暗雲
風見鶏一座が王都近くの村にいる、と聞いて麻耶はコーラカルを誘った。
「皆に会いに行こうな」
「はいっ!!」
少年は酷く喜んで、一もにもなく頷いた。
城下でルカと散策をした時、一座が王都での巡業を予定していることを知った。
詳しいことを聞いてみると、彼らは今、小さな村のはずれに天幕を張っているらしい。一月近くの長い巡業になるため、生活基盤をしっかりさせる必要がある。それには井戸などが借りられる場所が好ましいそうだ。また王都の街道近辺では、大々的に天幕を張りづらいこともあって(何せ動物までいる大所帯だ)、彼らは村の許可を得て、そのはずれに天幕を設営していた。
あれから麻耶は稽古続きの毎日だった。
実剣を使った武術訓練、騎乗訓練。
身体を鍛え、その動かし方を学び、実戦を積む。絶え間なく鍛錬に明け暮れていたこともあり、なかなか王城から出られない日々が続いた。
コーラカルを誘ったのは良いが、正直、時間の都合がつかなかった。
いつ、という確約はできないままに暫く日が過ぎて、気づけば試合当日になっていた。
「結局、会えなかったなあ」
朝一番で、麻耶はハルバードの手入れを念入りに行っていた。バスタードソードの手入れは、もう済ませている。
今日は『守護騎士』の座を賭けた御前試合という、けっこうな大勝負がある。その前に、世話になった気の良い連中に会って英気を養いたかったのだが、結局今まで叶わなかった。
御前試合は、一般の者に公開されないため、一座の者を招待する訳にもいかない。
今回の試合次第では、麻耶の『守護騎士』の名が使えなくなるというのに、彼らに知らせることもできなかった。あれほど盛り上げてくれた一座に対して、何も告げずにいるのは気が引けるのだが。
麻耶はハルバードを熱心に磨き上げながら、うなって考えた。
「うーん、無理ってわけでもない、かな」
試合は今日の午後だ。
午前中なら丸ごと空いている。
ハルバードの手入れを終えると、麻耶は立ち上がった。バスタードソードも手に取り、両手に剣を構える。
勢いよく振ると、ブンッ、と良い音が鳴った。ひとしきり振り回すと、手慣れた仕種で背中に収める。
「よし、行こう」
言葉に出せば、決意が固まった。
村の場所は知っている。
馬を使えば行って帰っても2時間と掛からないと聞いた。
彼らに会えば、少年はどれほど喜ぶことだろう。
コーラカルの満面の笑みが脳裏に浮かんだ。
「……道に迷わねえようにだけ、しないとな」
迷子になって不戦敗。
それだけは避けねば。
さすがにもう、いろいろと悟っている麻耶だった。
◇◇◇◇◇◇◇
「おお、これはなんと!!思っても見ない顔じゃないか」
道中、無難に事もなく、コーラカルと麻耶は村はずれについた。
「団長さん、それにリデルさん!」
馬上から声を上げたコーラカルに続いて、麻耶も「お久しぶりです」と挨拶を続けた。
馬を止めると、よっと掛け声をかけて、コーラカルを降ろす。
この世界に来て、麻耶は随分、馬の扱いに慣れた。馬も剣もあちらの世界では滅多に触れることもないものと、深い縁が出来たものである。
「こりゃアたまげた。マイヤーさんは随分立派になりなすったもんだ」
麻耶を見て、団長が笑いながら言う。
仮とは言え、近衛騎士の隊服を着込み、背に大ぶりの剣を二本も背負った麻耶。
王都の近く、と言っても6キロ近く離れた村外れまでくれば十分田舎だ。黒馬に乗ってやって来た騎士は、ここでは、ものすごく目立った。
「団長も、お元気そうでなによりです」
「ははは、あれからそんなに経っちゃァねえからなあ。……と、ぼうず、お前も元気そうで良かった。シリブローはどうだい」
「聞いて下さい、団長さん!シリブローったら聖女様のお気に入りになって!!あ!ぼくも、ぼくも聖女様のおつきになったんですよ!!今はシリブローと一緒に聖女様に仕えてるんです」
コーラカルが、目を輝かせながら報告する。
手には早速、団員にもらったのであろうお菓子があった。やはり少年は相当可愛がられているようだ。
「そりゃア良い。神殿に残ってるかと思ったが、やっぱりぼうずはマイヤーさんと一緒だったんだなあ。まあこうして会えて良かった」
さきほど迎えてくれたリデルが、他の団員に声を掛けに行ったらしく、ぞくぞくと人が集まってくる。
村の方からも、ちらちらと人が顔を覗かせていた。
「立ち話も、なんだ。あっちに座るかい」
天幕と天幕の間、野外の焚火用に組木がしてある場所に、麻耶たちは案内される。もちろん昼日中の今、火は焚かれていない。
他の団員達も集まり、皆で円座になって座った。
懐かしい顔ぶれがそろい、一人、また一人と楽しそうに話しかけてくる。
「こぉんなに出世するンなら、ちゃあんと唾つけときゃ良かったわねぇ」
「おい、アンジー、早速浮気かい」
「あらやだ。旦那に言わないどくれよォ」
婀娜っぽく言う歌姫に、座がどっと沸く。
「旦那……アンジーさん、結婚を?」
「いやぁ、結婚、ってほど正式なもんじゃないんだが。アンジーがついにプルーシャ男を落としたって話さァ」
「ええっ!プルーシャ男って、ヤロスラーフさん!?」
コーラカルが驚いて聞き返すが、麻耶も意外に思って話を聞いた。
剣舞をする以外は、団の雑用を一手に引き受けているヤロスラーフ。傭兵の経験を活かして用心棒まがいのこともする。表舞台に立つことの少ない彼は、どちらかといえば目立たない方だ。
あの真面目を絵にかいたような彼と恋多き歌姫の馴れ初めは、なんとも気になる所である。
「おうよ。昔っからコナかけてたが、ようやくあのお堅い男をアンジーが口説き落としたのさ」
「へえー!」
「なによぅ、あたいが手こずったみたいに言わないでちょうだい」
「とかいって、アンジー、お前昔っから、あの男びいきだったじゃねぇか」
「おお!」
はやされたアンジーが頬を染める。
まさかの歌姫の恋路に麻耶も微笑ましくなり、笑って心から祝福した。
団員たちの暴露話やちょっとした出来事、こちらの話をしていると、話は大いに盛り上がる。
特に今日の守護騎士を賭けた試合のことを告げると、団員一丸となって麻耶を応援してくれた。
「がんばれよ!マイヤーさん!!」
「なんたってウチの看板演目『守護騎士マイヤー~聖獣を連れた伝説の騎士~<出会い編>がかかってるからな」
「ぶッ!なんですかそれは!!」
ビラを片手に言われて、麻耶は飲んでいたお茶を噴いた。
「ちなみに<魔物討伐編>が次の演目予定だ」
「そんでその次は<聖女と結婚編>な」
「ないない!それだけは絶対ない!!」
慌てる麻耶に、どっと座が湧く。
まるで飲み会のようなノリで皆が大笑いしたのだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
もう、そろそろ帰ろうか、ということになって、三々五々に立ち上がる。
「今日は楽しかった」
「こちらこそ!試合もあって忙しいってえのに、わざわざ足を運んでくれて、嬉しかったよ、マイヤーさん」
「頑張ってくれよ。俺たちみぃんな応援してっからよ」
「興行が始まったらウチのを見に来て下さいよ」
「ええ、ぜひ。今度もコーラカルと一緒に行くよ」
ははは、と笑い合っていると、そう言えばとコーラカルがきょろきょろと辺りを見回した。
「あの。ぼく、ずっと気になって探してたんですけど……ヤロスラーフさんは」
「ああ。あいつなあ。すぐに来ると思ってたんだが、そう言えばおかしいな」
リデルが首をふりふり返事をする。
「あいつは朝、村の手伝いをするってんで、あっちにいるはずだったんだ。でも呼びに行ったとき、いなかった。伝言は頼んじゃいるんだが、……まだ来てねぇな」
「村には世話になってるし、持ちつ持たれつってことでな。団員が毎日交代でなんかしら村の雑用をやってるんだ」
リデルを受けて、補足するように団長が言った。
「でも……あの人、コーリャがここに来たって知ったら、真っ先に帰ってくるはずだけどねえ」
どうかしたのかしら、とアンジーが気遣わしげに顔をしかめる。
「ヤロスラーフさん、どうしたのかな」
帰り支度をしながらも、コーラカルが寂しそうに呟いたときだった。
「た、助けて下さい!!」
黒馬のそばにいる麻耶たちの元に、真っ青な顔をした女性が村から駆けてきた。
「息子が……!!息子がまだ森に入ったままで!!」
麻耶に縋り付きながら、女性が叫ぶ。
「ま、魔物が!魔物が出たかもしれないって!!」
空気が一瞬で、凍った。
「騎士様、どうか!息子を!!息子を助けて下さい!!」
読んで下さってありがとうございます。
次回の更新、今晩にできたら……と思ってます。
良かったらお付き合いください。




