聖女の資格2
麻耶はコーラカルとシリブローを探して、神殿内を歩いていた。
広大な神殿で迷子になるのはもうごめんだ、と移動中、ちゃんととこまめに場所を聞きつつ移動している。先ほど4人目となる神官に居場所を聞き出したところによると、一人と一匹はおそらく、馬場近くのどこかにいるだろう、ということだった。
「おーい、コーラカル、シリブロー!」
麻耶の声に、コーラカルが振り向いた。
二人は馬場から若干外れた、森の手前あたりにいた。
シリブローはすでにこちらに向かって、速足で近寄ってきている。耳聡い獣だ。麻耶がここへ着くやいなやすぐに気配に気づいたのだろう。
「元気にしてたか」
「はい!」
寄ってきたシリブローの首筋をポンポン叩いて挨拶し、コーラカルに向き合う。
「ん、顔色も良さそうだ。――触るぞ」
腰のあたりにあるコーラカルの頭をわしわし、と撫でると子供は擽ったそうにして目を細めた。
神殿に着いてから数日ほどだが、何やかやとあったため少年にも銀の獣にも会うのは久しぶりだった。
今、シリブローは出産用隔離馬房を借りて、そこで世話になっている。守護騎士の立場をフル活用し、麻耶は、シリブローを自分の相棒としてアレックスに認めてもらったのだ。
「聞いて下さい、マイヤーさん!!」
もう挨拶は済んだ、とばかりに向こうへ行くシリブローを見ていると、弾んだ声が麻耶の耳を打った。
「どうした」
かなり嬉しそうなコーラカルの顔に、良いことでもあったのかと見当をつける。
「ぼく、セクリスが有ったみたいで」
「――ああ!そうか」
「それで良かったら神官にならないかって言われてて。まずは見習いからどうかって」
「それは、良かったじゃないか」
実はそのことについて、マイヤーはダナハンと呼ばれる中年の神官から聞いていた。連れてきた子供にセクリスがあると。
セクリスとは大まかに言えば、麻耶たちの世界での『魔法』のようなものだ。ただし魔法と違って、非常に限られた個別能力で種々雑多。力も強いものから弱いものまであるという。
セクリスはまたセクラの潜在能力でもある。セクリスは神官になるのに欠かせないもので、少しでもあれば神官になれる。神官になれば衣食住が一生涯保障されるため、暮らし向きは一般の平民より楽だ。そのためセクリスがあると分かれば、殆どが神官になりたがるそうだ。
ダナハンからコーラカルに素質があることを知って、麻耶はとても安堵していた。コーラカルに責任を感じていた麻耶は、子供が独り立ちできるよう保護と仕事の斡旋を頼むつもりだったが、これでコーラカルの将来は安心できそうだ。最悪でも自分の従者として、と思っていたのだが杞憂に終わった。
それにゼイルから聞かされたあの話のこともある。
今日、ここに来たのは、コーラカルに告げるためだ。
――言わなきゃなあ。ちゃんと、この子に。
「それでね、ぼくの母さんが、ここへ行こうって言ってたのはこのためだったんだなって思って……」
「――本当に良かったな」
「はい!それもこれも、マイヤーさんのお陰です!!マイヤーさんがあそこから僕をここまで連れてきてくれた。マイヤーさんがいなかったら、今ごろ、ぼくは、ぼくはまだ……」
村のことを思い出したのか、俄かに顔を曇らせてコーラカルが俯く。
元気づけるように、麻耶は再び少年の頭に置いた手をぽん、と軽く跳ねさせた。
「俺もお前がこうして元気になってくれて、嬉しいよ。きっと――コーラカルのお母さんもそう思ってる。良かったって、誰よりも喜んでくれている」
「マイヤーさん……」
麻耶はコーラカルから手を離し、一歩身体を引いた。
――もう大丈夫だ。この子はこれで。
「これでお別れだ、コーラカル」
「……え?マイヤーさん、」
「さようなら、コーラカル。元気でな」
◇◇◇◇◇◇◇
「試練は」
ゼイル大神官長から告げられた内容は、衝撃的なものだった――いや、思ったより過酷だった、と言うべきか。
『聖女の試練』。
それは試練、と名がつくだけあって、生易しいものではなかった。
「ここにいるお二方は、ともに聖女であり、そして未だ聖女ではありません」
「は?」「え?」「どういうことだ」
口々に上がる疑問の声を制して、ゼイルは言葉を続けた。
「聖女であって聖女ではない。イーシャ様もマリナ様も、わざわざ異界より召喚された魂です。それ自体に女神の加護がある。聖女としての力をお二方とも持っているのです。ここにこうして存在するだけでも、いないよりは若干『魔』の力を弱めていると言えましょう。故に二人とも聖女ではある。しかし、その力は完全ではないのです」
勿論、二人は聖女の力を持っているので、直接に魔と対峙すれば、それを払うだけの力は十分ある。
だが増え続ける魔を根本からは断ち切ることができない。
断ち切るには、この世界の歪みを正すだけの圧倒的な力――『女神の威光』をその身に宿す必要がある。
『女神の威光』を宿せる器と魂の持ち主、それが真の『聖女』であるのだという。
「真の聖女に選ばれるには、相応の力が無ければならぬのです。『女神の威光』を受け入れることができなければ、そもそも身体が壊れてしまう。だから試練が与えられ、相応しい器が選ばれる」
「それで――結局、試練とは」
低い声でアレックスが問うた。
「珠を集めてきてください。それぞれ一つずつ、二つの珠を。二つ珠が揃ったとき、最後の珠が『聖女』の元へ現れます」
「選ばれた聖女の元へ、ということか」
っは、と吐き捨てるような口調で、今度はマティウスが言う。
武志がどんな顔をしているのか気になって、麻耶はちらりと弟の方を見た。
今まで発言したのは王子ばかりで、他の者は誰も口を挟んでいない。武志も口を噤んだままで、その表情は読めなかった。
さよう、とゼイルは頷いて、最後に締めくくった。
「お二方には、魔を払いながら珠を取ってきて頂きたいのです。いま、こうしている内にも魔は増え続け、魔に苦しむ人々も、増え続けている。死が地に溢れ、大地が血に染まりつつある場所も広がっているのです。世界はもう、かなり歪んでしまった。お願いいたします。どうか、一刻も早く、珠を三つ集め、女神の威光をこの地にもたらして下さい」
切実なゼイルの言葉に、暫くの間、だれも身動ぎするものはなく。
しばらくの間、部屋は沈黙の帳で閉ざされた。
読んで下さってありがとうごさいます。
……これ、本当に……需要が……。




