それぞれの覚悟2
「なんで……!!通して下さいッ!」
コーラカルは、城門を守る衛兵に縋り付いて必死に頼んだ。
馬上から降りて、王宮に入ろうとしたコーラカルは、しかし衛兵に咎められてしまった。一緒に来てくれた団員は、門前で別れて、今はいない。
「ぼくは、聖女様おつきの従僕です!」
「なら、通行許可証があるはずだ。それを見せて見ろ」
「い、いまはありません。でも確かにぼくは聖女様付きで、今日の朝だっておそばにいました。それに聖獣だって知っ、」
「はっ!よく回る舌だな。だいたいな、お側付きだってなら、そもそも、ここを出るとき許可証もなしにどうやって通ったんだ」
「そ、れは……その時は守護騎士様がご一緒で!!」
「その守護騎士様とやらは今、どこだ」
「だから、それは!!」
返答に詰まって言葉を途切れさせると、ほらみたことか、と言わんばかりに衛兵が冷めた視線を寄越す。
「さあ、こっちは忙しいんだ。あっちいった、あっちいった!」
「ま、待って下さい!!ぼくは大至急、聖女様にお伝えしなくてはならないことが……あっ」
あまりにも執拗に縋ったためか、衛兵に強く押し戻されて、コーラカルはふらついてしまった。拍子に握っていた手綱を強く引っ張ってしまう。ぐいっと掛かった重さに、馬がブルルルと不快気に鼻を鳴らした。
「ごめんよ、ラズロー」
黒馬に謝っていると、衛兵がじろじろと値踏みするように見て言う。
「……この立派な馬の本当のご主人様の所へ、さっさと帰るんだな。聖女様へお目通りしたかったら、正規の手順を踏んでからにしろと、お前の主人に伝えろ」
「そんな……違うんです、ラズローはこのお城の馬で……!!」
馬がいたおかげで、どこかの貴族の従僕だとは思われたのか。全くの不審者扱いはされなかったものの、やはり通してくれそうもない。
「どうした」
騒ぎを聞きつけて、衛兵がもう一人寄ってきた。
「ああ、このガキ……子供が、聖女様に合わせろとうるさくてな。騎乗用の立派な馬を連れてるから、どこぞの貴族の使いだとは思うんだが」
「通行証は?」
「持ってないときた。今日は貴族の面会のことも聞いてないし……来訪予定者のリストにもない。それで帰れと言ったところなんだが」
なにしろ、しつこくてな、と相手をしていた衛兵が肩をすくめて首を振る。
「ぼくは聖女様の側付きの従僕です!どこかの貴族の、じゃない!!正真正銘、聖女様の、お側付きなんです」
新たに来た方の衛兵に向き直り、コーラカルは必死に言い募った。
「いや、それはないだろう」
「どうしてッ……」
衛兵はため息を吐いて、コーラカルをちらりと見る。
それから同僚に向かって、コーラカルを指差しながら言った。
「俺の妹が恐れ多くも聖女様の宮で働くメイドになったんだ。それで聖女様をお側でみることもあるらしいんだが。聖女様はそれはそれは気位の高い方なんだと」
第3王子殿下の寵愛も深い聖女様は、綺麗なものがお好きで、下賎なものは見向きもされない。メイドも側付きとなると、選ばれた者だけしか侍らせて貰えないそうだ。
衛兵が得意げに語るのを聞いて、もう一人が、「じゃあ」とあげつらうように言った。
「こいつが聖女様の側仕えになれるわけないな」
「ははは、当たり前だ。こんな形した男のガキ、お側どころか同じ宮にも入れちゃもらえないぜ」
「ち、違います!ぼくが仕えてるのはもう一人のせ」
「明らかに異国交じりだものな。こんなうす汚れた肌色のガキ」
「貴族に仕えてるってのも怪しいもんだ。大方、主人も詐欺師の類だろうよ」
「さ、あっちいけ!」
「二度と聖女様に近づこうなど考えるなよ。汚らわしい……!!」
「しっし、」
「なっ!!」
犬のように追い払われ、コーラカルは頭がぶたれたような感覚によろめいた。
久しぶりに聞く、嘲りの言葉だった。
あの村で、さんざん、当たり前のように嘲笑され続けていたのに。マイヤーに出会って、団員に暖かく受け入れられて、聖女イーシャにも自然に接してもらっている内に。
――忘れてたんだ。自分がどんな風に見られていたのか、なんて。
「でも、ぼくは」
しかし諦めるわけには、いかなかった。
どんなに無体に扱われようと、すんなり引き下がるわけにはいかないのだ。
コーラカルには、今、託されたものがある。
恩人であるマイヤーの頼み、そして、魔物に脅かされているあの村。もしかしたら助けられるかもしれない子供の命もかかっている。
――あの頃とは、違うんだ。
馬鹿にされ暴力に怯えて蹲って泣くだけだった、あのコーラカルのままじゃない。
――胸をはれ、堂々と!
「あんたら……覚悟はあるのか」
「は?」「あ?」
突然、雰囲気の変わったコーラカルに、馬鹿にしていた衛兵が鼻白む。
気圧されたのか、たじろぎ一歩身を引いた。
「たかが衛兵が、聖女の従僕をコケにして、門すら通さず、騎士マイヤー様からの伝言を妨げた。その責任を取る覚悟はあるのか、と聞いている」
「なッ!」
「……な、生意気な口を、」
なおも言い返そうとしてきた衛兵の台詞をコーラカルがするどく遮る。
「ぼくは『聖女イーシャ様』の従僕だ!その意味は分かるでしょう」
情け深く慈愛満ちた清貧の聖女イーシャ。
思いがけない、もう一人の聖女の名を出されて、男たちは怯んだ。
彼女の名前を知らぬ者は城にいない。そして、彼女の評判を思い出して、衛兵たちは口を噤んだ。
あの聖女の従僕と言うなら、ありうるかもしれない、と思い至ったのだろう。
しばし静かになった男に向かい、コーラカルは低めた声で言った。
「さあ、ここを通して下さい」
「……しかし、許可証もないものを通す訳には、」
「おい、こいつが本物なら問題になるぞ」
一人が止めようとした相棒に耳打ちをする。
「……せめて、確認させてくれ。それなら良いだろう?……お前の名前は」
「コーラカルです」
「わかった。少し待つように」
やっと話が進みはじめたか、とコーラカルがほっとした直後だった。
――ドーーン!!
大きな空砲の音が、城中に響いた。
「あれは……ッ!」
コーラカルが思わず空を仰ぐと、衛兵が答える。
「ああ……始まったな」
「そういや、今頃だったか」
「ごぜん、試合……!!」
呆然と呟くコーラカルに、衛兵が「知ってたのか」と意外そうにした。
「そんな……!!」
――間に合わなかった!ぼくは、間に合わなかったんだ!!
コーラカルはくずおれた。
試合の前に聖女に会えなかった。会って事情を伝えたなら、マイヤーの名誉は守られただろうに。このままでは戦わずして彼は『守護騎士』を失ってしまう。役に立てなかった己のせいで。
あふれる涙を堪えきれない。くやしくて、くやしくて、堪らなかった。託された思いも責任も、満足に果たせず終わったのだ。
情けなかった。
己の無力さが、なにより辛い。
「ああ……」
――ごめんなさい。
コーラカルは跪いて地を両手で叩く。さすがに驚いたのか、衛兵が近寄ってきた。
「おい、お前、大丈夫か。どうした、突然」
「っく、」
ドンドン、と叩く地面に血の朱が滲み始めた。
役に立たなくて、ごめんなさい。
折角、ぼくを信じてくれて送り出したのに。
この肌色のせいで、また、ぼくは。
「マイヤーさん……」
自分には何もできないのか。
こうして嘆く以外、謝る以外、何も。
何も。
――なにも?本当に?
コーラカルは手を止めた。
ふい、と顔を上げて口笛を鋭く鳴らす。
「シリブロー!!」
◇◇◇◇◇◇◇
麻耶が森を入って、間もない頃。
この道が正しい者なのかどうか分からず、麻耶は途方に暮れつつあった。
――迷子はごめんなんだが……。
溜息をつきつつ、歩を進める。
進んでいる道が獣道かどうかすら、正直、分からない。
視界を遮る枝葉が少なくて、足元に道らしいものが出来ている。それを多分、道だろう、と麻耶は判断したのだが。
遊歩道でもない森の中の道など、とても心細いものである。道と思われるところを進んでいても、麻耶は徐々に不安になってきた。
「大丈夫、だよな……?」
先ほど道らしいものが二つに分かれているような所があり、大きい方を選んで進んでみたが、なんとなくどんどん細くなっている気がしている。
――いや、ほんと。助けに入ったはずの自分が遭難とかない。ダメだろ。
魔物と戦う不安より、遭難への不安に顔色が悪くなる。
これは困ったな、などと、それでものんきに思っていたときだった。
――ピカーーーー!!!!
「な、なにッ!?」
森の中を、一条の鮮紅が貫いた。
まばゆい、真っ赤な光が、辺り一面を染め上げる。
「なんだ……?」
方角は、と見れば、麻耶の向かっていた道の奥に、わだかまった光の残滓があった。
――行けっ!逃げろ!!
男の叫ぶ声が聞こえてくる。
「ヤロスラーフ!?」
次いで、何かを殴る鈍い音と
「ギィー!」「ギギャアッ」という獣の声もそこからした。
「……見つけた」
もう迷う必要はない。
麻耶はハルバードを背から降ろし、騒音の元へ一直線に駆けだした。
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