それぞれの覚悟
ヤロスラーフは朝、村に入ったときから、そこが異様な雰囲気に呑まれていることに気付いた。
「探せ!」「いたか」「いや、ここには」
男たちも女たちも、忙しなく走り回っている。誰も彼も顔が固く、何かを聞けるような様子ではなさそうだった。
村の束ね役である村長の家へ向かおうとしたとき、その息子に捉まった。
「こりゃ良いとこに来た」
「どうした」
「あんた、あの一座で用心棒やってんだろ」
ヤロスラーフが頷くと、男は腕を掴んで言ってきた。
「ガキが二人、見つからねえ」
「なに?」
「探すの、手伝って欲しいんだ。昨日から一人。今朝、その兄貴も家から居なくなっちまった。多分弟を探しに出かけたんだろうと思うが、もしかしたら森へ行ったかも知れない」
切羽詰まったような顔で、一気にそこまで捲し立てる。
「だが、森は今」
「そうだ。行くなと言ってある。母親も子供にそう言ったそうだ。だが兄の方を最後に見た奴が、森の方角へ行っていたと……入る所を見たわけじゃねぇが」
「もしも入ってしまってたら」
「魔物がいるかもしれねぇんだ。大人でも一人じゃ危ない。どっちみち弟が帰って来なかった時点で、今朝方、森を男衆総出で浚う予定だった。だがこんなちっこい村じゃ、人手が足りねぇ。あんたも手伝っちゃくんねぇか」
「……分かった。ちょっと待っててくれ、武器を取ってくる」
「ああ、頼んだ」
ヤロスラーフがダガーを取ってくると、森の前には男が数人、緊張した面持ちで立っていた。二十人にも満たず、ほとんどが顔見知りの者ばかりだ。
魔物を討伐するには、いかにも少なかった。手にしている物もナイフと農具ばかりで、帯剣している者はいない。
ヤロスラーフが近づいてきたのを見て、村長の息子が口を開いた。
「ここに伝令する者を残して、二人一組になって探そう。子供を見つけたら、笛で知らせてくれ。魔物を見たら闘うな。その場で退却だ。それから魔物がいると確信を持った時点で、……捜索は打ち切ろう」
苦々しい顔で告げたが、誰一人、反対の声は上げない。
みんな分かっているからだ。ここにいる村人が何人束になってかかっても、おそらく魔物には勝てないことを。
いくら腕に多少覚えが有ろうと、体格が良かろうと、魔物討伐に慣れた傭兵やハンター、騎士とは違う。魔物と戦えば無駄死にするだけだ。
「……時間を決めたほうが良い」
ヤロスラーフが言うと、周りの男が数人同意した。
「そうだな。じゃあ一刻後。一旦、森から引きあげてここに集まろう」
リーダーの言葉に、全員が頷く。
それぞれの獲物を手に、重い足取りで森へ入った。
森には人が良く通る踏みならされた道とは別に、脇からそれた細い獣道が数本ある。
ヤロスラーフは人よりそれを見つけるのが上手かった。入ってすぐに見つけると、もう一人の若者に合図して、二人でその道へと押し入る。
細い道は、下草こそ多少踏み均されてはいたが、枝が邪魔をして視界が悪かった。
――ロビン、カイル。
探す子供の特徴を聞けば、良く知る者の名が浮かんだ。
どこにでもいるような、八つと十の仲の良い兄弟だ。どちらもヤロスラーフになつき、守護騎士の話を眼を輝かせて聞いていた。木を削って剣を作ってやったのは、弟のロビンの方だったか。
玩具の剣を宝物のように押し抱いて喜んでくれた。
己と同じ枯れ草色の髪をした、元気な少年たちだった。
――どうか、無事でいてくれ。
獣道に二人で入り、十数分と経たない内だった。
ヤロスラーフは『異変』に気付いた。
やや不自然に開けた道。
だというのに、草土がさほど踏み固められた跡がない。
足元には大小の枝が散らばり。
見回すと、視線上、人の頭の高さから上で、木が抉れたり傷ついたりしていた。
足元がならされていないところから、相手は四足ではないことが分かる。そして目線上より上にある痕跡から、鳥ではないことも分かった。
「これは……」
猩猩の化け物。
群れをつくって襲ってくる魔物である。猿に似た外見を持ち、額に捻じれた二本角、背には翼が生えている。小熊ほどの大きさで、動きがとても敏捷だ。
傭兵として何度か魔物討伐にも関わったことがあるヤロスラーフには、相手が相当やっかいであることが分かった。
右手を横にし、連れの若者の歩みを止める。
「ヤロスラーフさん、」
「しっ」
声を潜め、ヤロスラーフは若者に指示を出す。
「魔物だ。森にはやはり魔物がいた」
「そんな!!じゃあッ、」
「静かにしろ、気づかれると不味い……お前は引き返せ。それから村の人たちにも、これ以上の探索はやめるように伝えるんだ」
「でも」
「相手は猩猩の魔物――俺たちだけじゃ、手に負えない」
あの人数の村人が、碌な装備もなく魔物に向かっても闘えるはずがない。魔物討伐を目的としていないのなら、これ以上森に入るべきではなかった。当初の予定通り、探索は打ち切りだ。王都からの援軍を待たなくては。
「さあ、行け」
「ヤロスラーフさんは」
「俺は……もう少し、子供たちを探してみる」
「でも!!あんただって危険なんじゃ」
「俺にはコレがある」
ヤロスラーフはダガーを掲げて見せた。
「それに傭兵の経験もある。なに、もう少し粘るだけだ……ヤバいとなったらすぐに逃げる。――行け!」
ヤロスラーフが再度促すと、
「わ、わかった」
ごくん、と唾を飲み込んで若者は踵を返した。
そのまま一目散に駆けていく。
――それで良い。
ヤロスラーフは、ダガーを握りしめると歯を食いしばった。緊張から身震いが出る。
ああは言ったが、このダガーでどこまで戦えるのか。
討伐に手慣れた仲間もいない。
獲物は、心もとないダガー一本だけ。
だが、引き返せなかった。
あの若者と一緒に逃げる選択は、ヤロスラーフには選べない。
子供たちの笑顔が浮かぶ。
ロビン、カイル。
じゃれあうように、二人、ヤロスラーフに纏わりついてきた子供。
まだ幼い兄弟だ。
我が子と同じ、枯れ草色の髪をした。
『父ちゃん』
ああ、見捨てられるものか。
絶対に、見捨てたりはしない。
「待ってろ、今行くからな」
――ギャー!ギャー……ッ
まだ遠くから聞こえるこの鳴声。
近づいた時が己の最後となるだろう。
◇◇◇◇◇◇◇
「落ち着いて、話を聞かせて下さい」
麻耶と一座の者は、村から来た女性を宥めて、なんとか話を聞きだした。
女性の話では、昨日から弟が、そして今日は朝から兄が行方不明になったのだという。兄の方は、おそらく弟を探しに村から出たのだろうということだ。しかし兄が、最後に目撃されたのは森の方へ向かう姿だった。そこで村の皆で森を浚うことにしたそうだ。それが少し前のこと。
それから暫く経って、森から入ったものが全員引き返してきた。
聞けば魔物がいることが、はっきりしたのだと。
だからこれ以上、兄弟の行方は探せぬと、捜索は打ち切られてしまった。
「ここの、団員さんの人が、猩猩のバケモノだって。だからもう手に負えないって!!でも、私の息子がまだ森にいるの!!ま、まだっ!い、生きてるッかも、し、しれないのにっ!!」
わあああ、とエプロンに顔を埋めて母親が泣く。
「騎士様、騎士様!!お願いです!助けて下さい!!お願いですうぅううう、う、うッ!!」
なんでもします、助けてください、と。
顔をぐちゃぐちゃにした母親が、また麻耶に縋り付いてきた。
「なんでも!なんでもしますから!お願いしますッ!あの子たちを助けて!助けてくださいぃ」
「おいおい、母ちゃん、無茶を言うなよ。いくら騎士さんだって、一人っきりじゃなんもできねぇよ」
「気の毒だが、王都から援軍が来るまで待つっきゃねぇ。な、この騎士さんにひとっ走りしてもらって、早く応援を呼んできてもらおうぜ。そっちのが速い」
団長とリデルが麻耶から母親を引き離す。
「それにな、この騎士さんには予定があんだよ。今日は大事な試合があるんだ。王様がご覧になるってぇデカいやつがな。引き留めるのは止めちゃくんねえか」
団長の言葉に、母親が振り返る。
「でも!!でもまだ子供がッ」
涙で訴え声もつかえて止まる。だがふらつきながらも、訴えるのはやめなかった。再び麻耶に向かって叫ぶ。
「騎士さまッ!!」
「やめなって。だから、この馬でひとっ走り行ってもらっ」
「分かった」
「へ?」
団長が母親を後ろから支えたまま聞き返す。
「なんて、マイヤーさん」
「分かった。助けに行こう」
「なっ!あんた、何言ってんのか分かってんのか!!」
「ああ」
「ありがとうございます、ああ、騎士様!!」
母親がくずおれるようにして、地面に座った。
ざわっと周り中から、驚きの声が上がる。
麻耶の事情を良く知る団員たちが、どうするつもりだ、と落ち着かなげに周りを囲んだ。
特に、団長は納得がいかないように麻耶に詰め寄る。
「マイヤーさん、あんたこんなところで時間くってる場合じゃないだろう。御前試合が駄目になったらどうすんだ。『守護騎士』になれないんだろう!?」
「ああ、たかが『守護騎士』になれないだけ、だ」
「誤魔化すなよ!!マイヤーさん、こういう商売してっから分かるンだ。名誉ってのは何より騎士に必要なもんじゃあねぇのかい。あのな、あのときあんたを助けられたことは、俺たちにとっちゃ誇りさ。自慢だよ。でもあんたはどうだ。覚醒した直後に俺らなんかに助けられたばっかりに、旅芸人の出だの流れの卑しい血ィひいてるだのと、不名誉な噂が立っちまった」
「団長さん、そんなこと!」
「なあ、そうだろ。旅芸人だなんて、そんな良い出自じゃねぇ。だからあんたの立派な『守護騎士』に文句を言う奴だって現れちまった。せっかくちょっとでも噂が晴れねぇかと、あんなパレードをぶち上げたってのになア」
「だから、あんな派手な真似を……」
麻耶が絶句して団長を見ていると、そばにいた団員が馬の手綱を麻耶に押し付けて来た。
「な、行けよ、マイヤーさん。団長もこう言ってんだ。この馬で助けを呼んでくれたら良いからさ。それにいくらマイヤーさんでも一人じゃあ」
「いや、駄目だ」
麻耶は手綱を押し返す。
「団長さんの気持ちは分かった。……だがな、俺がいけば子供は助かるかもしれない。確かに騎士なら名誉は大切なんだろう。でも俺は騎士になりたいわけじゃない」
「マイヤーさん!」
「騎士とか守護騎士とか、俺はいらない」
そうだ、麻耶に必要なのは、そんなものではない。
そんな薄っぺらな名誉など、麻耶は欲しいなんて思ったことがない。
助ける力が麻耶にはある。
女神から貰った加護は、守護のための力で。
今、麻耶にはその助ける力があるのだ。
「騎士だの、守護騎士だのが、子供の命と引き換えだってなら」
麻耶は馬から離れて、村の方へ、森の方へと足を向けた。
「そんな称号、欲しい者にくれてやる!!」
「おい――コーラカル」
名を呼ばれて、今まで成り行きを見守っていた少年が、びくっと身体を震わせた。驚きに目を丸く見開いている。
「は、はい」
「お前、一座の人と一緒にこの馬で王宮まで行って、聖女に事情を伝えてくれないか。伝えることは二つ。御前試合に遅れることと、場合によっては不参加になること。それから魔物討伐の応援要請だ」
「はい。ですが……その、ホントに良いのですか」
「良いも悪いも。聞いてたろ?俺にいるのは称号じゃない。さあ、コーリャ。……頼めるな」
コーラカルの頭を撫でると、一瞬びくついたが、すぐに力強く頷いてくれた。
「分かりました。必ず伝えます」
「おう、頼んだぜ」
母親は地に座ったまま、麻耶を呆然と見上げている。
周りを囲む団員たちは、かたずを飲んで見守っていた。
「マイヤーさん」
団長がごくり、と息をのんで声を掛けてくる。
麻耶は声を張り上げた。
「待ってろ。必ず子供は連れて帰る!!」
歌にあったフレーズを思い出す。あの恥ずかしい台詞。こんなところで、と思ったが、こんなところにぴったりだとも思い返した。
麻耶は笑って言い放った。
「守護騎士マイヤー、ここにあり!!」
どっと座が湧く。
森へ向かう麻耶の背に、同じ言葉が向けられた。
「守護騎士、マイヤー!!ここにあり!!」
引きとめる者は、もう誰もいなかった。
読んで下さってありがとうございます。とりあえずアップ。




