『守護騎士』2
王宮に来てから、武志の周囲は賑やかになった。
神殿とは比べものにならないほどの人数が働いている王宮だ。『聖女イーシャ』の周りにも大勢の側使えが侍ることになった。
また武志にとって大きな出会いもあった。
一人と一匹――旅の間の身の回りの世話をしてくれる者、として新たに少年が紹介され、その少年が世話をしている『聖獣』と親しくなる機会があったのだ。
『聖獣シリブロー』。
これがまた武志のドツボだった。大の動物好き、中でも超犬好きの武志である。シリブローを見た瞬間、強烈に惹きつけられてしまった。まるで恋に落ちたかのように。
「この子、オレ……あ、私の部屋で飼えないかな」
「聖女様の、ですか!?」
コーラカルとシリブローを紹介された日。
会ってすぐに、運命を感じた武志はそう言ってしまっていた。
コーラカルは勿論のこと、それを聞いていたらしいメイドたちも驚いたのか、部屋で何かを取り落す音が聞こえる。
「えと。私の部屋は無理でも、近くの他の部屋で。駄目かな」
「駄目というよりなにより……そんな、考えたこともなくて……」
「今、シリブローはどこに寝てるの?」
「厩舎の少し離れたところに隔離馬房を設けて貰ってて、そこで」
「そんな!外飼いなんてしなくても!!『聖獣』なんだし、部屋飼いしようよ」
――大体、海外セレブは猛獣を部屋で飼ってるっぽいじゃん!よく知らないけど!!
「ぼくは構いませんけど……」
「じゃあ、アレックスに聞いてみるよ。ここ広いんだからさ、きっと大丈夫!!私の部屋は出入り自由ってことにして、あと聖獣用の部屋の一室くらい用意してくれるって」
自分でも少し強引かな、と思いはした。しかし、一目あっただけでここまで心惹かれる存在に出会ったのは武志も初めてで、もう絶対に『この子』は離せない、と思ってしまったのだ。
こうなった武志の押しは強かった。
その日のうちにアレックスを呼んで常からは考えられないほど熱心に『お願い』し、強引にシリブローを飼う許可をもぎ取った。
アレックスも武志からの滅多にないおねだりが嬉しかったのか、いつもは何かを欲しがらない聖女がここまで言うならと快く了承してくれた。
豪華絢爛な宝石にもドレスにも興味を示さない、まさに聖女のイメージに相応しい清貧にして高潔な聖女イーシャ。
唯一側に置きたいと願ったのは『聖獣』。
もうひとりの『聖女』が見向きもしない礼拝堂に、毎朝『聖獣シリブロー』を従えて向かう姿が、王宮中で噂されるようになり。
それは図らずも、武志の評判を上げるのに一助を担うことになった。
麻耶の守護騎士を賭けた御前試合の日時も決まり、王宮暮らしに徐々に慣れ始めた頃。
武志は思わぬ来訪者を受けた。
「『守護騎士』と名乗る、その、マイヤー様ではないお方が、聖女様にお目にかかりたいとお見えになっていらっしゃいますが」
「えっ!?」
思わぬ、というよりいよいよ、とでも言うべきか。姉の『ライバル』が武志の元へとやって来た。
「どういたしましょう」
「……お通しして下さい」
刹那、迷ったが、すぐに承諾する。
姉に挑戦状を突きつけてきたのが、一体どんな野郎か顔を拝んでやりたかった。
――ネコ被らなくっちゃ!!オレは聖女オレは……じゃない、ワタシは聖女私はイーシャ私は、キヨラカナセイジョ・イーシャ……
「よっしゃあ!」
「聖女様?」
「なんでも!ないです!!」
ネコが滑り落ちる所だった。
「聖女イーシャ様、貴き玉体、お初に見え致します為、参上仕りました。グラハム・ヘイズと申します」
男は部屋に入るやいなや、武志に向かって膝を付き頭を垂れた。
「イーシャ・センディアです」
「ご尊顔、是非とも拝謁致したく、こうして推参しましたこと、先ずは深く陳謝致します」
――ヤバいやつきた。
身もふたもないが、これが武志の第一印象である。
もつれそうな懇切丁寧な口上からは、彼の真意がどこにあるのか分からない。
身に付けているのは軍服で、マントに刺繍された模様『金色の目をした黒の鷲』は、彼が左軍に所属していることを示していた。俯いているため顔は見えないが、身体は鍛え上げられた騎士らしくがっしりしている。
「お、御身、上々に」
身体を楽にして、顔を上げて、元に戻して――という意味のこちら流の言い方だ。覚えていて良かった。
多少つっかえたが、武志が精一杯上品な調子で伝えると、男は今一度深く礼をした後、ゆっくりと立ち上がった。
短く刈り込んだ金髪。榛色の瞳は鋭い目つきだ。
整った顔立ちと軍服で、イケメン度もかなり高い。
「ああ、イーシャ様……!」
そのハンサムな顔が武志を見た途端、うっとりとした表情になった。
「どんなにお会いしたかったことか……!」
「へ?」
ずい、と近寄られて、思わず一歩後ずさる。
「グラハムです。グラハム・ヘイズ――グラハム、とお呼び下さい」
「ぐ、グラハム卿」
ぐぐ、とまた近寄られて、また一歩引いた。
――近い、近い!顔、近いって!!
「どうか、グラハムとお呼び捨てを」
「ぐグラハム?」
「ああ!!」
感極まったのか、大股で距離をつめられる。
ぎゅ、とついに手を握られて、「ひゃあ!」と思わず悲鳴が上がった。
「て、て、手をお離しになって!……いい加減、離して。離し――もう離せってば!!」
この変態野郎!と武志が振りほどきそうになったとき、
「聖女様!」「イーシャ様!」
口々に非難の声を上げたメイドが慌てて駆け寄って、なんとか事無きを得たのだった。
「改めまして、突然の来訪を重ねてお詫びいたします」
応接セットに腰を落ち着け、お茶の用意が終わった後、グラハムがもう一度非礼をわびてきた。
「いえ、もう」
こうして気を落ち着けて対峙してみると、相手のことが良く観察できる。
武志が感じた限り、相手に敵意は全くなさそうだ。敵意どころか、『聖女』に対して非常に尊敬しているような口調と態度だった。
「それで……あなたは、守護騎士として『覚醒』なさったのだとか」
どうせウソだろう、と思いながら武志は尋ねる。相手の出方次第では、グラハム・ヘイズというこの男は今後、姉と自分の『敵』になるわけだ。
「そのことに関してですが。私は謝らねばなりません」
「なぜです」
「聖女様はもうご存知なのでしょう。私は本当は『覚醒』したわけではないからです。なのに守護騎士を名乗り出ました」
カップに伸ばしかけた手を、武志はピタリと止めた。
――なるほど、こうきたか。
顔色を伺うが、グラハムに悪びれた様子はない。それどころか、とても真面目で真剣な顔つきで武志を見ている。
言葉にも、一片の疾しさもなかった。
「……なぜ、そんなことを」
「噂で聞いたのです。平民出身の……しかもあまり褒められたと言えない出自の、子連れの男があなたの守護騎士になったと」
「でもそれは誤解でっ」
「ええ、分かってます。その後、随分遅れて届いた情報で、彼は聖獣を従えた英雄だったのだと知りました。子供も彼の子ではなく、行き場のない孤児を救っただけなのだと」
「じゃあ」
「しかし申し出を取り下げる気はありません。私は是が非でもあなたの『守護騎士』になりたい。今日イーシャ様にお目通りして、ますますその思いは強くなりました」
言い切った端々から強い意志を感じる。
「なぜそこまでして、私の守護騎士になりたいと願うのです」
熱い視線に耐えきれなくなって、武志は目を伏せお茶を飲むふりをした。
「あなたのことを聞きました。聖女に相応しい高潔な人柄、しかしメイドにも平民にも分け隔てなく気さくに接して下さる。聖獣も今ではあなたに懐き、常にイーシャ様を守護なさっているそうではありませんか」
そのとき、武志の足元で寝そべっていたシリブローが、パタパタと自己アピールするかのように尻尾を振った。
本当にまるで言葉を完全に理解しているようだ。
「しかし『守護騎士』はグラハム、あなたではありません。あなたの言うように、女神に選ばれた『守護騎士』はマイヤーです。彼は声を聞いたのですから」
それが『覚醒』とイコールかどうか分からないが、武志は麻耶が「女神の声を聞いた」を押し通すつもりだった。
「ですから、試合に敗れるならば諦めます」
「え?」
「分かっているのです。彼が守護騎士だということは。しかし過去には『覚醒』しなかった者が守護騎士を務めたことがある。だったらより強く、相応しい者が今回も『守護騎士』となるべきです。どうか、私にあなたに仕える栄誉を賜りますよう」
この試合で見極めて下さい、と切々と訴えかけられた。
その後も武志はなんとか思いとどまるよう説得を試みたが、
「もともと守護騎士になりたかった」
「イーシャ様のお側にいたい」
「負けたら潔く諦めるし今後はマイヤーへの助力もする」
と言い募るグラハムの熱意にとうとう負けて、イーシャは試合に勝ったらグラハムを守護騎士として認めるという約束をしてしまった。
試合まで、もう10日を切っている。
約束をしてしまった以上、もう引き返せない。
――ねえちゃん、頑張ってくれよー。
麻耶から聞いた女神加護の数々を信じるなら、姉は相当強いはずだ。
それを信じるしかなかった。
武志は会見で疲れ切った心を休めるように、シリブローに抱きつく。
「ああ、いやされる……」
フン、鼻息一つと尻尾の一振りで、シリブローはそれに答えた。
読んで下さってありがとうございます。
今回、もう一人の立役者が出ました。さて次は、いよいよ試合当日!
次回更新は、今日中にする予定。




