『守護騎士』
カン、カン!
カン、カン!
晴天の下、城内練武場に乾いた音が響く。
カンッ!!ッカァン!!
「そこ、もう少し踏み込んで」
カンッ!
練習用の木刀が高い音を立てて弾かれた。
「っしっ!っくそ!」
――ッガ!!
大きく踏み込み、打ち込んだつもりの刃が受け止められて止まった。
じりじり、と刃と刃を合わせて力を込めて、麻耶は相手を押し切ろうとする。
「……さすがに力強いですな、マイヤー殿」
「貴殿こそ」
麻耶は相手の膂力に、苦笑いした。
シャリオン・ギャロウグラス。
右軍大将ギャロウグラス卿の長男で近衛騎士。麻耶と同じ体格をした大柄な男だ。
「はっ!」
――舐めんなよ、女神加護!!
単純な腕力比べなら、負けない自信がある――と思ったが。さすが現役近衛騎士、敵もさる者ひっかくもの。
ギギギギギ、擦れる刃と刃が嫌な音を立て、ついにミシリと悲鳴を上げた。
「っは!」
「ぐッ!」
両者とも一瞬の呼吸を読んで、ばっと後方へ飛び退く。
麻耶が次の一手に備えて、再び木刀を正眼に構えた。
さあ、もう一度、と腕に力が入ったところで、
「そこまで!」
横から声が掛かり、麻耶は詰めていた息を吐いた。
「ふううー」
気づけば手に汗が滲んでいた。
木刀を下ろし、相手をしてくれたシャリオンと審判役の兵士に軽く手を上げ会釈をする。異世界流の礼をすると相手からもそれぞれ同じ礼が返ってきた。
「ありがとうごさいました」
「こちらこそいい汗をかけました。いやはや、マイヤー殿はどんどん上達されるな!」
シャリオンが屈託なく笑って手を伸ばす。
麻耶もそれをぐ、と握り返して、はははと笑った。
「今まで剣を握ったことがないなど、俄かには信じられませんでしたが……」
「見ればわかるでしょう。ホラ俺の手にはマメがない」
ひらひら、と麻耶が手を振って見せるとシャリオンが感心したように言う。
「まったく手ごわい方だ。それで、この腕前とは。さすが『守護騎士』だ」
「いや……それは、まだ保留ってことで」
麻耶が肩をすくめると、シャリオンも頷いた。こちらの『事情』は相手もむろん承知している。
練習も一段落したところで、相手が練武場の隅へと顎をしゃくった。
「一息、入れましょうか、マイヤー殿」
「ええ、ギャロウグラス卿」
麻耶はシャリオンの後に続いて、ベンチへ向かった。
王都について一日が経つ。
麻耶はこの日、午前中に剣の稽古をつけてもらった後、午後から対人格闘術と武器選びをすることになっていた。
明日も一日中、剣術メインの武芸全般と更には騎乗の練習が入っている。かなりなハードスケジュールだ。
それもこれも、あの急報の所為である。
王都からの連絡が来てすぐ、麻耶たちは動くことになった。アレックスの許可を得たコーラカルとシリブローを連れ、馬車でおおよそ二日かけて一行は王都へたどり着いた。マティウスたちは、まだ神殿に残したままだ。
アレックスの話によると、守護騎士として『覚醒』したと名乗りを上げたのは有力貴族の子息らしい。そんなことが可能なのかと聞けば、可能だとの返事が返ってきた。
異世界から召喚される聖女と異なり、守護騎士はあくまで自己申告制。本物かどうかを見分ける方法はない。
それ故、守護騎士の存在については様々な事例が文献にはあるという。
聖女召喚の後に守護騎士がすぐに『覚醒』して認められることもあれば、なかなか見つからず、召喚後数か月経ってから現れることもある。守護騎士がすぐに見つかるかどうかは聖女の力の差によるとも信じられているが、そこは定かではない。ただ守護騎士の発見が遅れた場合、聖女の活動に支障が生じてしまう。そのため、すぐに見つからなければ国王が騎士を公募し、勝ち抜き戦で決めるようだ。後に『覚醒』者が名乗り上げてくれば、その時また選定し直しすらしい。
今回、麻耶が平民出身(しかも噂では怪しげな『旅芸人の子連れ』)であると知られたことで物言いがついた。「我こそは」と、おそらく腕に覚えのある者が、守護騎士を志願してきたのだ。自ら『覚醒』したと主張して。
結局、守護騎士の座をかけて御前試合が行われることになった。
そのことについて、アレックスは
「申し訳ありません、イーシャ様。お心をわずらわせてしまいました。もっと私が王都貴族の動向に目を向けていれば、あるいは事前に……」
と非常に申し訳なさそうに武志に謝っていた。
武志に。
そう、武志に、だ。一番ド迷惑をこうむる予定の麻耶にではなく。
麻耶には「当然だが負けるような無様な真似はするな」で終わりである。
本当に、あの男は麻耶に容赦がない。
いや、武術の心得がないと分かって、稽古をつけてくれる先生を用意してくれただけましなのか、と麻耶は考えて。
――うん、ご機嫌取りだよね、武志への!
確信をもって断言できた。
アレックスは「イーシャ様のために」で動いている。
「……イヤー殿、マイヤー殿?」
「ああ、すみません、ギャロウグラス卿。少々考え事をしていました」
ベンチで隣に座るシャリオンに話しかけられていたらしい。
横を見ると、気遣わしげな表情をしている男がいた。薄い茶色の髪、優しく垂れた青い瞳のこの大男は、身体に似合わず気配り上手のようだ。
「お疲れではないですか。あまり馴染みがない者にとって、長時間の剣術稽古はきついでしょう」
「いや、なんともないですよ」
麻耶は布で汗を拭きとりながら笑って答えた。
新発見、加護その4、無尽蔵のスタミナ。
今の麻耶はスタミナお化けだった。このくらいの運動なんて、本当になんともない。
――どんだけ肉体特化野郎にしたんだ!花も恥じらう21歳乙女(元)をよ!
「なら良いんですが。あ、あと私のことはシャリオンと呼んで下さい。親父も、いえ父も同じくギャロウグラスですので」
「では、失礼してシャリオン殿で。それから『親父』で良いですよ。改まるのはよしてください、『師匠』」
身分上では俺が下なので、と麻耶が言うと、シャリオンが屈託のない笑顔で「はい」と答えた。
汗を拭き終わったところで、シャリオンがおもむろに切り出す。
「マイヤー殿はこの後の予定は」
「この稽古のすぐ後ですか。武器の選定をすると聞いていますが」
「その……、良ければ、俺もご一緒させて貰えないだろうか」
「もちろん。武器に興味がおありなんですか」
麻耶が水を向ければ、シャリオンは目を輝かせて食いついてきた。
「ああ!マイヤー殿は知らないかもしれないが、俺たちが王宮の武器庫の内部を見る機会は滅多にないんだ。普段は軍所属の武器庫にある武具だけで事が足りるからな。王宮保管の武器がどんなものか皆が興味を持っている」
わくわく、といった様子を隠そうともしないシャリオン。武器への好奇心が、なんというか、少年のような純粋さだ。
「では案内役のアレックス……殿下と後で合流するので、一緒に行きましょう」
微笑ましさで、クスリと笑いながら麻耶が言うと「是非!」と前のめりに返事が返ってきた。
「なんならアドバイスも願えますか。俺では、何が良いか、どんな武器が合うか、分からないと思うので」
「そちらも、もちろん!喜んでさせて貰うとも、マイヤー殿。むしろ願ったりかなったりだ」
大喜びで食いついてきたシャリオンを見て、麻耶はなんとなしに、既視感を覚える。
「いやあ、楽しみだ。マイヤー殿にはどんな武器が良いだろうか!」
「はあ、」
「体格が良いから、大剣でもイケますよ、きっと!」
「ええ……」
シャリオンのこのノリ、このはしゃぎようは、良く知っている……気がする。
くまさんのような男相手だったから、思いつかなかったが。
これは、女子同士でよくあった、アレではないだろうか。
――友達の服選びに付き合うあのノリだ!
「おてやわらかに……」
麻耶の友人関係は転移後、おしゃれ好きの女の子から、武器好きの男の子に、ジョブチェンジした。
読んで下さって、ありがとうございます。シャリオン登場!
今日で投稿を始めてきっちり3週間。付き合って下さっている方に感謝です。
一日一回更新していますが、書き貯めているわけではないので更新時間は不定期です。




