御前試合
「おねっ兄ちゃんは……、っわ、私の兄と慕うマイヤーは、そのような卑怯者ではありません!!」
武志はマリナの言葉に言い返した。
さすがに聞き逃すわけにはいかなかった。
国王陛下の前だと大人しくしていたが、これ以上、姉が冒涜されるのは許せない。麻耶はこの少女が言うような臆病者でもなければ、嘘つきでもない。
戦ったことがないからと言って、まして着いた嘘が大事になって怖くなったからと言って逃げだすはずがないのだ。
「ではどうして、試合場に姿を見せないのですか」
聖女マリナが、勝ち誇ったような顔で言う。
「そ……それは、何か理由が、」
追及され、しどろもどろになってしまった。武志こそ、なんでここに居ないんだ!と麻耶に聞きたいくらいなのだ。
「理由ってなあに?国王陛下の元での御前試合より大切な用事があるのかしら」
「うっ……」
底意地の悪い返しをされて、武志は今度こそ言葉に詰まった。
――ほんっと、見かけは可愛いのにこの女!嫌なヤツ!!
銀髪にアメジストの瞳をした可憐な顔立ち、女性らしい身体つきという、極上の容姿だが、言っていることは悪意の塊。麻耶を貶めることばかりだ。
今まで、もう一人の聖女として何かと比べられることも多かったが、特に相手に対して思うことはなかった。中身が元男の自分からしたら、相手の少女は幼く庇護対象のようにも見えた。この子は自分と同じで訳も分からないまま異世界に飛ばされて、聖女に祭り上げられた、被害者同士だと思っていたのだ。
「英雄だなんて芸人仲間から祭り上げられて、いい気になってたけど、陛下の前で化けの皮が剥がされそうになって……ってところじゃないのかしら」
だが、この瞬間から、武志はこの女が大嫌いになった。
「なっ!おま、……あなた、なんてことを!!なんにも、兄のことを知らないくせに!!」
「ああ、知らない」
少女の隣にいた男性が武志の言葉を遮った。
「マティウス殿下……」
「我々はマイヤー卿のことは何も知らない。ライル卿のように貴族であったならまだしも、突然現れた彼のことだ、知る由もない。だからこそ、今回、彼は自分が歴とした『守護騎士』であると証明することが必要だったのだ」
マリナとは異なり、整然と言われて武志は俯く。
姉が行方不明になった経緯が全く分からず、反論も出来ない。ただ、黙ったままで何もしなければまずいことになることは明白だった。
武志はすぐ側にいるアレックスを縋るように見た。この場に武志が頼れるのは、彼しかいない。先ほどシリブローは、空砲に驚いたのか、突然このボックス席を出ていってしまったのだ。
「もし、兄ちゃんが帰って来なかったらどうしよう……」
心細くてたまらなくなった武志の手を、アレックスがぎゅっと握る。
「イーシャ様……」
「だって……もしこの場に来なかったら、」
御前試合でもしかしたら負けるかもしれない、ということは考えていた。この場合は負けたとしても、麻耶は『守護騎士』になれないだけで、騎士になれない訳ではない。改めて騎士になるための試験を受けるという方法もある。よしんば騎士になれなくとも、アレックスの口利きがあれば、最低限、旅をする仲間としては認められるだろう。
しかしこの御前試合を理由なく欠場したとなれば『守護騎士』にも騎士にもなれない。国王陛下の面前で、臆病風に吹かれて不戦敗をした不名誉な者として騎士になる資格はおろか、卑怯者として聖女の側にいる権利すら得られないだろう。
――それどころか、
「神聖な御前試合をすっぽかした不敬罪を罰せられるか、最悪『守護騎士』を騙ったとして、罪に問われることもあるかもしれぬな」
「!!」
最悪の結末を言い当てられて、武志はマティウスをきつくにらんだ。
――くっそ!マジで何してんだよ、ねーちゃん!!
「言い過ぎだぞ、マティウス!!……イーシャ様、」
アレックスが庇うように前に立ち、憤ってくれたが、逆に武志は落ち着くために深呼吸した。彼の手を引いて、アレックスに席に座るよう促す。ここで激昂しても、あの少女を喜ばせるだけだ。
武志はアレックスを見上げると、ぎゅっと口を噤んで首を振った。
そのときである。
国王の側に、また従者が寄ってきて、耳打ちをした。
国王が今度は頷く。
それから重々しく告げた。
「まだ対戦相手は来ておらぬらしい。したがって、この試合は不成立であるとし、『守護騎士』を名乗り出たグラハム・ヘイズの不戦勝を」
「お待ち下さい!!」
国王の言葉を遮る声。
ざわっ。
ボックスシートがどよめいた。
ざっ、と音を立てて国王陛下の前に跪いた者がいる。
その姿を見て、皆が息を呑んだ。
「お待ち下さい、父上……いえ、陛下!!」
「ルカス兄上!!」
「殿下!?」
見事なピンクブロンドが床に付くほど低く下げられた頭。
片膝を立てる騎士風の礼ではなく、上体を床に投げまるで慈悲を請うように両指を組んで、ルカス王子が国王に懇願していた。
「ルカス……!」
さすがに王も驚いたのか、跪く我が子をぎょっと見つめる。
――なんで、あの人が?
武志も突然のことに、呆然とした。
アレックスも、マティウスまでが押し黙って成り行きをみている。
「陛下に奏上いたします。無礼は重々承知の上でございます。しかしどうかお聞き下さいませ」
「で、殿下……さすがに、さすがにそれは不敬でございますぞ!!」
王の側近が真っ青な顔して、ルカス王子を止めようとする。しかし王子は頭を下げたまま、言い募った。
「いいえ、いいえ。聞いて下さいませ、陛下!!」
通常ではありえない暴挙に、一同が固まる。
公式の場で、王の言葉を遮った。
あまつさえ、それを留めようとした側近すら無視した。
ただの貴族ならば首が飛んでいる。
「ルカス殿下、それ以上はどうか、」
「陛下!!」
しばらく間が開いた。
ふぅ、と王から長いため息が漏れる。
息が詰まるような空気の中、国王が片手を上げた。
「……よかろう。ルカス、申せ」
「はい」
王子は両手を解き、ゆるゆると上体を起こした。しかし両膝は床に付けたままだ。
「このたびの御前試合、不成立となることは、私も異論ございません。しかし『守護騎士』の名誉をこのまま不戦勝となったグラハム卿に、とするのは些か性急に過ぎはしませんか」
「ではどうする」
「今回、対戦する予定であったマイヤー・センディア卿は、非常に武勇に優れた御仁です。それはこの国一番の剣の使い手である近衛騎士隊副隊長のシャリオン・ギャロウグラス卿が保証してくれましょう。それほどの武人がこの試合を欠場したのです。必ず何らかの理由があるはずです。ですからこの場で結論を出すのをお待ちいただきたいのです」
「……それはいつまでだ。いつまで待てばよい。それにだ。この私が直々に観戦すると分かっている試合を欠場しなければならなかった理由が必ずあるとする、その根拠はどこにある、ルカスよ」
「根拠は――、」
ルカスは、ふっと微笑んだ。
美しいが、この場に不似合いなそれに、皆が目を見張る。
「もうすぐ。もうすぐ、来ます、陛下」
落ち着いた声音。
今まで必死に懇願していたのが、嘘であるかのようだった。
余裕のある表情で姿勢を正すと、ルカスは、はっきりと笑った。
ああ、来ましたよ、陛下――と、ルカスが言った直後に、また扉を隔てた向こうで騒ぎが起きて、そして。
「せ、聖獣と、イーシャ様の従僕と申す者が、大至急告げたいことがあると、」
入口にいた者を押しのけるようにして、一人と一匹がボックスシートに転がり込んできた。
「イーシャ様!!ぼくです!コーラカルがただ今戻りました!!」
「コーリャ!?」
「マイヤー様は子どもを救おうと森にお入りになりッ」
「おい、お前これ以上、」
コーラカルの肩を掴もうとした衛兵は、大きな獣に遮られる。
ずいっと一歩踏み出した銀の獣は、コーラカルの横に並んだ。
「そして!マイヤー様は、魔物と戦っております!!――たったお一人で!!」
読んで下さってありがとうございます。
ルカスは実は麻耶が臆病者扱いされたことが悔しくてたまりませんでした。




