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異世界行ってみたら弟が聖女!?  作者: 矢崎 エメ
34/50

それぞれの覚悟

 ヤロスラーフは朝、村に入ったときから、そこが異様な雰囲気に呑まれていることに気付いた。

「探せ!」「いたか」「いや、ここには」

 男たちも女たちも、忙しなく走り回っている。誰も彼も顔が固く、何かを聞けるような様子ではなさそうだった。

 村の束ね役である村長の家へ向かおうとしたとき、その息子に捉まった。


「こりゃ良いとこに来た」

「どうした」

「あんた、あの一座で用心棒やってんだろ」

 ヤロスラーフが頷くと、男は腕を掴んで言ってきた。

「ガキが二人、見つからねえ」

「なに?」

「探すの、手伝って欲しいんだ。昨日から一人。今朝、その兄貴も家から居なくなっちまった。多分弟を探しに出かけたんだろうと思うが、もしかしたら森へ行ったかも知れない」

 切羽詰まったような顔で、一気にそこまで捲し立てる。

「だが、森は今」

「そうだ。行くなと言ってある。母親も子供にそう言ったそうだ。だが兄の方を最後に見た奴が、森の方角へ行っていたと……入る所を見たわけじゃねぇが」

「もしも入ってしまってたら」

「魔物がいるかもしれねぇんだ。大人でも一人じゃ危ない。どっちみち弟が帰って来なかった時点で、今朝方、森を男衆総出でさらう予定だった。だがこんなちっこい村じゃ、人手が足りねぇ。あんたも手伝っちゃくんねぇか」

「……分かった。ちょっと待っててくれ、武器を取ってくる」

「ああ、頼んだ」


 ヤロスラーフがダガーを取ってくると、森の前には男が数人、緊張した面持ちで立っていた。二十人にも満たず、ほとんどが顔見知りの者ばかりだ。

 魔物を討伐するには、いかにも少なかった。手にしている物もナイフと農具ばかりで、帯剣している者はいない。

 ヤロスラーフが近づいてきたのを見て、村長の息子が口を開いた。

「ここに伝令する者を残して、二人一組になって探そう。子供を見つけたら、笛で知らせてくれ。魔物を見たら闘うな。その場で退却だ。それから魔物がいると確信を持った時点で、……捜索は打ち切ろう」

 苦々しい顔で告げたが、誰一人、反対の声は上げない。

 みんな分かっているからだ。ここにいる村人が何人束になってかかっても、おそらく魔物には勝てないことを。

 いくら腕に多少覚えが有ろうと、体格が良かろうと、魔物討伐に慣れた傭兵やハンター、騎士とは違う。魔物と戦えば無駄死にするだけだ。

「……時間を決めたほうが良い」

 ヤロスラーフが言うと、周りの男が数人同意した。

「そうだな。じゃあ一刻後。一旦、森から引きあげてここに集まろう」

 リーダーの言葉に、全員が頷く。


 それぞれの獲物を手に、重い足取りで森へ入った。




 森には人が良く通る踏みならされた道とは別に、脇からそれた細い獣道が数本ある。

 ヤロスラーフは人よりそれを見つけるのが上手かった。入ってすぐに見つけると、もう一人の若者に合図して、二人でその道へと押し入る。

 細い道は、下草こそ多少踏みならされてはいたが、枝が邪魔をして視界が悪かった。


 ――ロビン、カイル。


 探す子供の特徴を聞けば、良く知る者の名が浮かんだ。

 どこにでもいるような、八つと十の仲の良い兄弟だ。どちらもヤロスラーフになつき、守護騎士の話を眼を輝かせて聞いていた。木を削って剣を作ってやったのは、弟のロビンの方だったか。

 玩具の剣を宝物のように押し抱いて喜んでくれた。

 己と同じ枯れ草色の髪をした、元気な少年たちだった。


 ――どうか、無事でいてくれ。



 獣道に二人で入り、十数分と経たない内だった。

 ヤロスラーフは『異変』に気付いた。


 やや不自然に開けた道。

 だというのに、草土がさほど踏み固められた跡がない。

 足元には大小の枝が散らばり。

 見回すと、視線上、人の頭の高さから上で、木が抉れたり傷ついたりしていた。

 足元がならされていないところから、相手は四足ではないことが分かる。そして目線上より上にある痕跡から、鳥ではないことも分かった。

「これは……」

 猩猩しょうじょうの化け物。

 群れをつくって襲ってくる魔物である。猿に似た外見を持ち、額に捻じれた二本角、背には翼が生えている。小熊ほどの大きさで、動きがとても敏捷だ。

 傭兵として何度か魔物討伐にも関わったことがあるヤロスラーフには、相手が相当やっかいであることが分かった。

 右手を横にし、連れの若者の歩みを止める。


「ヤロスラーフさん、」

「しっ」

 

 声を潜め、ヤロスラーフは若者に指示を出す。


「魔物だ。森にはやはり魔物がいた」

「そんな!!じゃあッ、」

「静かにしろ、気づかれると不味い……お前は引き返せ。それから村の人たちにも、これ以上の探索はやめるように伝えるんだ」

「でも」

「相手は猩猩の魔物――俺たちだけじゃ、手に負えない」


 あの人数の村人が、碌な装備もなく魔物に向かっても闘えるはずがない。魔物討伐を目的としていないのなら、これ以上森に入るべきではなかった。当初の予定通り、探索は打ち切りだ。王都からの援軍を待たなくては。


「さあ、行け」

「ヤロスラーフさんは」

「俺は……もう少し、子供たちを探してみる」

「でも!!あんただって危険なんじゃ」

「俺にはコレがある」

 ヤロスラーフはダガーを掲げて見せた。

「それに傭兵の経験もある。なに、もう少し粘るだけだ……ヤバいとなったらすぐに逃げる。――行け!」 


 ヤロスラーフが再度促すと、

「わ、わかった」

ごくん、と唾を飲み込んで若者は踵を返した。

 そのまま一目散に駆けていく。


 ――それで良い。


 ヤロスラーフは、ダガーを握りしめると歯を食いしばった。緊張から身震いが出る。

 ああは言ったが、このダガーでどこまで戦えるのか。

 討伐に手慣れた仲間もいない。

 獲物は、心もとないダガー一本だけ。


 だが、引き返せなかった。

 あの若者と一緒に逃げる選択は、ヤロスラーフには選べない。


 子供たちの笑顔が浮かぶ。

 ロビン、カイル。

 じゃれあうように、二人、ヤロスラーフに纏わりついてきた子供。

 まだ幼い兄弟だ。

 我が子と同じ、枯れ草色の髪をした。

父ちゃん(パーパ)

 ああ、見捨てられるものか。

 絶対に、見捨てたりはしない。


「待ってろ、今行くからな」




 ――ギャー!ギャー……ッ


 まだ遠くから聞こえるこの鳴声。

 近づいた時が己の最後となるだろう。


 



◇◇◇◇◇◇◇



「落ち着いて、話を聞かせて下さい」

 麻耶と一座の者は、村から来た女性を宥めて、なんとか話を聞きだした。


 女性の話では、昨日から弟が、そして今日は朝から兄が行方不明になったのだという。兄の方は、おそらく弟を探しに村から出たのだろうということだ。しかし兄が、最後に目撃されたのは森の方へ向かう姿だった。そこで村の皆で森をさらうことにしたそうだ。それが少し前のこと。

 それから暫く経って、森から入ったものが全員引き返してきた。

 聞けば魔物がいることが、はっきりしたのだと。

 だからこれ以上、兄弟の行方は探せぬと、捜索は打ち切られてしまった。


「ここの、団員さんの人が、猩猩のバケモノだって。だからもう手に負えないって!!でも、私の息子がまだ森にいるの!!ま、まだっ!い、生きてるッかも、し、しれないのにっ!!」


 わあああ、とエプロンに顔を埋めて母親が泣く。

「騎士様、騎士様!!お願いです!助けて下さい!!お願いですうぅううう、う、うッ!!」

 なんでもします、助けてください、と。

 顔をぐちゃぐちゃにした母親が、また麻耶に縋り付いてきた。

「なんでも!なんでもしますから!お願いしますッ!あの子たちを助けて!助けてくださいぃ」



「おいおい、母ちゃん、無茶を言うなよ。いくら騎士さんだって、一人っきりじゃなんもできねぇよ」

「気の毒だが、王都から援軍が来るまで待つっきゃねぇ。な、この騎士さんにひとっ走りしてもらって、早く応援を呼んできてもらおうぜ。そっちのが速い」

 団長とリデルが麻耶から母親を引き離す。

「それにな、この騎士さんには予定があんだよ。今日は大事でぇじな試合があるんだ。王様がご覧になるってぇデカいやつがな。引き留めるのは止めちゃくんねえか」

 団長の言葉に、母親が振り返る。

「でも!!でもまだ子供がッ」

 涙で訴え声もつかえて止まる。だがふらつきながらも、訴えるのはやめなかった。再び麻耶に向かって叫ぶ。

「騎士さまッ!!」

「やめなって。だから、この馬でひとっ走り行ってもらっ」



「分かった」



「へ?」

 団長が母親を後ろから支えたまま聞き返す。

「なんて、マイヤーさん」

「分かった。助けに行こう」

「なっ!あんた、何言ってんのか分かってんのか!!」

「ああ」



「ありがとうございます、ああ、騎士様!!」

 母親がくずおれるようにして、地面に座った。

 ざわっと周り中から、驚きの声が上がる。

 麻耶の事情を良く知る団員たちが、どうするつもりだ、と落ち着かなげに周りを囲んだ。

 特に、団長は納得がいかないように麻耶に詰め寄る。

「マイヤーさん、あんたこんなところで時間くってる場合じゃないだろう。御前試合が駄目になったらどうすんだ。『守護騎士』になれないんだろう!?」

「ああ、たかが『守護騎士』になれないだけ、だ」

「誤魔化すなよ!!マイヤーさん、こういう商売してっから分かるンだ。名誉ってのは何より騎士に必要なもんじゃあねぇのかい。あのな、あのときあんたを助けられたことは、俺たちにとっちゃ誇りさ。自慢だよ。でもあんたはどうだ。覚醒した直後に俺らなんかに助けられたばっかりに、旅芸人の出だの流れの卑しい血ィひいてるだのと、不名誉な噂が立っちまった」

「団長さん、そんなこと!」

「なあ、そうだろ。旅芸人だなんて、そんな良い出自じゃねぇ。だからあんたの立派な『守護騎士』に文句を言う奴だって現れちまった。せっかくちょっとでも噂が晴れねぇかと、あんなパレードをぶち上げたってのになア」

「だから、あんな派手な真似を……」

 麻耶が絶句して団長を見ていると、そばにいた団員が馬の手綱を麻耶に押し付けて来た。

「な、行けよ、マイヤーさん。団長もこう言ってんだ。この馬で助けを呼んでくれたら良いからさ。それにいくらマイヤーさんでも一人じゃあ」

「いや、駄目だ」

 麻耶は手綱を押し返す。

「団長さんの気持ちは分かった。……だがな、俺がいけば子供は助かるかもしれない。確かに騎士なら名誉は大切なんだろう。でも俺は騎士になりたいわけじゃない」

「マイヤーさん!」

「騎士とか守護騎士とか、俺はいらない」

 そうだ、麻耶に必要なのは、そんなものではない。

 そんな薄っぺらな名誉など、麻耶は欲しいなんて思ったことがない。

 助ける力が麻耶にはある。

 女神から貰った加護チートは、守護のための力で。

 今、麻耶にはその助ける力があるのだ。


「騎士だの、守護騎士だのが、子供の命と引き換えだってなら」


 麻耶は馬から離れて、村の方へ、森の方へと足を向けた。





「そんな称号、欲しい者にくれてやる!!」







「おい――コーラカル」

 名を呼ばれて、今まで成り行きを見守っていた少年が、びくっと身体を震わせた。驚きに目を丸く見開いている。

「は、はい」

「お前、一座の人と一緒にこの馬で王宮まで行って、聖女に事情を伝えてくれないか。伝えることは二つ。御前試合に遅れることと、場合によっては不参加になること。それから魔物討伐の応援要請だ」

「はい。ですが……その、ホントに良いのですか」

「良いも悪いも。聞いてたろ?俺にいるのは称号じゃない。さあ、コーリャ。……頼めるな」


 コーラカルの頭を撫でると、一瞬びくついたが、すぐに力強く頷いてくれた。

「分かりました。必ず伝えます」

「おう、頼んだぜ」


 母親は地に座ったまま、麻耶を呆然と見上げている。

 周りを囲む団員たちは、かたずを飲んで見守っていた。

「マイヤーさん」

 団長がごくり、と息をのんで声を掛けてくる。



 麻耶は声を張り上げた。



「待ってろ。必ず子供は連れて帰る!!」


 歌にあったフレーズを思い出す。あの恥ずかしい台詞。こんなところで、と思ったが、こんなところにぴったりだとも思い返した。

 

 麻耶は笑って言い放った。



「守護騎士マイヤー、ここにあり!!」



 どっと座が湧く。

 森へ向かう麻耶の背に、同じ言葉が向けられた。



「守護騎士、マイヤー!!ここにあり!!」



  

 引きとめる者は、もう誰もいなかった。

読んで下さってありがとうございます。とりあえずアップ。

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