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異世界行ってみたら弟が聖女!?  作者: 矢崎 エメ
36/50

迷走

「怖気づいて……逃げたんじゃありません?」


 ざわついた周囲の騒音が、ぴたり、と止む。

 狭くもないロイヤルボックスの中、真里菜の声は何故かとてもよく響いた。









 その日、『守護騎士』の座を賭けた御前試合が組まれていると言うことで、真里菜は朝から身支度に忙しかった。

 御前試合と言うことは国王陛下と会う機会があると言うことだ。聞けば、王族の他にも主だった貴族諸侯も参加するとのこと。もちろん、あちらの当事者となる聖女イーシャたちもこの試合を見に来る。

 あっちと見比べられて劣っている、などと万が一にも思われないようにしなくては、と真里菜はメイドに命じて入念に準備をすることにした。


 ――どっちが『真の聖女』に相応しいのか、アピールしなくちゃ。ゼイル神官長はあー言ってたけど、やっぱりみんなにもあたしの方が良いって思われたいもん。


 王族以外に『聖女』の姿を公式に見せるのは、今回が初めてである。

 真里菜は姿見の前で嘆息した。

「清貧の聖女、ねえ」

 ――ようするに、貧乏ったらしいってことじゃない。ばっかみたい。

 真里菜の声を聞きつけたメイドと侍女が、「どうされました」と寄ってくる。

 それを真里菜は適当にあしらうと、アクセサリーを持ってこさせた。

 ドレスは聖女らしく、と淡い色が多いため、本日も身に付けているのは薄いピンク色のドレスだ。みすぼらしくならないようレースとフリルはふんだんに使っている。ネックレスやイヤリング、髪飾りは大ぶりの真っ赤なルビーを合わせることにした。

 ――ふふ、かーわいい。

 どこから見ても、可憐な姫君プリンセスの姿に、真里菜は満足する。あちらの聖女がどんな格好をするのか分からないが、これなら引けをとらないだろう。

 一度会ったことのある聖女イーシャは、華奢と言えば聞こえが良いが、やせっぽっちで、女らしいと言うより子供っぽい体型の少女だった。


「まあ、なんてお似合いなんでしょう」

「本当ですわ。ルビーはマティウス殿下のお色ですし。本当に素敵です、マリナ様」


 手放しの賞賛に、真里菜は微笑んで「ありがとう」と述べると、姿見から離れた。


 さほども待たずに、ドアが叩かれる。

「マティウス殿下がおいでになりました」

「いま、行くわ」

 真里菜は揚々と、部屋を後にした。



 マティウスにエスコートされて試合会場に着くと、ロイヤルボックスに通された。

 ボックスとは名ばかりで、大部屋ほども大きさがある。試合場からすると2階席に当たる高さに設けられた部屋には、豪華な椅子が正面向きに何客も並べられていた。

 国王陛下は未だ来ていない。

 見覚えのあるアレックス殿下を認めると、真里菜は軽く会釈した。そばにいる金髪の少女は聖女イーシャだ。彼女はアレックスの髪色にでも合わせたのか、青いシンプルなワンピースを身に付けている。

「なに、あれ……」

 しかし真里菜が顔をしかめたのは聖女の服装ではなかった。傍らには、聖獣と思われる銀色の獣が侍っていたのである。

「シリブロー、というらしい。あちらの聖女様のそばに、いつも居るのだと聞いた」

「こんな場所に、良いのですか」

「陛下が許可されたのだ」

「……そうなんですね」

 不満げな真里菜の機嫌を取るように、マティウスが恭しく席へとエスコートする。

「気にするな」

「……はい」

 不愉快だが仕方がない。

 無視することにして、ちょこん、と真里菜は席に座る。すると中央近くの席に見知らぬ顔があるのを見つけた。

 淡い薄紅色のブロンドのとてつもなく綺麗な人。

 シンプルな上下なのに、はっと人目を引くような美貌だった。愁いを帯びた横顔と華奢な容姿で、一瞥しただけでは性別も不明である。


「……えっと。あの人、もしかしてマティウスさまの?」

「ああ、俺の実兄だ。ルカス兄上……めずらしいな、こんなところに来るなんて」

「めずらしいのですか」

「兄上は、病弱だからな。めったに宮からお出にならない」


 ――ふーん、侍女から聞いてた病弱な兄王子ってこの人のことか。引きこもってるとかなんとか。たしか王太子になれないって言ってたっけ。綺麗だけど、タイプじゃないわ。お近づきになっても、得でも何でもないわね。


 ふと、こちらの視線に気づいたのか、ルカスが真里菜たちの方に顔を向けたので、礼儀正しく会釈だけする。

 時間まですぐとあって、真里菜は大人しく着席して待つことした。




 

 ――ドーン!!


 時間丁度になって鳴らされた試合開始の空砲。

 正妃と側妃を伴って、国王陛下がボックスに入ってきた。


「ウェイス神聖王国ユーディル・ハルス・デア=ウェイスシア国王陛下、おなりです」


 シートにいた全員が一斉に立ち上がり、頭を下げる。それに鷹揚に頷いた後、試合場が一瞥できる場所まで行き立ち止まった。王が姿を見せたことで、会場中に集まった貴賓たちも全員が立ち上がって深く頭を下げる。


「一同、上々に」


 王の一声で皆が着席すると、王もシートに坐した。


「ではこれより――」

 進行係の簡単な開始の言葉があって、ようやく試合会場に騎士が入ってきた。短い金髪に左軍の黒マント。あれが今日対戦する騎士なのだろう。

 男は端に立ち止まった。

 そのまま名が呼ばれるのを待っているようだ。

 しかし、暫く経っても、何も始まらなかった。


「……どうしたのかしら」


 徐々に会場がざわめき始めた。

 真里菜だけではなく、他からも不審そうな声が上がる。


 数分も経たずボックス席の入口から、慌ただしく男が入ってきた。

 男はすぐに国王の側によって耳打ちをする。

 王は暫く考える素振りを見せると首を横に振った。何かを伝えられた男がボックス席から急いで立ち去ると、また数分が経過した。



「第一左軍第一師団所属グラハム・ヘイズ少将」


 ようやく名を呼ばれた男が、試合場の中央へ向かう。定められた場所に立つと、彼は聖女イーシャの方を見て剣を掲げ騎士の礼を取った。勝利を捧げる、という意味を持つそうだ。



「それから」

 進行係は一旦言葉を切り、数瞬躊躇った後、つなげた。



「対戦相手は、ただ今、試合会場に不在のため所在を確認中です」



「ええ!?」

「なんと」


 会場中から口々に上がる驚き。

 ボックスシートの中でも、特に聖女イーシャが座っている方では動揺が強かったのか、ざわつきが大きかった。また少女の悲鳴のような細い声もかすかに聞こえた。

 ふと見ると、あの聖獣も居なくなっている。


 ――これってもしかして。あたしに有利になってるってことじゃない?あたしって超ツイてる?


 真里菜はおかしくなってきた。

 もし対戦相手の騎士がこのままこなかったら、不戦敗になるのではないか。そうしたら、あの目障りな英雄とかいう騎士は、本当に『守護騎士』でもなんでもなくなる。


 ――あたし、女神さまに愛されてるのかも。

 

 実はグラハム・ヘイズが『覚醒』した『守護騎士』ではないことを真里菜は知っていた。イーシャの元を探らせていた者から、グラハム自身が『覚醒』していないと彼女に告げたことを聞いていたのだ。

 『覚醒』していない者には女神の加護が付かない。そんな者が『守護騎士』としてイーシャに仕えることになったら、魔物討伐の旅ではさぞ苦労することだろう。そうなれば、『真の聖女』選びは、真里菜にとても有利になるはずだ。

  

 真里菜は良い気分になって、けれども口調だけは心配そうにこう言った。

「こんなときに、居なくなってしまうなんて……。イーシャ様、心配なさってるでしょうね」

 喋りはじめた真里菜に、周囲の目が向き始める。

 真里菜は視線を感じると、少し声量を上げて続けた。


「でも、彼って本当に『守護騎士』だったのかしら。……それに、ほら。平民だったというし戦いの経験もない人だったんでしょう?もしかして、こんなに事が大きくなるなんて思わなかったのに、って……困ってしまって、」


 ふっ、とついつい笑みが口に浮かぶ。




「怖気づいて……逃げたんじゃありません?」



◇◇◇◇◇◇◇



「無事かッ!?」


 ハルバードを一閃、麻耶は数匹を鎌で吹っ飛ばすと、次いで槍で背後から正確に心臓を一突きして貫いた。

「うぉりゃあ!!」

 血祭りに上げた魔物を、串刺したまま上げると、そのままぶん投げる。

 鎌の部分を死神のように振り回して周囲を開けると、視界の先、ボロボロの姿になって立つ男の姿が見えた。

「無事か、ヤロスラーフ!!」

「ああ、なんとか」

 ヤロスラーフがダガーを構えて立つ周りを、2、3匹の魔物がぐるぐると警戒しながら回っている。

 だが、今や群れの大半は、新しく現れた麻耶てきを向いていた。


「子供は、」

「生きている。……間一髪だが間に合った」

「そりゃ良かった」


 言いざま、麻耶はハルバードで新たに一匹仕留めると、一瞬の間で背に武器を収め、新たにバスタードソードを抜いた。

 流れるような動きには、隙がなく寸分の狂いもない。

 抜いてすぐ、右手一本で二匹の魔物を屠りバスタードソードの餌食にした。


「ギィイイイイッ!」「ギャギャギャギャ!!」

 ――ズバ、グシャ!


 ひっきりなしに、上がる断末魔と血飛沫。


 麻耶は闘神が乗り移ったように、軽々と魔物を仕留めていった。


「み、ごとだな」

 はあはあ、と両肩で息をするヤロスラーフは立っているのも辛そうだ。それを見てとった麻耶は、一気に二人と距離を詰めると二人を背にした。

「もう良いよ。よく耐えてくれたな、ヤロスラーフ」

 持っている物は、魔物相手には碌な武器になりそうもないダガー一本。それで、この男はここまで戦い抜いたのだ。

 たった一人で。

 子供を守って。


「こっからは、俺がやる」

「マイヤー……」

「そのために、来たんだ」


 麻耶はニッと笑うと、バスタードソードを構えた。



「あと十匹足らずってとこか……来いよ、サルども!!!!」





◇◇◇◇◇◇◇


「ギシャーッ!!」


 場に残った最後の魔物の首を刎ねると、麻耶はようやく息をついた。

 ザッ、と剣を振って血を飛ばすと、「チッ」と舌打ちをして獲物を背に収める。

「汚ねぇなあ」

 魔が宿った魔物の身体は、死んだ後に黒い靄になってやがて消滅するが、返り血は消えない。麻耶は、いささか浴びてしまった自分の服を見下ろして溜息をついた。近衛の隊服が、エライことになってしまった。この服はもう諦めるしかないだろう。

 ――帰っても、すぐに着替えないと。試合どころじゃないな、これは。  

 気を取り直すと、改めてもう一度意識を集中させ、魔物の残りがないか気配を探る。

 周囲の安全を確信して、やっと気を緩めることができた。




 さて、と後ろを振り返ると、

「大丈夫か」

声を掛け、木の根元に蹲っている少年とその傍らの男に近づいて行った。

「ああ……俺はな、だが」

 ヤロスラーフの視線を追うと、少年がぶるぶる震えて呆然と座っていた。その顔には涙がひっきりなしに流れていて、手には何か緑色の布を握りしめている。

「おい……お前、大丈夫か?」

 問いかけに反応しなかったので、麻耶は少年に手を差し伸べた。立っているのもやっとなヤロスラーフに、少年を起こす力はないだろう。

「立てるか?」

 心配そうにこちらを見守っているヤロスラーフに視線をやると、彼は首を横に振った。彼が到着した時から、少年は何もしゃべっていないらしい。


「……この子の名前は?」

「カイルだ。それから森にもう一人、弟のロビン、」

「わあああああああ!!」

 

 ロビン、という名前が出た途端、少年は両手で頭を抱えて喚いた。


「オレの、オレのせいなんだ!!」

「おい、」

「オレが、オレのせいで、ロビンはロビンは!!」

「おいカイル!」

「ロビンが死んだ!オレのせいなんだ!!ロビン……ロビン!!」

「カイル!!!!」


 ヤロスラーフが少年の肩を掴んで揺さぶった。

 カイルはやっと顔を上げると、涙でぐちゃぐちゃになりながらヤロスラーフに訴えかけた。

「どうしよう……なあ、どうしたらいい。オレのせいなんだ。オレのせいでロビンは死んじゃったんだ。にいちゃんなのに、あいつをこんなところで一人、死なせちまった。ホントはオレが守ってやらなきゃいけなかったのに!!」

「カイル……お前の所為じゃない」

「ちがうよ、オレのせいなんだ。オレがあんな馬鹿なこと言わなきゃロビンは森になんか入らなかった。森に入ってもオレが守ってやれたら、ロビンは死ぬこともなかった。全部、ぜんぶ、オレのせい、でっ!」

 カイルが、わあああ、とまた声を上げる。

 どんどん、と自分の膝を握りこぶしで殴りながら、カイルは泣き叫んだ。

「ロビン!!ロビン、ちくしょう!!ロビンッ!ろ、ロビンは!喰われた!喰われたんだよ!!あの化け物に!!……っな、こ、な布、だけ、こんな布だけ、残っ……ウう、」

「カイル……」

 ヤロスラーフが背を撫でるが、カイルは止まらない。

「どんなどれほど痛かった、どんなに怖かっ……!あ、うう、お、オレの……オレのせいで……、こ、こんなことなら、」


 麻耶は目を閉じる。

 この先の少年の言葉は、出来るなら聞きたくない、と思った。





「オレが死ねばよかった!!」




 わあああ、と。

 泣くカイルの声に耐えきれなくなり、ついに麻耶は少年の頭を掴んだ。

 無理矢理、顔を上げさせる。


「ばかやろう!そんなことを言うな!!」


 見開かれた目を覗き込んで、麻耶は怒鳴る。




「生き残ったくせに!!」





「……え?」

「生き残ったんだろう!お前は!!だったら……絶対に、絶対にそんなことを言うな!!」


 麻耶は少年に伝われと、怒る。

 他人に説教するほど、立派な人間じゃない。自分のせいで死んだと嘆くこの子を、慰める言葉も責める言葉も、麻耶は持っていない。

 しかし、絶対に言ってはならない言葉があるのは知っている。

 

「自分が死ねば良かったって!生き残った者がそれを言ったら、死んだ者はどうなる。だれかが代われるほど、お前の弟の死は軽いものか!?」

「そ、そんな……そんなつもりじゃ」

 思いがけないことを言われたのか、カイルが麻耶を見返す。やっと麻耶は、少年の眼をしっかりと捉えることができた。


「絶対に、誰かの死の代わりにはなれない!!絶対にだ!!誰かが成り変われるほど、お前の弟の死は軽くないだろうが。それに、お前が代わりに死ねばロビンは喜ぶのか。兄ちゃん俺に代わって死んでくれてありがとうと、そんなことを言う弟か」

 ふるふる、とカイルは首を振った。

 まだ死を知らなかった弟だ。カイルが死んだらどんなことを言うかは分からないが、これだけは言える。弟はカイルがいなくなったら、きっととても悲しんでくれた。今のカイルと同じように、死を嘆いて泣いてくれただろう。

「ロビンは……そんなことする奴じゃない。ロビンもオレが、……死んだら、泣く。……泣く、よ……!」

 ヒック、と大きくカイルがしゃくりあげた。

 掴んでいた顔をそっと離し、麻耶はカイルの頭を撫でた。

 カイルは、わっと泣きながら、麻耶の身体にしがみ付く。


「ロビン、泣くよ。オレが死んだら」

「……だろうな」

「う、うう、」

「泣くな、とは言わん。悲しむな、とも。でも死にたがるのだけは、駄目だ。弟のためにも」

「ろ、ロビン……っ」


 ロビン、ロビン、とまだ少年は涙を流す。しかし、それでも見つけたときから比べたら、カイルは「マシ」になったように思えた。


 やがてカイルは、こと切れたように眠ってしまった。

 泣き疲れたのもあったのだろうが、魔物に教われたショックも大きかったに違いない。


「寝たか?」

「ああ、気絶するみたいにな」

 ヤロスラーフの問いに麻耶が答える。

 それから意識を途切れさせたカイルを抱き上げて、麻耶は立ち上がった。

「ヤロスラーフは、歩けるか」

「まあな。なんとか」

 苦笑しながら、歩こうとする男に、麻耶は「肩を掴め」と差し出す。

「……タフだな」

「ははは。これでも『守護騎士』なんでね」


 ――女神よ、今日もありがとう。加護チートのおかげで掠り傷一つないです。


 見よ、この息も上がっていない強靭さ!

 さすが女神製の人類最強(チート人間)である。


 魔物をほぼ瞬殺できた麻耶は、胸の中で女神に感謝した。






「ところで……帰り道は、どっちだ」



 

 

読んで下さってありがとうございます。

聖女マリナのノンストップ妄想劇場でした。

ある意味、麻耶と正反対のヒロインです。女神に見かけを願った子と守る力を願った子。自分だけを守りたい子と誰かを守り続ける子。

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