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異世界行ってみたら弟が聖女!?  作者: 矢崎 エメ
33/50

兄と弟

 弟が帰って来ない。



 村に、最近、旅芸人の一座が来た。

 風見鶏、という有名な一座。

 守護騎士がいたこともある一座だって聞いて、弟と二人、盛り上がった。


「オレ、騎士になる!」

 えいや、と棒っきれを振り回す弟に、少年はしかめっ面をした。

「その棒、どこで見つけたんだよ」

 ちょうど剣にするのに、よさそうな大きさだ。しかもちゃんと剣の形になっている。だれが彫ってくれたんだろう。忙しい村の大人たちが作ってくれるとは思えなかった。

「ソレ、だれに作ってもらったんだ」

「ひーみつ!」

「言えよ!!」

 どなって掴みかかろうとしたら、弟が「旅の人だよ!」と言う。

 弟がそんなものを持っているのが、どうにも羨ましくなって、少年は力ずくで奪った。

 必死で抵抗する二つ下の弟から奪うのは、少し悪いな、と思ったけれど。


「やだよ、にいちゃん、返せよ、かーえーせー!!」

「なんだよ、お前なんかが騎士になれるはず、ないだろ!」

「うるさいうるさい!練習するんだから、返してよ!!」

「オレだって騎士になりたいんだ。それに騎士になるなら、オレが先だろ!オレに貸せってば」


 うっとうしく棒に取りついてくるもんだから、二人、奪い合いになってしまった。

 勿論、勝ったのは兄である自分だ。

 あんまりビービー泣くもんだから、少年は面倒になって弟を放っておくことにした。

 その場に残すときにこう言って。


「そんなにこれが欲しいんなら、もう一回棒っきれを拾ってくりゃいいだろ。森にいくらでも落ちてる。そんで旅の人がいる間に『また剣を作って下さい』って頼めばいい」

「でも、森は今入っちゃいけないって……」

「じゃあ、あきらめろよ」


 じゃあな、と言って弟に背を向けた。

 それが、弟を見た、最後だ。





 それから、弟が帰って来ない。




◇◇◇◇◇◇◇




 夜、ある母親が村人に我が子が帰って来ないと訴えてきた。

 すぐに捜索隊が組まれ、若者衆を中心に村の近辺を探し回る。

 隣町、その隣町、と範囲を広げたが見つからず。

 まさか、と思われた王都と森の捜索は明日に持ち越された。


「……森はこの間から入るなと村のもんに伝えてたはずだ」

 村長が重々しく言う。

 じゃあ森の中じゃあんめぇよ、とその息子が継いだ。今いる若衆の中でもリーダー的な存在だ。

「ジェシカさんも子供に言ってあんだろう」

「も、もちろん。い、言われてすぐに、息子たちには入らないようにって言った。あの子、いつもはすぐ上のカイルと一緒にいるし」

 訴えてきた母親が、ぐるりに集まった捜索隊の人々に答える。

「カイルは何て?」

「そそれが、し、知らないと。昼過ぎまで一緒だったけど喧嘩したって。それからは見てないって……」

「そうか……」

 囲んでいた中の一人が、ぽつりと零した。


「森に行ってなきゃ良いんだが」


 それを聞いた村人の皆は、シーンと押し黙る。

 数日前、森を超えた一つ向こうの村に親戚を訪ねに行った者が帰ってきた。その者が言うには、森に酷く荒らされた場所があったと。

 獣が喰い散らかされたような跡、なぎ倒された小木、撒き散った枝。

 それに捕食の痕跡からは、ほんの微かだが「闇の気配」もあったそうだ。


 明らかに魔物の存在を匂わせるそれに、村人は森の異変を聞いた翌日には、王都へ知らせることにした。もう警備の者から神殿にも伝わったころだろう。

 王都からの返事は未だだったが、「森へは入らないように」とだけ言われて、使いの者が帰ってきた。

 それから村中に「森に近づくな」と知らせを回した。念のため、巡業でここのはずれに滞在中の一座の者たちにも伝えておいた。


「明日の朝まで待って帰って来なかったら……」

 村長の息子が、大きな溜息をつく。

 集まった面々を見回し、決断するように言った。


 

「森の中を、探そう」



◇◇◇◇◇◇◇


 カイルは奮えていた。

 一晩中、眠れなかった。


 ――オレのせいだオレのせいだオレのせいだ!!


 きっと弟はあれから森へ行ってしまった。

 カイルがあんなことを言ったせいで。

 森の中で木を探せばいいだなんて、あんな馬鹿なことを言ったせいで!!


「……取らなきゃ、良かった」


 剣の形をした棒。

 木刀は、こんな田舎じゃなかなか手に入らない。

 村の生活には必要のないものだし、ちゃんとした形の武器になりそうなものは大人しか持てない。子供の手にはとても入らないのだ。

 だから弟の持つ、剣の形をした棒が羨ましかった。


 ――だけど、でも。本当に欲しいなら、オレが森に入ればよかったんだ。


「とらなきゃ、よかった」


 棒っきれを嬉しそうに振り回していた弟の姿が、目に浮かぶ。

 あんなに楽しそうにしていた。

 騎士になるんだ、そう言って。

 あんなに、あんなに嬉しそうにしていたのに。

 それをオレが奪ってしまった!!

 強引に、奪ってしまったのだ!!


「オレのせいだ!オレが奪ったりなんかしなけりゃっ!」



 部屋の隅、うずくまって。

 ベッドの中にも入れなかった。



 だって、そんな資格、自分にはない。

 今この瞬間にも、弟が森で怯えているんじゃないかと思うと、自分だけのうのうとベッドの中に入って寝るなんてこと、到底できなかった。

 がたがた震えて、哀しくて苦しくて怖くて。

 弟に、二度と会えないんじゃないかと思うと、堪らなかった。



 母親は、まんじりともせず台所にいる。

 昨夜、蝋燭一本つけた明かりの中、母は声も立てす、じっと台所の椅子に座っていた。きっと今でもそうしている。


 ――オレのせいで、母ちゃんまで苦しませた。


 父のいないこの家で、頼りになるのは己だけだと言うのに。

 その自分のせいで、苦しませている。

 母も弟も、自分のせいで、不甲斐ない、自分のせいで!!





 窓を見れば、夜明けの色だった。

 


「……たすけに、行かねえと」


 きっと弟は待っている。

 兄の助けを待っている。

 兄なら助けてくれるって。きっとカイルを待っている。

 


 朝日が一条、床に伸びた。

 細かな埃が空に舞っている。

 もう、朝が来たのだ。


「まってろ。にいちゃんが、助けてやっから」



 のろのろと身体をおこし、カイルは立ち上がる。

 一晩中、抱き抱えていたあの棒をしっかりと手に持って。


 家から出るとき、ぎぃ、と立てつけの悪いドアが軋んだ。














「ん?ありゃ、カイルじゃねぇか」


 朝早く目覚めてしまい、外を見ていた男が言った。

 夜遅くまで捜索隊に加わって子供を探し回っていたが、見つからなかった。それからというものどうにも寝付けず、朝早く起きたのだった。


「あんな走って、一体どこに……」


 まさか、と考えて、そんな筈はないだろうと思い直す。

 首を振りつつ、茶でも飲もうと窓から離れた。


「まさかな」 

 呟いて、もう一度だけ振り返る。



 ――嫌な気分だ。とても、嫌な。なんだこれは。


 窓の外。

 カイルの姿はもう見えなかった。


◇◇◇◇◇◇◇


 カイルは森の中を歩いた。

 弟が通っただろう所は、一通り。

 だが、弟の影は無い。


「ロビン」


 弟の名を呼ぶ。

 最初は小さな声で。

「ロビン。……ロビン」

 静まり返った森の中、音を立てるのが何故か憚られたのだ。


「どこだ。ロビン。ロビン!!」



 しかし一度出した声は、徐々に遠慮知らずに大きくなる。


「ロビン、ロビーン!!出て来い、ロビン!!どこだーっ」

「おーい、おーい!!」


 大声で、何度も名を呼びながら、来た道をもう一度探した。


「ロビーン!!もう大丈夫だ、兄ちゃんが来たぞー!!出て来い、ロビーン!!!!」

 

 

 少し道からそれた、獣道を見つけてそこを行く。

 ズボンからはみ出た足を、下草が擦った。切れて血が出たのか、じくじくと痛みを訴えたがカイルは迷わず歩き続ける。

 

「おーい、どこだーッ!!」

「ロビン、ロービーン!!」


 獣道は歩きにくかった。

 だが弟の小さな身体なら、楽にここを通ったかもしれない。

 目の前を邪魔する枝が増えてきた。木の棒は皮肉にもこんなところで役に立った。

 ガサガサ、と掻き分けるが、だんだん進みは遅くなる。

 

 ――ギャーッ!

 ――ギッ、ギッ、……ギ



「なんだ、今の声」



 遠くで聞こえる、獣の鳴声。

 なぜか、ひどく禍々しい。


「ロビン、ロビンッ」


 呼ぶ声が、少しだけ小さくなる。

 ケダモノたちに聞きつけられるかもしれないと思ったら、怖くなった。



「ロビンッ!!出て来いよ、ロビン、」


 はやく。

 はやくはやく、出てきてくれ。

 願う気持ちが焦りを産んで、運ぶ足が速くなる。

 カイルは細い獣道をひたすら行った。


 ガサガサガサ!

 ――少し、もつれた。足がいたい。

 邪魔な木の枝をどけて進む。

 ――そうだ、そうすれば、もう少し進める。もう少し、もう少し。先へ。


 

 いつまで進んできただろう。

 ガサガサッ、と棒を払い広げた視界の中、


「な、んで……」


 たどり着いた木の根もとで、カイルはソレを見つけた。



「うわああああああああ!!」



 深い緑の、布の切れ端。

「ロビン、ロビンロビンッ!!」

 ロビンが着ていた上着の色の。

「ああ、あああああああ!!」


 千切れた布。

 ハンカチの大きさもない。

 握りしめて、わめいた。

「わあああッ、あ、あ、ああああああああッ!!」

  


 なんで、どうして。

 涙がぼたぼた零れ、視界がゆがむ。

 どうして、なんで。ロビンがどうして。

 布を握った手を地に叩きつけて、

「なんでどうして!!」

 壊れたように、同じ言葉を繰り返した。




「ギャアアッ!!」

「ギーッギャー!!」


 驚くほど間近に泣き声がした。

 いつの間に近づいたのか。

 布に気を取られ、気づかなかった。

 振り向いた先には、醜い醜い化け物がいた。


 本能的にカイルは悟る。


 こいつらだ――と。


 こいつらが、ロビンを殺した。

 こいつらが、ロビンをッ!!


「ギャア、ギャアアアアーッ!!」

 

 猿に似た顔。

 真っ赤な顔に黒い身体。

 魔物だった。

 羽をはやした醜い化け物が、カイルを目がけて飛んでくる。

 何匹も、何匹も。


「わあ、わああああ!!」


 やみくもに木の棒を振り回してカイルは叫んだ。

 恐怖と憎悪と、ぐるぐる渦巻いて、身体と頭がバラバラだ。

「ギャアー!!」

「ギイギーィイイイイー!」

 どん、と鈍い音。

 棒に当たった一匹が歯をむいた。

「ギャアーアアア!!」

「うわああああああ!」


 真っ赤な口、鋭い歯。

 垂れたヨダレが、目の前に落ちた。

 カイルは恐怖に目を閉じた。



 ――もう、だめだ。



 


読んで下さって、ありがとうございます。

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今日で投稿スタートしてまるまる4週間目!!

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