兄と弟
弟が帰って来ない。
村に、最近、旅芸人の一座が来た。
風見鶏、という有名な一座。
守護騎士がいたこともある一座だって聞いて、弟と二人、盛り上がった。
「オレ、騎士になる!」
えいや、と棒っきれを振り回す弟に、少年はしかめっ面をした。
「その棒、どこで見つけたんだよ」
ちょうど剣にするのに、よさそうな大きさだ。しかもちゃんと剣の形になっている。だれが彫ってくれたんだろう。忙しい村の大人たちが作ってくれるとは思えなかった。
「ソレ、だれに作ってもらったんだ」
「ひーみつ!」
「言えよ!!」
どなって掴みかかろうとしたら、弟が「旅の人だよ!」と言う。
弟がそんなものを持っているのが、どうにも羨ましくなって、少年は力ずくで奪った。
必死で抵抗する二つ下の弟から奪うのは、少し悪いな、と思ったけれど。
「やだよ、にいちゃん、返せよ、かーえーせー!!」
「なんだよ、お前なんかが騎士になれるはず、ないだろ!」
「うるさいうるさい!練習するんだから、返してよ!!」
「オレだって騎士になりたいんだ。それに騎士になるなら、オレが先だろ!オレに貸せってば」
うっとうしく棒に取りついてくるもんだから、二人、奪い合いになってしまった。
勿論、勝ったのは兄である自分だ。
あんまりビービー泣くもんだから、少年は面倒になって弟を放っておくことにした。
その場に残すときにこう言って。
「そんなにこれが欲しいんなら、もう一回棒っきれを拾ってくりゃいいだろ。森にいくらでも落ちてる。そんで旅の人がいる間に『また剣を作って下さい』って頼めばいい」
「でも、森は今入っちゃいけないって……」
「じゃあ、あきらめろよ」
じゃあな、と言って弟に背を向けた。
それが、弟を見た、最後だ。
それから、弟が帰って来ない。
◇◇◇◇◇◇◇
夜、ある母親が村人に我が子が帰って来ないと訴えてきた。
すぐに捜索隊が組まれ、若者衆を中心に村の近辺を探し回る。
隣町、その隣町、と範囲を広げたが見つからず。
まさか、と思われた王都と森の捜索は明日に持ち越された。
「……森はこの間から入るなと村のもんに伝えてたはずだ」
村長が重々しく言う。
じゃあ森の中じゃあんめぇよ、とその息子が継いだ。今いる若衆の中でもリーダー的な存在だ。
「ジェシカさんも子供に言ってあんだろう」
「も、もちろん。い、言われてすぐに、息子たちには入らないようにって言った。あの子、いつもはすぐ上のカイルと一緒にいるし」
訴えてきた母親が、ぐるりに集まった捜索隊の人々に答える。
「カイルは何て?」
「そそれが、し、知らないと。昼過ぎまで一緒だったけど喧嘩したって。それからは見てないって……」
「そうか……」
囲んでいた中の一人が、ぽつりと零した。
「森に行ってなきゃ良いんだが」
それを聞いた村人の皆は、シーンと押し黙る。
数日前、森を超えた一つ向こうの村に親戚を訪ねに行った者が帰ってきた。その者が言うには、森に酷く荒らされた場所があったと。
獣が喰い散らかされたような跡、なぎ倒された小木、撒き散った枝。
それに捕食の痕跡からは、ほんの微かだが「闇の気配」もあったそうだ。
明らかに魔物の存在を匂わせるそれに、村人は森の異変を聞いた翌日には、王都へ知らせることにした。もう警備の者から神殿にも伝わったころだろう。
王都からの返事は未だだったが、「森へは入らないように」とだけ言われて、使いの者が帰ってきた。
それから村中に「森に近づくな」と知らせを回した。念のため、巡業でここのはずれに滞在中の一座の者たちにも伝えておいた。
「明日の朝まで待って帰って来なかったら……」
村長の息子が、大きな溜息をつく。
集まった面々を見回し、決断するように言った。
「森の中を、探そう」
◇◇◇◇◇◇◇
カイルは奮えていた。
一晩中、眠れなかった。
――オレのせいだオレのせいだオレのせいだ!!
きっと弟はあれから森へ行ってしまった。
カイルがあんなことを言ったせいで。
森の中で木を探せばいいだなんて、あんな馬鹿なことを言ったせいで!!
「……取らなきゃ、良かった」
剣の形をした棒。
木刀は、こんな田舎じゃなかなか手に入らない。
村の生活には必要のないものだし、ちゃんとした形の武器になりそうなものは大人しか持てない。子供の手にはとても入らないのだ。
だから弟の持つ、剣の形をした棒が羨ましかった。
――だけど、でも。本当に欲しいなら、オレが森に入ればよかったんだ。
「とらなきゃ、よかった」
棒っきれを嬉しそうに振り回していた弟の姿が、目に浮かぶ。
あんなに楽しそうにしていた。
騎士になるんだ、そう言って。
あんなに、あんなに嬉しそうにしていたのに。
それをオレが奪ってしまった!!
強引に、奪ってしまったのだ!!
「オレのせいだ!オレが奪ったりなんかしなけりゃっ!」
部屋の隅、うずくまって。
ベッドの中にも入れなかった。
だって、そんな資格、自分にはない。
今この瞬間にも、弟が森で怯えているんじゃないかと思うと、自分だけのうのうとベッドの中に入って寝るなんてこと、到底できなかった。
がたがた震えて、哀しくて苦しくて怖くて。
弟に、二度と会えないんじゃないかと思うと、堪らなかった。
母親は、まんじりともせず台所にいる。
昨夜、蝋燭一本つけた明かりの中、母は声も立てす、じっと台所の椅子に座っていた。きっと今でもそうしている。
――オレのせいで、母ちゃんまで苦しませた。
父のいないこの家で、頼りになるのは己だけだと言うのに。
その自分のせいで、苦しませている。
母も弟も、自分のせいで、不甲斐ない、自分のせいで!!
窓を見れば、夜明けの色だった。
「……たすけに、行かねえと」
きっと弟は待っている。
兄の助けを待っている。
兄なら助けてくれるって。きっとカイルを待っている。
朝日が一条、床に伸びた。
細かな埃が空に舞っている。
もう、朝が来たのだ。
「まってろ。にいちゃんが、助けてやっから」
のろのろと身体をおこし、カイルは立ち上がる。
一晩中、抱き抱えていたあの棒をしっかりと手に持って。
家から出るとき、ぎぃ、と立てつけの悪いドアが軋んだ。
「ん?ありゃ、カイルじゃねぇか」
朝早く目覚めてしまい、外を見ていた男が言った。
夜遅くまで捜索隊に加わって子供を探し回っていたが、見つからなかった。それからというものどうにも寝付けず、朝早く起きたのだった。
「あんな走って、一体どこに……」
まさか、と考えて、そんな筈はないだろうと思い直す。
首を振りつつ、茶でも飲もうと窓から離れた。
「まさかな」
呟いて、もう一度だけ振り返る。
――嫌な気分だ。とても、嫌な。なんだこれは。
窓の外。
カイルの姿はもう見えなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
カイルは森の中を歩いた。
弟が通っただろう所は、一通り。
だが、弟の影は無い。
「ロビン」
弟の名を呼ぶ。
最初は小さな声で。
「ロビン。……ロビン」
静まり返った森の中、音を立てるのが何故か憚られたのだ。
「どこだ。ロビン。ロビン!!」
しかし一度出した声は、徐々に遠慮知らずに大きくなる。
「ロビン、ロビーン!!出て来い、ロビン!!どこだーっ」
「おーい、おーい!!」
大声で、何度も名を呼びながら、来た道をもう一度探した。
「ロビーン!!もう大丈夫だ、兄ちゃんが来たぞー!!出て来い、ロビーン!!!!」
少し道からそれた、獣道を見つけてそこを行く。
ズボンからはみ出た足を、下草が擦った。切れて血が出たのか、じくじくと痛みを訴えたがカイルは迷わず歩き続ける。
「おーい、どこだーッ!!」
「ロビン、ロービーン!!」
獣道は歩きにくかった。
だが弟の小さな身体なら、楽にここを通ったかもしれない。
目の前を邪魔する枝が増えてきた。木の棒は皮肉にもこんなところで役に立った。
ガサガサ、と掻き分けるが、だんだん進みは遅くなる。
――ギャーッ!
――ギッ、ギッ、……ギ
「なんだ、今の声」
遠くで聞こえる、獣の鳴声。
なぜか、ひどく禍々しい。
「ロビン、ロビンッ」
呼ぶ声が、少しだけ小さくなる。
ケダモノたちに聞きつけられるかもしれないと思ったら、怖くなった。
「ロビンッ!!出て来いよ、ロビン、」
はやく。
はやくはやく、出てきてくれ。
願う気持ちが焦りを産んで、運ぶ足が速くなる。
カイルは細い獣道をひたすら行った。
ガサガサガサ!
――少し、もつれた。足がいたい。
邪魔な木の枝をどけて進む。
――そうだ、そうすれば、もう少し進める。もう少し、もう少し。先へ。
いつまで進んできただろう。
ガサガサッ、と棒を払い広げた視界の中、
「な、んで……」
たどり着いた木の根もとで、カイルはソレを見つけた。
「うわああああああああ!!」
深い緑の、布の切れ端。
「ロビン、ロビンロビンッ!!」
ロビンが着ていた上着の色の。
「ああ、あああああああ!!」
千切れた布。
ハンカチの大きさもない。
握りしめて、わめいた。
「わあああッ、あ、あ、ああああああああッ!!」
なんで、どうして。
涙がぼたぼた零れ、視界がゆがむ。
どうして、なんで。ロビンがどうして。
布を握った手を地に叩きつけて、
「なんでどうして!!」
壊れたように、同じ言葉を繰り返した。
「ギャアアッ!!」
「ギーッギャー!!」
驚くほど間近に泣き声がした。
いつの間に近づいたのか。
布に気を取られ、気づかなかった。
振り向いた先には、醜い醜い化け物がいた。
本能的にカイルは悟る。
こいつらだ――と。
こいつらが、ロビンを殺した。
こいつらが、ロビンをッ!!
「ギャア、ギャアアアアーッ!!」
猿に似た顔。
真っ赤な顔に黒い身体。
魔物だった。
羽をはやした醜い化け物が、カイルを目がけて飛んでくる。
何匹も、何匹も。
「わあ、わああああ!!」
やみくもに木の棒を振り回してカイルは叫んだ。
恐怖と憎悪と、ぐるぐる渦巻いて、身体と頭がバラバラだ。
「ギャアー!!」
「ギイギーィイイイイー!」
どん、と鈍い音。
棒に当たった一匹が歯をむいた。
「ギャアーアアア!!」
「うわああああああ!」
真っ赤な口、鋭い歯。
垂れたヨダレが、目の前に落ちた。
カイルは恐怖に目を閉じた。
――もう、だめだ。
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