドレスと髪型に合う装飾品を持って現れた。
「……いかがでしょうか」
「いいわ」
ここで真里菜が気に入らない、と一言言えば、また違う宝石を違う侍女が持ってくるだろう。だが差し出された金とサファイアの宝石は、今日の真里菜の気分にぴったりだったので、それで良いと返事した。
真里菜の了承を経て、侍女が高価な装飾品を嬉しそうに一つ一つ飾り立ててくれる。「お似合いです」としきりに言いながら。
ネックレス、イヤリング、額飾り、髪飾り。
額にすれば、いったいいくらになるのか。
平民では到底手の出ないような、高い宝石たち。真里菜だって、あのまま「あっちの現実」にいたんだったら、きっと縁のない物で終わっていた。
あの冴えない葛城真里菜のままだったら。
「ああ、本当にお美しいですわ」
「ええ、まるで最初からマリナ様のために作られたかのよう」
うっとりと褒めそやす付き人たちに、にっこり笑って「ありがとう」と告げた。
身支度が整い、真里菜が一息入れようとしたところで、丁度来客が告げられた。
みれば、時間丁度である。
真里菜は侍女に合図して、応接室へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
「お久しぶりですな、聖女マリナ様」
「ランパ様。お久しぶりですね。……上々に」
控室で待っていたランパ神官が、にこやかに真里菜を迎えた。相変わらず、その顔からは真意が読めない。
「ゼイル大神官長は、お元気かしら。まだお会いしていないのだけど」
今回、彼らを含め神官の何人かが、公に姿を見せる聖女二人のために神殿から赴いてくれている。ゼイル大神官長ら一行は、一昨日着いたばかりだ。今は王都の神殿に滞在しているはずだ。
王都に着いて早々の神殿側から面会申請があると聞いたときは、特に不審には思わなかったのだが、こうして会ってみればランパ1人で、真里菜はかなり意外に思った。
「大神官長ですか。彼なら王都の神殿で、早速仕事をしておりますよ。なにしろ勤勉なお方ですからな。帰ったら聖女様からお気遣いいただいたと、私からお伝えしておきましょう」
「ええ、お願いね」
社交辞令を交わしても、相手の真意が分からず、真里菜は困惑するばかりだ。
――あたしに何の用かしら。一人で会いに来るなんて。王子様もそばにいないし。前に会ったときは、あたしを励ましてくれたから悪い人じゃないと思うけど。
以前『聖女の試練』のことで真里菜が不安に陥っていたとき、マティウスが彼を紹介してくれて、魔物討伐の旅は単なるパフォーマンスみたいなものだと教えてくれた。闘うのは周りの者だけで、聖女にとって危険はないのだ、とも言っていた。
それ以来、彼のことはマティウス王子側、つまり自分の味方なのだと真里菜は思っている。
「それにしても、昨日のことは、残念にございましたな」
「……なんのこと?」
「昨日の陛下の勅令ですよ。あちらの聖女様に守護騎士が二人も付けられたとか」
「ああ、あれ、」
真里菜は思わず顔をしかめた。
御前試合の中止を思い出したのだ。
相手の聖女より優位に立てる折角の機会だったのに、結果は芳しいものにならなかった。
――思い出すだけで腹が立つ!
不戦敗になって、これで目障りな平民出の騎士がいなくなると思いきや、横槍が入った。試合は宙ぶらりんになって、挙句、相手は実質『守護騎士』のままだ。おまけに言いがかりをつけて『守護騎士』になろうとした加護なしの男は、侯爵家の血を引く騎士だった。
――侯爵だったら、あたしの騎士のライルより上じゃん!むかつく!
聖女マリナの守護騎士として『覚醒』したのはバーナード子爵の次男ライル・バーナード。あの騎士よりは断然身分が高いが、侯爵には劣る。
それだけではない。息子がイーシャの守護騎士になったということで、有力貴族であるヘイズ侯爵があっち側へとついてしまった。
「ヘイズ侯爵も御子息が『守護騎士』に選ばれて、さぞや鼻が高いことでしょうな。大層お喜びになっていると、聞いておりますよ。なんでも、あちらの聖女様に贈り物もなさっているとか」
「……そうみたいね」
気のなさそうに返事をする。だが不機嫌になった真里菜に気付かないはずがないのに、ランパはなおも言葉を継いだ。
「実は、神殿としても守護騎士が三人というのは想定外の事態でして。いやはや、正直に申せば戸惑っている所ではあるのですが」
「『守護騎士』が三人だなんて、許されるの?」
「まあなにせ、勅命なれば。それに暫定の守護騎士、というのは先例がないこともないですからな。歴史を紐解けば、なかなか『覚醒者』が見つからぬ聖女もいたようですし」
「ふーん」
「しかし……です。王が一方的に肩入れし、片方の聖女が有利になる判断をすると言うのは、いかにもまずい。そうは思いませぬか、マリナ様」
「……え?」
思わぬ言葉をランパから聞いて、真里菜は聞き返した。
神官は、我が意を得たり、とばかりに芝居がかった仕種で、首を横に振る。
「陛下にも困ったものです。これでは、聖女マリナ様も安心して試練の旅に望めますまい」
「それは、どういう、」
「分かりますぞ、マリナ様。いかな聖女と言えど、御身はまだ少女。特にマリナ様は異世界から来たばかりで、マティウス殿下より頼る他ない身。それなのに、半身とも言える守護騎士に不公平が生じてしまった。相手は二人もいるのに、マリナ様はたったの一人だ。不安でたまらないことでしょう」
畳み掛けるように言われる同情的なランパの言葉に、真里菜は気を良くして相槌をうった。
「ええ。そうよ、そうなの。私、とても不安で……」
「殿下もそのことを心配しておりました」
「え?マティウス様も?」
「はい、当然です。今回の宴にしても、侯爵などの有力貴族の後ろ盾が未だないマリナ様は、いかばかりお心を痛めていらっしゃるかと、お思いになったようですよ」
「まあ、なんて優しいのかしら。マティウス様……」
王子の気遣いに感激するように真里菜が言えば、心得たようにランパが身を乗り出してきた。
「そこで、王子は私に特別に頼みごとをなさって……」
含みのあるランパの態度で、真里菜はうっすらと察した。
その頼みごと、とやらをするのに、きっとかなりのお金が絡んだのだろう。その上でここにいると言うことは、ランパはそれを受けた、ということだ。
「まあ、どんな?」
そ知らぬ無邪気な振りをして真里菜が尋ねれば、ランパは持参してきていた鞄を開けた。中から恭しく紫色の布に包まれた何かを取り出す。
「こちらをご覧になって下さい。殿下からのお心遣いですよ」
「……わあ!!」
ケースに鎮座したそれは、ダイアモンドが何連も連なったネックレスだった。中央にある一番大きなダイアモンドは親指ほどもあるだろうか。
――へえ、やるじゃん、マティウス王子!さすが私の王子様だわ。
「これは先代の真の聖女様……王妃様となったお方が身につけていらっしゃったものです。御崩御された後は、大神殿に奉納され保管しておりました」
「そ、そんな貴重なものを……良いのですか?」
「ええ。今は使う者もない代物ですから。マリナ様がご不要になれば、もちろん神殿に返して頂きたくはありますが。その時までは、ご随意にお使い下さればと」
「でも、なぜ、私に」
「これは、いわば……そうですな、殿下と私、いえ神殿からマリナ様への応援です。これを宴で身に付ければ、大多数の貴族はマリナ様に一目置くでしょう。先代様は王妃様でしたゆえ、そのお姿を描いた絵は王宮に多く飾られておるのです。王族は勿論、王宮に出入りする者で知らぬ貴族はいないのですよ」
さあ、とばかりに差し出されたネックレスを、真里菜はおそるおそる手にする。
「すごいわ……。とても素敵」
持つとずしりと重さが伝わった。
繊細なデザインの台座に、まばゆいばかりのダイアモンド。
七色に光りをはじく神々しい輝きに、真里菜はうっとりと酔いしれた。
「いかがですかな」
「ありがとうございます、ランパ様!!」
「はっはっは。後でマティウス殿下にも、お伝えなさい。きっとお喜びになるでしょう。……ときに、マリナ様、」
にこやかに告げるランパだったが、途中でふいに声を低めた。
「是非、お耳に入れておきたい大切なことが。……お人払いができますか」
「え……、あ、ああ、はい。ええ」
真里菜は手にしたネックレスに見惚れていたが、相手の様子に我に返る。
「あなたたち、ちょっと出ててちょうだい。神官のランパ様と、これからのことで打ち合わせがあるから」
もうランパに対する警戒心もなく、部屋に留まっていた侍女に告げて、言われるまま人払いをする。
ネックレスは丁寧に包みに入れ直して、テーブルに置いた。
部屋に誰も居なくなったのを確認すると、ランパは静かに語り始めた。
「ここから先の話は、私と聖女様だけの間のことです。誰にも知られぬ方が良いでしょう」
「誰にも……マティウス様にも?」
「ええ。殿下にも」
一体何を告げられるのか。
ランパの様子から、きっと真里菜にとって大切なことなのだろうと推測できた。
「わかったわ」
重大なことが始まる予感がした。
密談がつづきます。しばしお付き合いを。




