交錯する思い
「……それは一体どういうことだ!」
マティウスは新たに知った『事実』に顔を歪めた。
「落ち着かれて下さい、殿下」
「……これで、落ち着けだと?」
ダン、と拳を机に叩きつけ、じろりと部下を睨みつける。
「『聖女の試練』だと?一体どういうことだ。聖女はもう決まっているのではなかったのか!!」
「……何しろ直近でも百五十年前のことです。今回の聖女召喚と、その後のことについてはこちらとしても漠然としたことしか把握できておらず……」
「だから今日ゼイルから教えられるまで分からなかったと?一体何のための諜報だ!!」
「……申し訳ありません」
マティウスに怒鳴り上げられた男は、びく、と身体を震わせ、深々と頭を下げる。
「――っは!無能め。もういい、出ていけ、顔も見たくない!!」
男は無言のまま、部屋から静かに退出した。
「くそっ」
――ガン!!
もう一方の拳も勢いよく叩きつける。
机上に置かれたカップが今度はガチャンと鳴った。
『聖女』の決定――女神からの信託だとは言われているが、もう出来レースのようなものだと思っていた。
自分が召喚した魂は強い力の持ち主だ。
マリナの瞳は綺麗なまごうことなく紫色をしていたし、彼女を召喚してすぐに守護騎士も『覚醒』した。歴代の聖女候補の中には瞳の色が曖昧であったり、紫でなかったりした者もいたが、彼らは総じて聖女としての力が弱かった。守護騎士もなかなか見つからなかったという。それを考えると、ライルが守護騎士として身近で覚醒した今回、聖女マリナの力は強いものだと思われた。
聖女に選ばれるのは、二人の候補のうち、より力の強い者の方だ。
つまり今回、相応しいと選ばれるのは「聖女マリナ」のはずだった。
「……読み違えていたと?」
ゼイル大神官長の明日の発表。
先ほどゼイル本人から聖女の『試練』について告げられるまで、聖女の『決定』について説明されるのだ思っていた――もちろん、こちら側へ決定したことへの説明だ。
その後の陛下への拝謁、王宮でのお披露目も、あくまでも形式的なもので。
二人の聖女が無事に召喚されたと披露して、ウェイス王族の血脈の正しさを証明した後は、衆目に対して、己が召喚したマリナが聖女に選ばれたのだと発表するだけ。
仕込み済みの茶番劇を演じれば済むのだと踏んでいた。
――とんだ番狂わせじゃないかっ!
「……『聖女の試練』?ふざけたことを!!」
ギリギリ、と食いしばった歯が軋んだ。
群青色の髪をした、賢しら顔の義弟の顔が脳裏をよぎる。
――裏でなにやらコソコソと嗅ぎまわっていると思っていたら、そういうことだったのか、アレックス……!!
あの用意周到な男は、準備していたのだろう。マティウスを出し抜くために。
聖女をめぐる争いが、王太子を巡るそれと直結していることは、暗黙の了解となっている。
さも地位に興味がないと言いたげな涼しい顔をして、義弟は先手を打ったのだ。
「気に入らぬ」
出来レースが思い込みに過ぎなかったことも。
あちら側の守護騎士が英雄扱いされて、馬鹿馬鹿しいパレードをぶち上げたのも。
――アレックス!どこまでも目障りな奴だ……!!
自分こそ王太子に相応しいとでも思ってるのか。
これで挑戦状を突きつけてやったとでも、思ったか。
「だが……負けるものか」
――まだ、勝負は終わっていない。
聖女の認定も王太子の椅子も、まだ何も。
腕をなぎはらえば、繊細なカップが音を立てて机から落ちた。
ゆらり、と椅子から立ち上がる。
「ルー……」
呟いた声はだれに届くこともなく、
厚い絨毯に吸われて消えた。
◇◇◇◇◇◇◇
麻耶は神殿内をぶらついていた。
――朝日が、眩しいわー。今日も晴天だ。
神殿の朝は、一座にいた頃より早かった。
朝は太陽が昇っていないうちから人が起きる。
朝日が昇れば、本格的に人が動き始めた。
そのざわついた気配で目を覚ました麻耶だったが、良く寝た所為か、少しも疲労は残っていない。
「つか。お付きのメイドってすごくないか?」
起きると同時に世話を焼かれて、今までとの差に驚いた。
放っておけば何から何まで、側付きのメイドさんがしようとしたので、若干慌てたほどである。
朝の食事に身の回りの支度。
「メイドのいる生活、こわい……」
快適すぎて、一人で生きていけなくなりそうだ。
森でサバイバル、村でエグザイル、道で保護サレル――あ、うまいこと言った――を初日で経験した麻耶にとって、風呂付きメイド付きなんて天国だった。
服は麻耶の体格上、神殿騎士のものを借用したそうだ。 ちなみにこの着替えまで手伝われそうになって、慌てて断ったという経緯がある。
「ドレスじゃないんだし、一人で着られる」
断られたメイドさんが、残念そうにしていたのが、不思議だった。
そして一人で騎士服を着た麻耶だったが。
――我ながらカッコよかったんだなー、これが!!
鏡を見て、驚いた。
体格のいい麻耶が制服を着ると、ビシッと決まってたちまちイケメン度があがる。
マッチョになってデカくなったと思っていた身長は、測ってみれば驚きの198㎝!!なんと2メートル弱だった。
――2メートル級。巨人か!!
朝から思わず突っ込んだ。
常日頃(転移後からだが)、なんか周りがみんな低い、ちっちゃい、この世界の平均身長は低めの設定なのか、と思っていた麻耶だったが、何のことはない。自分がデカ過ぎただけだったのである。
「イーシャ様はお祈りにいらっしゃってます」
改めて武志の部屋を訪れてみれば不在だった。
どうやら昨夜、言っていたことは本当だったらしい。弟は今日もきちんと礼拝に出かけたようだ。
麻耶がいない間、それなりに聖女らしく頑張っていたという弟。メイドに傅かれて「蝶よ花よ聖女様よ」で過ごしていただけではないと分かって、良かった。
その後、
「散策などはいかかですか、守護騎士様」
というお勧めに従い、神殿をぶらつくことにした麻耶だったのだが。
広大な敷地に段々嫌な予感がしてきた。
「迷ってない……よな」
最初、麻耶の周りには整えられた庭園が広がっていた。
散策路と思われる道もあり、メイドから教わった通り、麻耶はそこをずんずん進んだ。
途中、すれ違う人もいたが、神殿騎士服を身にまとった麻耶に違和感を抱く者はいなかったらしく、だれにも呼び止められなかった。
思えば、だんだん花が減って灌木が増えたあたりで、少し違和感はあった。
庭園というよりどこかへの通り道のようになってきたな、とは思ったのだが、ところどころある大理石の像や小さな噴水が目を楽しませてくれたので、引き返すことはしなかった。
今考えれば、そこで引き返すべきだったのだ。
「うーん、……迷った」
墓地だ。
目の前にあるのは、どうみても。
灌木の後、木立が続いた。
そしてその長い木立を抜けると
「墓地であった」
――雪国か!
◇◇◇◇◇◇◇
麻耶は暫くの間、並んだ墓地を眺めて立っていた。
ひらり、ひらりと、白い花弁が静かに舞う。
見れば桜に似た花をつけた木が数本、墓地の周りに植えられていた。
その空間は、あまりにも静謐だった。
言葉を奪われたまま、すぐに立ち去ることもできず、麻耶はただ立ち竦む。
動けば、この静寂を壊してしまいそうだった。
「だれ?」
不意に、声を掛けられた。
「あ……、」
振り向くと、そこには、とても美しい人が立っていた。
とてもとても美しく、儚い人が、立っていた。
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