聖女と聖女~王宮編2~
長くなったため、一度ここで切ります。
一通りの挨拶が終わり、メイドがお茶の準備を終えても沈黙のまま。グラハムはなかなか用件を切り出そうとしなかった。
――一体、なんの用だろ?
武志はティーカップを持ち上げるふりをして、失礼にならない程度に男を見た。
テーブルに着いた彼の服装は以前と変わっている。
騎士を表す黒の軍服に銀の縁取りはそのままだが、肩章は金と臙脂に、上衣とマントすべての刺繍が左軍から守護騎士のそれへと変わっていた。すなわち左軍の象徴「金色の目をした黒の鷲」から守護騎士の「赤の竜と銀の一剣」になっている。
それに目を留めた武志は、カップを置いてグラハムに言葉を掛けた。
「まずは、『正守護騎士』への就任、おめでとうございます、グラハム」
「あっ、いえそれは……。はい、ありがとうございます」
明らかに動揺した様子で、グラハムはかろうじて頭を下げて言った。
嬉しくなさそうなその表情に、武志はビンゴか、と得心する。入って来たときから彼の浮かない表情の理由は、きっとそれだ。
「あまり、嬉しくなさそうですね」
直球の言葉に、びくっと大げさなほどグラハムの身体が揺れた。
「イーシャ様……」
しばらく見つめあった後、観念したように彼が大きく息を吐く。それからグラハムは視線を下げて、語り始めた。
「今回のこと……イーシャ様の意にそぐわないものであったと承知しています。そもそも、あなたは初めから試合そのものに賛同なさってはいなかった。なのに私はこうして『守護騎士』に任命されてしまいました。正当な試合結果によるものではないのに、です。……『守護騎士』は、『覚醒』していない私が戦いもしないで手にするには過ぎた称号です」
「……重荷に感じているのですか」
「いえ、」
グラハムは首を横に振ると、紅茶に手を伸ばして一口飲んだ。
「重荷ではないのです。そうではなく……、私は自分の卑怯さ加減に呆れているのです」
「え?」
「私はね、聖女様。こうなってでも手に入った守護騎士の座が、あなたの側にいられる権利を得たことが、嬉しいのですよ」
自嘲するように言って、グラハムは武志を見つめた。
「聞けばマイヤー卿は真に強いお方であったとか。猩猩の化け物である魔物の大群を一人で屠り、子供を守り抜いた。彼こそが女神の加護を得たまごうかたなき『守護騎士』だ。きっと御前試合に出られたならば、私に勝ち目はなかった」
榛色の瞳が一瞬、揺れる。
そっと武志から顔をそらすと、グラハムは続けた。
「……本当ならば、私は自ら辞すべきなのでしょう。あの後、彼にすぐにでも『守護騎士』を明け渡すべきだった。しかし私はそうしなかった。狡い私はあなたの側にいられるようになった、この僥倖を喜んだのです。そればかりではない……イーシャ様、あなたは私の父について何かご存知ですか」
「ええ。ヘイズ侯爵であるとお聞きしていますが」
突然、彼の父親の話になって、武志は少し面食らう。
先ほどのドレス選びでも出てきた名前だ。最近、やたらと彼の名に縁があるなと思った。
「私はヘイズ家といっても妾腹の出です。母がそこのメイドでした。本家正妻に嫡男がいないならまだしも、次男もいるし、私より下の弟だっている。他者よりよほど秀でるものがない限り、私のような、平民の母を持つ三男坊など、潰しの効かないお荷物です。だからこそ死に物狂いで剣術を磨いた。幸い性に合ったのか、騎士として叙任を受けることができ、軍部でも、ある程度まで出世できました。ですが所詮しがない騎士です。私はそこで終わる筈だった。イーシャ様、あなたが聖女としてこちらの世界に召喚されなければ」
「わたし、ですか?」
「はい。私はイーシャ様、あなたを一目見たとき、魂が震えるのを感じました。もう、あなたしかいないと思った。私が仕えるのはあなたしかいないと。心底、あなたの騎士になることを願ったのです。だから無理を承知で、試合を組むよう画策しました。侯爵家の血をこのときばかりは幸いと利用したのです。それでも、夢はそれで潰える筈だった。私の愚かな願いはそこで消える筈だったのです」
グラハムが、一旦言葉を切る。
彼の両手は膝の上で固く握りしめられた。
それから「――しかし、夢は潰えなかった」とぽつりと言った。
「そうすると父もヘイズ侯爵家も、ついに私を認めてくれました。良くやったと。捨てる筈の三男坊が、ついにお家の役に立ったと。信じられますか。妾腹の出だとさんざん蔑んできた長男でさえ、今や私に敬語を使うのですよ。そうです、私は卑怯者になることで、あなたの側で仕える権利と、侯爵家での立場を手に入れることができたのです。なのに私はそれを嬉しいと思ってしまいました。そんな自分の心根が……ああ、なんと醜いことか!騎士にあるまじき卑劣さだ。我ながら、さもしくてたまらない!!」
ついにグラハムは顔を覆ってしまった。
――あちゃー……。この人、本当に、まじめな人なんだなあ。
目の前で、苦悩する男を見ていると、武志は慰めてやりたくなってしまった。
現状、姉の麻耶は「従」が付くとは言え『守護騎士』となれている。ならば、グラハムが『正守護騎士』となったからといって、武志に不利なことは何もないのだ。
むしろ自分に、こんなにまでして仕えたいと思ってくれているなんて、感謝こそすれ軽蔑などするわけがない。
彼はとても真面目な人だ。同時に、とんでもなく不器用な人だ。
そして、ほんの少しの陰りさえ許せない、と思うほど誇り高い人。
なんと矜持高き騎士だろう。
そんな人がこうまで悩み、それでも仕えたいと願ってくれているのだ、絆されないはずがなかった。
武志は顔を覆っている彼の手にそっと触れた。
ひくり、と動いて手が顔から離れる。
藤色の瞳が榛色の目をやっと捉えることができた。
「卑怯、でしょうか。私はそうは思いませんが」
「え、イーシャ様……なんと、」
「あなたは、人を貶め、傷つけるようなことをしたわけじゃない。偶然手に入れた幸運を活用しようとしただけ。それは、そんなに卑怯なことなんでしょうか」
「しかし私は、本当はそんな資格は……、それに侯爵家のこともありますし、」
「ねえ、聞いてください。自分の心の内を、しかも一番醜いと自分で思っている心の内を相手に曝け出すなんて、卑怯者にはそんなこと、出来ないんじゃないのかな。それにグラハムは一生懸命、剣を頑張ってきたんですよね。騎士になれたのも軍で出世したのも、グラハムの実力。なにも卑怯な手を使ったわけじゃないんでしょう。それとも使ったの?」
「いえ!そんなことは誓って!!」
「じゃあ、グラハムは魔物と戦ったらあっさり負けちゃうほど弱い?」
「まさか!マイヤー卿ほどではなくとも、魔物の一匹倒せぬようでは、騎士団の少将は務まりません」
「だったら良いんじゃない」
「イーシャ様?」
「私も最初は……その、思うところはあったけど。でもそこまでグラハムに思われて、嫌な気はしないよ。ううん、むしろ、とても嬉しいと思っています」
「しかし騎士たる者、それも聖女に仕える守護騎士であるのに、このような方法でその座を手に入れ、それを喜ぶ卑劣漢では」
「私が良いと言っているのです。グラハムが手に入れた幸運を使って私に仕えてくれること、私自身が良いと言っているのに、それでもだめだと言うのですか」
「イーシャ様……」
「それに、ね。守ってくれる人が多いって、心強いじゃないですか」
ね、というように美少女チックにウィンクを決める武志。
――あ、両目つぶっちゃった!笑ってごまかそう!
「え、えへへ!」
「ああ……イーシャ様!!」
榛色の目が元気を取り戻して、きらきらし始めた。
――あれ?オレもしかして、やりすぎちゃった?
「なんという!ああ、なんという、お優しさなんでしょう……っ」
テーブルの上に身を乗り出し、武志の手をぎゅうっと握りしめる。
――あ、なんか。デジャヴュ……。
「我が心の醜い有様を吐露したと言うのに!こうして受け止めて下さるなんて……あまつさえ、私が『守護騎士』たることを聖女様みずからが快くご承認下さるなどとは!」
ああ、ここへ来てよかった、と両手で武志の手をがっちりとらえたまま離そうとしなくなった。
若干、鼻息も荒い。
イケメンが、台無しである。
「あのー、そろそろ離してくれないかな~」
ウィンク失敗てへぺろ、みたいなのがこんなに通用するなんて思わなかった。恐るべし美少女パワーである。
――いやいやいや。効きすぎだよー。正気に戻ってグラハムくん!!
「ホント、そろそろ、もういいかげん限界が……」
「イーシャ様……私の聖女様」
「う、……?」
なんとなく貞操の危機的なものを感じる。
武志は相手の気迫に押されてしまい、手を握られたままだ。それでも足掻いてソファーでじりじりと下がっていると、これまたデジャヴュが起こった。
「イーシャ様」「聖女様!」
侍女とメイドが武志とグラハムに分け入って、今回も場が救われた。
「あ……はは、は」
助かった、と両手を取り戻してほっとしていると、武志の目の前に侍女が聳え立つ。
「グラハム・ヘイズ卿。良いですか、今後みだりに聖女様に触れたりなさらぬよう、くれぐれも!くれぐれも!!お気をつけくださいませ!!」
クリスティーナがきっぱりと言い切り、それにグラハムはたじろぎながらも頷いた。
「す、……すみませんでした。その、つい」
「つい、ではありません。本当によろしくお願いいたしますよ!!」
エミリにも言われ、グラハムは「はい」と大人しく返事をしてうなだれる。
「守護騎士ならば、聖女を全てからお守りなさいませ。ご自分からも含めてね!!」
「……」
年若いメイの言葉に、ついに騎士は沈黙してしまった。
短くもない会見がおわり、お茶のおかわりも済んだあと。
「イーシャ様。今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
「それでは今日はこれで」
入って来たときとは段違いの明るい表情でグラハムが席を立つ。
武志も彼の憂いを払い、その深い想いを知れて良かったと思った。
――最後はちょっと疲れちゃったけど。
聖女らしく、「ごきげんよう」と笑顔で彼を送り出す。
部屋から出る直前に、彼は振り返った。
「そうだ、イーシャ様。我がヘイズの誇る宝をあなたに捧げるよう、父に申し付けておきます。楽しみになさっていてください」
「……へ?」
「では」
夜。
「な、なんじゃこりゃあああーー!!」
武志の元に、侯爵家から贈り物が届けられた。
『宴で一番の華、聖女イーシャ様へ』
卵ほどの大きさがあるダイアモンドには、そう一言添えられている。
ヘイズ侯爵家が王国きってのダイアモンド鉱山を所有していると、武志はそのとき初めて知ったのだった。
グラハムくん、ダイアモンドを贈る。武志のゴージャス化が進みました。
さて、そのころ相手の聖女は。




