聖女と聖女~王宮編1~
『勅令により、聖女イーシャに二人の守護騎士が付いた』
この話が王宮を駆け巡ったとき、それぞれの聖女に仕える女官たちは浮足立った。
あと五日後に、盛大な宴がある。
二人の聖女の披露宴だ。
ウェイス神聖王国内の貴族は勿論のこと、王国と親交のある主な国々の重鎮が招かれている。異世界より召喚された至高の存在である聖女を拝見できるとあって、欠席する者は殆どいない。
メイドも侍女も、自分の仕える主こそが『真の聖女』に相応しいのだと知らしめる絶好の機会だった。
聖女イーシャか聖女マリナか――言い換えればアレックス第四王子か、マティウス第三王子か。ただでさえ、普段から王宮内には派閥を意識する者が多かった。王太子側につくことができれば国内での一族の影響力は増す。
今までは正妃の子であるマティウスと側妃の子であるが優秀な弟アレックスとは、拮抗しつつも若干マティウスが優勢であった。
しかし、今回の勅令が下されたことにより、『守護騎士』を実質二人得た聖女イーシャ側が有利になったのではと考える者も出てきたはずだ。
女官たちは、己が主をこの宴で一番の『華』にするべく、奔走している。
武志のいる宮でもそれは例外ではなかった。
「イーシャ様!いい加減、観念なさいませ!!」
朝の礼拝から草臥れて帰ってきた武志に、開口一番、クリスティーナからお小言が下った。
目を吊り上げて武志に小言を告げるこの美人は、聖女イーシャ付きの侍女である。神殿から世話をしてくれている専属メイドのエミリ、メイの他に、王宮では侍女が新たに付けられた。
男爵令嬢であるというクリスティーナは、無作法な武志の礼儀作法の先生にもうってつけであった。結果が、クリスティーナによる、絶え間ない弛まない淑女教育である。
「今日こそは、お召し物を決めますよ。今日こそは!!もう披露宴まで四日しかないのですよ、分かっていらっしゃいますか、イーシャ様!!」
「……はあい。分かっていますって」
ソファーに寝そべりたいところをぐっと我慢して、心なしか背筋を伸ばして座り直す。
武志だって分かっているのだ。
そろそろ着るものを一つに絞らなければならないことは。
――でも急に増えるんだもんなー。
武志は目の前に持ってこられたドレス二着をみてため息を吐く。
「あー……また、なんか変わってない?」
「はい。昨日は選びきれなかったとのことですので、お直しを致しました。こちら薄いブルーのドレスですが、新たにレース部分にもパールを散らしました。小粒ですが上質のパールです。湖のきらめきを模したとのこと。それから、この濃いブルーのドレスには全ての裾部分にメレダイヤを刺繍し直しました。こうすると、まるで群青の海に散りばめられた光が舞っているかのようですよ」
衣装担当の女性が得意げに告げる。
「素敵ですわね!!」
「本当に素晴らしいですわ」
エミリーもメイも、ドレスにほうっと見惚れている。
「さすがヘイズ侯爵閣下です。宝石もクチュリエも一流のものをご用意下さいましたわね」
クリスティーナは、感心したように言って褒めた。
ヘイズ侯爵――彼女が口にしたこの男性こそが、今の武志がドレス選びに困惑している原因である。今までどちらの王子の陣営にもつかず中立だった彼が、突如イーシャ側へとついた。妾腹とはいえ、息子のグラハム・ヘイズがイーシャの『守護騎士』となったからである。
聖女イーシャに対する貢物を惜しげもなく献上したヘイズ侯爵。
そのおかげで、もう仮縫いまで済んでいたドレスが新たに増えたのだ。
もともとアレックス王子が用意していたドレスは何着もあった。侯爵が寄越したクチュリエはそのドレスを元に更に改善を加え、まずは四着が残った。なんやかんやと手がまた掛けられ、何度も選ばされて最終的に二着になった。
それが『これ』である。
「うーん、どっちが良いかって言われてもなあ……」
「どちらをお選びになっても素敵だと思いますわ。どちらも殿下の、……ええ、象徴的な色ですので」
コホン、とエミリーがわざとらしげに咳払いをする。
――だ!か!ら!そういうの、やめてってば!!
悩んでいるのは、元男子の武志にとってドレスの良し悪しなどさっぱり分からないからだ。
アナタの色をまといます、的なことを仄めかされては、こっぱずかしくてたまらない。
かあ、となって武志が俯くと、追撃のようにクリスティーナが言った。
「そんなにお悩みにならずとも、どちらをお召しになったイーシャ様もアレックス殿下はお気に召されると思いますわ」
「わああああ!!やめてえ!」
ホント悩んでるのは、そこじゃないから!!と自分の耳を塞ぐが、侍女もメイドも容赦なく武志に迫る。
「もういい加減、お決めになって下さいませ」
「そうですよ、イーシャ様!ドレスが決まりませんと、宝石も決まらないのですよ!!」
「え、まだ決める物あるの!?」
これ以上、まだ身を飾るものを決めなくてはならないのか。
――信じられない……なんて……面倒くさいんだ……。
世の中の女性は、こんな苦労をしているのか。自分は聖女なのに、こんなにも着飾らなくてはならないなど、思わなかった。
ドレス二着を決めるのも一苦労だったのに。正直、もう自分にはキャパオーバーだと武志は思う。
なのに、当然です、とばかりに三人は口々に追い詰めてくるのだ。
「もちろん、ドレスで終わりではありませんわ」
「宝石が決まれば、髪型も決めなくてはなりません」
「髪に飾る宝石も決めて」
「化粧もそれに合わせなくては」
「さあさあ!今日こそは!お決めになって下さいませ、イーシャ様!!」
「……アレックスに選んでもらって」
なげた。
もう、丸投げだ。
「はい!!」
むっちゃ良い返事が三人から返ってきた。
「は、ははは、じゃ、よろしく」
「ええ、ええ!!では早速!殿下の所へお知らせしてきます」
衣装担当が丁寧にドレスを畳んで、数人のメイドと共に下がる。
それを尻目に三人は、殿下も絶対お喜びになりますわ、お召し物を任されてしまうなんて、あらあらまあまあ、きゃっきゃうふふふ、とはしゃいだ。
――だから違うってえぇ~。
「はあ……」
聞いているだけで魂が抜かれそうになりながら、武志は一旦終わったとソファーに身を沈めた。今度はだれも姿勢を指摘しないのを良いことに、ぐでっと横たわる。
「シリブロー」
ソファーの足元に寄ってきたシリブローを、癒しを求めて武志は撫でた。滑らかな銀の毛皮が気持ちいい。
クゥ、となつくシリブローが可愛い。デカいけど。可愛いは正義だ。動物も癒しだ。
しかし、すぐにその休息も破られることとなった。
「イーシャ様、守護騎士、あ、『正守護騎士』グラハム・ヘイズ様がいらっしゃいました」
「グラハムが?――お通しして」
彼に会うのは、試合のとき以来となる。
個人的に会話を交わすのは、初見以来二回目だ。
正式に武志の守護騎士となった彼に、どんな風に相対すればいいのか、それに彼がどんな用事で来たのか分からず、武志は少し戸惑った。
「失礼いたします」
メイドの案内で、男が一人応接室へと入ってくる。
久しぶりの対面となるグラハムの生真面目な顔は、しかし、どことなく暗かった。
イーシャを着飾らせるのはアレックスの役目です。
実はグラハムは侯爵家の三男坊でした。




