風雲急を告げる
コーラカルの茶色の瞳がまるく見開かれる。
あっという間に、大きな眼に雫がたまり、涙がこぼれ始めた。
「え?っえ?な、なん、なんで、」
「へ?あ、いや、おい、コーラカル、泣くなよ」
「だ、って、な、なん、なんっでぇ、」
どん、と麻耶の腰にコーラカルがしがみ付く。
「や……っと、神殿、着いて。い、いっしょにっ聖女っさま、お仕えするって思っ、って、」
「コーラカル」
「ま、マイヤ、さ、といっしょ、てぇ、えッ、うっく」
抱きつかれた腰に、ぎゅうっと力がこもった。
――ああ、そうか。コーラカルは一緒にここに住むと思っていたんだ。
聖女がどんな存在で何をするのか、などと一般的に知られているわけがない。ましてまだ幼くあんな田舎に住んでいた少年にとって、聖女は雲の上の存在、神殿か王宮にいる貴人、としか思っていなかったのだろう。
聖女のいる神殿へ『守護騎士』マイヤーに連れてこられたコーラカル。ここでずっと一緒にいられるのだと考えたのも通りである。
「泣くなよ、コーラカル。……コーリャ」
麻耶は落ち着かせるように数度、髪を撫で梳いてやった。
肩をつかんで少し力を入れ、ぐっと腰から引き離す。子供はいやいやをするように頭を振って抵抗していたが、麻耶が肩を掴んで待つと大人しくなった。
「なんでっさよなら、なんっ、ひ、う、っく」
「落ち着け。そんなに泣くなよ、コーラカル」
麻耶は膝をゆっくりおり、少年の前にしゃがんで目線を合わせる。
コーラカルは泣きぬれて、顔中涙の痕をつけていた。どうして、なんで、と、言葉にするより雄弁に茶色の瞳が語っている。
「あのな、コーラカル。聖女様がここを出ることになったんだ」
「ここ、で、でるって、お、王都?」
「……そうだな、王都へも行く。その後、魔物をやっつけに遠くへ行かなきゃいけないんだ。だから俺も付いて行かないとならない。なんたって俺は『守護騎士』だからな」
「ま、まもの?」
「ああ、それで――」
やっと少し落ち着いてきたコーラカルに、麻耶は大分事情を端折った上で、分かり易い言葉を選んで伝えた。
一つ一つ丁寧に説明していると、タッタッと軽い足音がする。見れば二人の元に銀の塊が近づいてきた。
「シリブロー」
麻耶の言葉にぴたり、と足を止めると二人の隣でお座りをする。
「しりぶろ、も、連れてく、の?」
「ああ。コイツは連れていくつもりだ。俺が連れてきたんだし、神殿に預けっぱなしって訳にはいかないだろう」
「じゃあ、……ぼくも、」
「おい。コーラカル?」
「ぼくも、付いて行く!」
「コーラカル!」
「ぼくだって、マイヤーさんと一緒にいたい!!ぼくも付いて行くよ!!」
「コーリャ!!おまえ話を聞いてたか!?危ない、危険な旅なんだぞ。魔物を倒しに行くんだ」
「分かってる!!でもっ」
「遊びじゃないんだ。女子供が気楽に付いて行けるようなもんじゃ」
「聖女様は女性だよ!!」
「そうだったな!」
――じゃない!!
それからずっと「付いて行く」「連れて行かない」の押し問答を半時間は繰り返した。
結果、「聖女様にだって側仕えが必要なはず」というコーラカルの主張に、
「……一番偉い人に聞いてからだからな」
折れたのは、麻耶だった。
◇◇◇◇◇◇◇
「可愛い子供を泣かしたそうじゃん、お兄サマ」
「人聞きの悪いことを言うな」
夜、人の行き交いが静まり、落ち着いた頃。
麻耶は弟の部屋を訪れていた。
ははは、と揶揄ってくる武志を窘めると、麻耶は不機嫌そうに返す。
「説得すんの、かなり大変だったんだぞ」
「え、説得できたの?泣く子相手に麻耶ねえちゃんが?」
「いや……説得された」
「なんて?」
「『人になつかないシリブローの世話はぼくにしかできない』『聖女さまの世話をする人は子供のぼくがなってもおかしくない』」
「わあ、筋が通ってる!」
「ああ……」
「で?」
「結局、一番偉い人に聞いてみるってことで話が付いた」
ぶっはははは、と今度こそ大笑いする武志の頭を軽くパシンと殴ると、麻耶は立ち上がってガサゴソ棚を探った。
「……なにしてんの?」
「酒を探してる」
「あるわけないじゃん、聖女の部屋に!!」
それもそうか、と改めて麻耶はソファーに腰を落ち着ける。用意されていた皿の上にある山盛りの果実から、一つを手に取った。
リンゴのような赤い果実のソレを眺めながら、武志に聞く。
「で、お前はどうなんだ」
「……ねえちゃん、ていうかお兄ちゃん。馴染んだね、その男言葉」
「ちゃかすな。……ったりめーだ。四六時中こうだ、いい加減、慣れるだろ。つか、もともとの言葉遣いが、そんなに女女した感じじゃなかったからな。――で?武志……いや、イーシャの覚悟は決まったのか?」
「うーん、」
就寝前に、わざわざ麻耶がここに寄ったのはこれを聞くためだった。
異世界に飛ばされ、成り行きで流されるようにして、聖女となり守護騎士となった武志と麻耶。いっそこのまま、聖女のフリ、騎士のフリで上手く生き延びてやり過ごせるなら、と思っていたが、事態はそんなに甘くなかった。
課されたのは魔物を相手にしての旅だった。
生半な覚悟で挑めば、きっと命が危うくなる。民の命を背負うことにもなるのだ。途中で「やーめた」は出来ない。
弟はそれを理解し、ちゃんと覚悟できているのか。
麻耶はそれが知りたかった。
「覚悟っていうか……」
麻耶と同じように、武志もリンゴもどきを手にする。
しゃくり、と一口齧ってから、気楽な口調で語り始めた。
「覚悟したか?って言われたら、まだ微妙なとこ。でも、あの神官長の話を聞く前にも、他の神官から教わって話を聞いてて、今の状況が厳しいってのはある程度知っていたから」
「ああ、そういえば、勉強したって言ってたな」
「そう。いろんなとこで魔物が増えている。毎日たくさん傷つく人、死ぬ人がいる。なんとかしなきゃー、てなって。それで聖女が呼ばれたんだって」
しゃくり、同じように麻耶も齧って「甘いな」とこぼした。
「正直『聖女』をしろって言われても、って困ってた。だって元はオレ男じゃん。聖女って何よ、ってなるじゃん」
「まあな」
「でも……さ、」
武志は食べかけの赤い果実を手の中でごろごろ弄んだ。
しばらく言いあぐねていたようだったが、やがてぱっと顔をあげると。
「オレにおしとやかな『聖女』をやれっていうなら無理かもだけど、」
可愛い美少女の顔で、いたずらっ子のように笑って言った。
「魔物を倒すために、異世界召喚された『勇者』なら!オレもなれるよ」
「いやだからお前の役どころソレじゃない」
◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。
「少し、困ったことになった」
厳しい顔つきをしたアレックスが部屋に入るなり、「話がある」と二人に告げた。
王都からの急報だった。
「落ち着いて聞いて欲しい。……昨日、イーシャ様の」
「オレの?」
「『守護騎士』が見つかった、と」
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