泡沫の時間
試合は2週間後に決まった。
陛下への公式謁見及びお披露目は、さらにその1週間後だ。
実は王への非公式な拝謁については、身分があやふやな麻耶以外、王宮に到着した日にそれぞれもう済ませている。
麻耶以外、つまり『聖女イーシャ』、『聖女マリナ』と『守護騎士ライル』だ。
ちなみに王について武志に聞いたところ、
「アレックスのお父さんってめっちゃ王様だった!まさに『バーン!陛下です!!』って感じで威厳のカタマリだった」
という返事がきた。さすが武志。印象以外、何も伝わってこない。
麻耶の訓練は現在、武器を手に入れて以降は、木刀ではなくハルバードとバスタードソードを使ったものになった。
もう一度言おう。
ハルバードかバスタードソードか、ではない。
ハルバードとバスタードソード、『2本』ともだ。
「これ、無茶、な気がっ、するん、だがっ」
ガッ、ギィン、ギィーンッ!
バスタードソードを両手にシャリオンの猛攻を受けきる。
相手も大剣ブロードソードのため、キンキンという軽く甲高い音ではなく、一音一音が重々しく鐘を鳴らすような音がする。
「慣れ、です、よっ、と」
ガァーン!!ひときわ重く鉄を打つ音。
バスタードソードとブロードソードががっぷり四つに組んだ。こうなったら技ではない。力比べとなる。
ギギギ、としばし競り合って、
「ハッ」
両者とも相手を押し退け、間合いを取った。すかさず剣を払い合う。
今回は一瞬早く麻耶が動いた。
両手握りのバスタードソードを右手一本で振り上げたのだ。
ゴン!!
鈍い音に
「マイヤー!!」
シャリオンの声が被さって、麻耶はピタリと動きを止めた。
審判を見れば、麻耶の旗の色が上がっていた。
一本、勝負あり。
麻耶の勝ちである。
「さすがだな。マイヤー殿は一手ごとに強くなる。しかもハルバードを背負ったまま、よくあそこまで動いた」
「最後のあたり、なんとか慣れることができましたんで。シャリオン殿のお陰ですよ。それにシャリオン殿はやはり強い」
――いくらハンデつきったって、このチートと互角に戦ってんだから、アナタめっちゃ強いって!!
互いに礼を交わして、剣を背に収めた。
二人とも大剣なので、腰に帯びることはない。
「それにしても……すごいな」
麻耶の姿をみてシャリオンが感心したように言う。
「ははは。両方持つとなったら、これしか方法はありませんからね」
笑いながら答えて、麻耶はくるりと背を向けて見せた。
バッテンに交差させて大剣二本を背負っている。
遠距離用にハルバード、近距離用にバスタードソード。
どちらも一長一短ある武器を、実戦で両方使うことに決めたのは麻耶自身だ。
そして麻耶は今、その剣二振りと『仲良く』なるために、四六時中身に付けて生活している。
そう、剣はトモダチ。こわくない。
「重いだろう」
「はい」
トモダチだけど。
少し気の毒そうな顔になった人間の友人が、まあ、頑張れ、とばかりに麻耶の背を叩いた。麻耶も苦笑いだ。
二人で歩いて試合場から離れる。練武場の出口まで来たとき、麻耶はふと思い出して告げた。
「ああ、それから。シャリオン殿、明日はよろしく頼みます」
「『白薔薇殿下』の護衛な、任せとけ。ああ、あと、」
マイヤー殿の迷子のお守りもだったか、と軽口を叩くシャリオンに、今度は麻耶がその背を叩いた。
◇◇◇◇◇◇◇
『一度でいいから、友と一緒に城下を歩いてみたいです』
そう言ってくれたルカだったが、流石に二人きりでの城下散策は叶わなかった。
そのかわり、と許可が出たのが、近衛騎士をもう一人連れてのお忍び歩き。選ばれたのはシャリオン・ギャロウグラス近衛騎士隊副隊長だった。と、いうより麻耶が彼を推薦した。
通常なら王族一人一人に近衛騎士が専属でついているのだが、ルカの場合、専属はいない。今まで外出がほとんどなかったためだ。滅多にない公務に出るときも、王城内部のみ。王子用の別邸から本宮までのわずかな距離とあらば、専属など勿体ない、という訳だ。ルカの護衛はずっと近衛騎士交代で行っていたそうだ。
そういう訳で、今回、一緒に出歩くことになったシャリオンは、ルカとあまり面識がなかった。しかも王子たっての希望もあり、護衛ではなくあくまでも『友人の連れ』として城外へ付き添う。
お相手が深窓の姫君、ならぬ深窓の王子『白薔薇殿下』だ。
シャリオンは、会う前からすごく緊張していた。
「おい、シャリオ……シャル、大丈夫か」
待ち合わせの城の裏口の通用門前。
ソワソワと落ち着かないシャリオンに麻耶は声をかけた。さきほどから足踏みしたり、頭をかいたりと、緊張ぶりが伝わってきて面白い。
「いや……あの殿下のお顔を近くで見ると思うと……」
「あー」
――シャリオン、お前もか。
まあ、あの美貌である。みんなそんな風になるのだろうなと、麻耶も納得した。
「お待たせしましたか」
おはようございます、と、羽のような軽やかさで声がかかる。
視線を向ければ、ルカが近づいてくるところだった。
光を受けてキラキラ煌めく淡い淡いストロベリーブロンド。けぶるような睫毛の下には大きく澄んだペリドットがこれまた輝いている。
ほっそりした肢体は相変わらず光にとけそうな儚さで、やっぱりひどく現実離れしていた。
「ルカ!おはよう。大丈夫だ、そんなに待ってない。それより、その、何とかならなかったのか」
「なんとかって?」
「……いや、なんともならなかったんだろうな」
メイドの苦労は報われなかったということだ。
シンプルな服装でも全身が輝きまくっているため、全くお忍びになっていない。あと美人にもほどがある。メイドも頑張ったんだろうに。
平民に身をやつしたつもりだろうが、到底そうは見えなかった。しかし『貴人がお忍びしています』とは思われても、まさか王子だとは思われないだろう。
こういうとき王族として顔を知られていないのは幸いだった。
「今日は絶対、俺たちから離れないでくれよ、ルカ」
「ええ、マイヤー。それから、シャリオン。今日はよろしくお願いしますね」
ルカが今度はシャリオンに顔を向けて挨拶する。
にっこりと、フェアリーに微笑みかけられ、シャリオンは見事にどもった。
「もももちろんです。こ、こ、こちらこそよろしくお願い致します、ルカス殿下」
「しっ、」
ルカは右人差し指で、そっと唇を押さえた。
「だめ」
ルカですよ、と片目をつむって、いたずらっこのように言う。
――ボン!
それを至近距離で喰らったシャリオンの顔がものの見事に真っ赤に染まった。
なんにも動じなさそうな、立派な体格の大男が。
あの鬼の近衛騎士隊副隊長シャリオン・ギャロウグラスが、だ。
天使のウィンクが決まった。
こうかは ばつぐんだ!
「……まあ、がんばれ。いや頑張ろうぜ、俺たち」
麻耶は固まっている友の背を促して、歩き始めた。
◇◇◇◇◇◇◇
「あ、あれは何?」
「庶民の食べ物で、『チャーハル』という焼き菓子です」
ルカが楽しそうに、あれこれと質問を繰り返す。答えるのは、もっぱらシャリオンだ。当たり前だがこちらの知識のない麻耶には答えられない。しかし麻耶にとっても、この街歩きはとても面白かった。
当初の懸念とは裏腹に、麻耶、ルカ、シャリオンの三人づれは、目立ちまくってどうにもならない、というほどでもなかった。お忍び中の令息とその護衛の傭兵二人、という体はどうしても拭えなかったが。
目立たなかった大きな理由に、普段以上の人混みがあった。
3週間後には、聖女のお披露目が予定されている。
それに前後して開催される一週間の祭りに向けて、人も物資も城下にどんどん集まっていたのだ。
「ふ、はあ。これ、おいしい!」
こくこく、と果実水を飲んでルカが言う。
ここで『グビッ、ぷっはー!』とならないのが、フェアリーだ。いやルカだった。
「んー、<桃>、か?」
麻耶が首をかしげると、シャリオンが「ヤーブルイだ」と答えた。どうやらチート翻訳は無いものを1対1で置き換えることは出来ないらしい。
「ヤーブルイ、ね」
ほんのり酸味の効いた桃のようなベリーのような味。
異世界産のしぼりたて無添加ジュースは、現代っ子の麻耶にはなかなかの贅沢品である。
三人で一緒に時を過ごすにつれて、どんどんシャリオンの肩から力が抜けていった。麻耶もルカとこれほど長く一緒に居たことはない。彼の色々な表情が見れて、麻耶も嬉しかった。
どんな話をしても、面白そうに聞いてくれるルカに、ネタはつきることなく話は弾む。特にシャリオンの武勇伝や麻耶の巡業での話、『聖獣シリブロー』のことなどは、ルカの興味をひいたらしい。もっともっとと先をねだる様子が、まるで幼く頑是ない子供の様でなんとも可愛かった。
あれこれと少しずつ飲み食いし、店を冷やかしていると、気づけばかなりの時間が経っていた。
遅くなったが、昼ご飯は店ではなく、やはり気軽にと屋台での買い食いを選んだ。
初め、王子殿下には落ち着いて食べられる店をとシャリオンが渋ったが、ルカが「おねがい」と、ねだれば速攻で副隊長の砦は陥落した。
広場のベンチを見つけると、それぞれがチョイスしたものを手に座る。
するとどこからかヒラリ、と紙が目の前に落ちてきた。
『大好評!!風見鶏一座の王都巡業、開催!!』
ビラには、大きく書かれた文字が躍っている。
「おっと。噂をすれば」
「ああ、これがマイヤーの?」
シャリオンとルカがビラを見て麻耶に尋ねた。弟と違って簡単な文字はもう読めるようになっていた麻耶は、それを見て頷いた。
「かざみどり、……ああ、そうだ。はは、懐かしいな」
別れてからさほど経っていないのに、もうそんな風に感じる。
「では、会いに行かなくてはね、マイヤー。で、しょう?」
ルカに問われて、麻耶は「ああ」と返した。
顔を思い出すと、途端に、この友人、いや恩人たちに会いたくなった。
旅立つ前に、一度でも会っておきたい。
「会いに行くよ」
もう一人、会えば必ず喜ぶであろう少年の姿が思い浮かぶ。
コーラカル。シリブローも一緒は無理だろうか。
「決まりですね」
ルカの言葉に麻耶は、もう一度頷いた。
「ああ、会いに行く」
ビラは丁寧に畳んで懐にしまう。
それからは三人で、味の批評をしあいながらワイワイと昼ご飯を終えた。
食べて飲んで、店に寄って。
日が少し傾いたことで、シャリオンと麻耶は目を交わした。
約束されたタイムリミット。
泡沫のような楽しい時間の終わりが来た。まるで楽しかった遠足が終わってしまったかのようだ。
物足りなさとほんの少しの寂しさと、感じたのは麻耶だけではなかったのだろう。
口数が減ったまま、三人は王城へと向かった。
「今日は楽しかったな」
麻耶の言葉にルカの足が止まる。
「ありがとう」
朱色が濃くなりつつある空の下、別れる前に見たルカの顔。
泣きたくなるような、綺麗な微笑。
儚い、はかない、ルカの笑顔、きっと一生覚えている。
――ああ、でも君はどうしてそんなに儚い?
胸を突かれるそれに、麻耶が何かを言う前に、王子は迎えに来た騎士と一緒に去っていった。
「終わったな」
「ああ」
残されたのは大男二人。
「じゃあな」「おう」
それぞれ手を上げ、別れを告げた。
――楽しい夢よ、さようなら。日常よ、お帰りなさい、か。
さあ、明日も訓練が待っている。
読んで下さってありがとうございます。
王都を中心に役者がそろいつつあります。
今回もうダメかと思った一日一更新。
だれか褒めて……(おい)調子に乗りましたすみません。




