再会
守護騎士『英雄マイヤー』が現れたと大騒ぎをするメイドたちに、半信半疑の思いで神殿入口の大広場まで足を運んでみれば、凱旋パレードもかくやという華やかな一行が悠々とした様子で到着したところだった。
――平民あがりの冴えない田舎騎士じゃなかったの!?
旅芸人風情の『子連れ騎士』、たしかそんな風に噂をされていたはずだ。
それが蓋を開けてみればどうだ。
逞しく、戦士のような立派な風格を漂わせた男に、一見して伝説の生き物とわかる銀の一角狼が付き従っている。
考えれば考えるほど納得がいかなくて、真里菜は目の前の集団を睨むように見つめた。
佇む真里菜の表情がよほど険しかったのか、僅かにたじろぐ気配がする。見れば隣に立っていた者たちが頭を下げて数歩下がっていた。
「お兄ちゃん!」
背後から甲高い、弾むような少女の声がする。
さっと視線を走らせると、金の髪が視界を過ぎった。
流れる髪をキラキラなびかせながら、華奢な肢体をした少女が一行の先頭に立っていた男に駆けていく。しなやかな身体を跳ねさせて、少女は勢いよく男に抱きついた。
「遅くなったな、武志」
「……おせーよ!ばかっ!」
走り寄ってきた少女を危なげなく抱きとめた男が何かを告げると、少女はぎゅうっと抱きつく力を強めたようだった。
仲の良い男女。
それだけ見れば、久しぶりに会えた恋人同士のようにも見える。
やがて抱擁を解いた二人に、紺色の髪をした男が近寄っていった。
アレックス王子。
確かそんな名前だった。あの男はマティウスの義理の弟だと聞いている。
「よく来たな」
「アレックス!……ああ、ついに到着したよ。この野郎」
笑って殴る仕種をした男に、アレックスが肩を叩いてねぎらったようだった。
「なに、あれ……」
大盛り上がりを見せている向こうと、まるで裏腹。
すっかり蚊帳の外に置かれて、真里菜はぎりりと手を握りしめた。警戒心のない王子の仕種に、彼まであの男を知っていたのかと、腹立たしくなる。
「そんなの、きいてない」
ぐしゃり、と己の手に何かがあって、みれば花が潰れていた。
先ほど、メイドにお綺麗ですよ、と渡されて、髪に飾るつもりだった花。持ったままだったのを忘れて、ここまで持ってきていたらしい。
飾られることのなかった花が、真里菜の手の中で無残な姿になっていた。
「……どういうこと?」
花を投げ捨て、問うように辺りを見回せば、だれもかれもが視線を逸らした。
「マティウス様は?どこなの」
一番頼りにしている存在を探すが、彼は見当たらない。
「どこって訊いてるでしょ!!」
いらつくままに、声を荒げてみても返事はなく。
キッと眦を吊り上げる真里菜の耳に、あちらの方からどっという笑い声が届いた。
煌びやかな一団に、親しげに挨拶を交わす王子と聖女と守護騎士。
目障りな一行をこれ以上見たくなくて、
「……部屋に帰るわ」
そう言い捨てて、真里菜はその場を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇
麻耶は部屋のソファーにどかりと腰を掛けた。
コーラカルとシリブローも、今頃それぞれの場所で寛いでいるはずだ。一人と一匹が無事に神殿に通されたのを確認した後、麻耶は導かれてここに来た。
案内されたのは、立派な設えの大きな部屋。
二間続きで、奥の部屋には大きなベッドが鎮座している。
この神殿の中でも上等な部屋を与えられたのだと一目で分かる造りだった。
麻耶の体重を受け止めたソファーが、大きく沈む。
「ふう、良い湯だったー」
――やっぱ日本人には、お風呂だよなあ!
久しぶりに湯に肩までつかると言う、ここの世界ではこの上ない贅沢を堪能できた麻耶は大満足だった。
旅の間はもちろんお風呂など使えない。清潔をいくら心がけようが、精々、身体をこまめに拭くのが限界。こんななりでも麻耶は日本人女性歴21年、骨の髄までお風呂好きのDNAが組み込まれていると思っているタイプなのだ。
大きな浴槽にゆったりつかって、旅の疲れはすっかり解れた。
ちなみに、身体に起こった変化の所為で自分に付いたアレコレは、なるべく無視して直視しないよう心がけている。
最初は違和感が半端なかったが、24時間四六時中、ずーっとソレと付き合っているので、馴染みたくなくともいつの間にか馴染んでしまった。
用意された水差しから、冷水を注いでぐいっと飲み干す。
「ぷっはー、生き返るー」
――そういや、武志は大丈夫だったのかなあ。
いきなり女の子になっちゃった弟は、さぞかし困ったに違いない。お風呂に入る時など、きっと慌てふためいただろう。そんな情けない弟の姿を想像して、ふっと笑いが漏れた。
コンコン。
行儀のいいノックの音に「どうぞ」と返せば、見知らぬ女性が顔をのぞかせた。
「イーシャ様とアレックス殿下がお見えになっています。ご案内してよろしいですか」
「あ、はい……ん?殿下?」
麻耶が首を捻っていると、
「ね、兄ちゃん!」
再会したばかりの武志が元気に部屋に入ってきた。
相変わらずの美少女っぷりである。
「おー、たけし、……と、ここじゃイーシャか。それから」
「邪魔をする」
「アレックス……だよな、やっぱり」
「?なんのことだ」
ソファーを促し、二人を座らせると、麻耶は先ほど感じた違和感を口にした。
「いやー、アレックス殿下って聞こえたから別人が来たのかと思って」
「ここにアレックスは私一人しかいないが」
「だよな。ははは。てっきり王子が来たのかと思って焦った」
「王子だ」
「……ん?」
「ああ、まだ貴殿には正式に言っていなかったな。私はウェイス神聖王国が第王4子。名をアレックス・ハルス・デア=ウェイスシアという」
「ええー!?」
「はあああ!?――ってかなんでお前まで驚く武志!!」
姉弟揃えて声をあげたが、麻耶は二重に驚いた。
「だって、『殿下』が王子様用だって知らなかったんだよ!」
相変わらずの武志だった。
◇◇◇◇◇◇◇
あれからお互いの状況をアレックスを交えて語り合った。
騎士改め王子殿下だったアレックスは、エラそうだったのも当然で、本当に偉い人物だったわけだ。
だが出会いが出会いだったからか、いまさら畏まり過ぎるのも――、と思っていたらアレックスの方から、「砕けて接してくれて構わない」と麻耶に告げてきた。
彼は武志に対しては、一貫してとても腰が低く、恭しく相対しているので、麻耶もそう言うもんかと思うことにした。武志は王子と知ってビビっていたが。
「オレもね、おね、」
「オレじゃなくて私」
「『私も兄ちゃんを』待つだけじゃなくってお祈りとか頑張ったんだよ」
「……イーシャ様は、毎日熱心に礼拝をして下さっている」
「へえ」
「勉強もがんばろうとしたし!」
「……ほう?」
「毎日、図書室へ通おうと、……思われたらしい」
「で?」
「文字が読めず、断念なさった」
「やっぱな!だと思った!」
残念ながら、この世界の文字は読めなかった武志だが、それでも知識は得ようと頑張ったらしい。聖女のことやウェイス王国、この世界のことなどを、それはもう熱心に――本人曰く――神官から教わったのだという。
今回、武志やアレックスの話から、麻耶が初めて知る事実も多かった。自分の体験と知り得たことを一つ一つすり合わせていく。
異世界で上手く立ち回るためには、とにかく様々なことを知らなければならなかった。
「にしても驚いたな。聖女候補がもう一人、この神殿にいるなんて」
「それは、オレ……私も、つい最近知ったんだよ。なんか会っちゃいけないとか言われてさ。結局、いまだにその人を見たこともないし」
「会っちゃいけない?」
麻耶の疑問にはアレックスが答えてくれた。
「何代も前の聖女様の話になるんだが……どうやら二人の間に諍いが絶えなかったらしく」
「なるほど」
いろいろ察した麻耶は納得して頷く。
お互い、同じ立場に立たされた女性同士。
最終的に「聖女」として選ばれるのが一人とあって、協力し合うと言うよりライバルとしていがみ合ってしまったのだろう。
「武志がもう『聖女』って呼ばれているから、てっきりもう聖女になったんだとばかり思ってたよ」
まだ『候補』なのに聖女と呼ばれるのは、単に慣習らしい。
そういえば、と麻耶は思い出す。
一番最初にアレックスと出会ったとき、彼は武志が「聖女候補」なんだと言っていた。
「残念ながら……聖女はまだイーシャ様と決定したわけではない。――ああ、それはもちろん、あなたの所為ではありませんよ、イーシャ様」
なぐさめるように弟の手を取って、アレックスは言う。もちろん前半は麻耶に向けて、後半は武志に向けての台詞だ。
相変わらず分かり易い男である。
「うん。ありがとアレックス」
そして相変わらず武志は鈍かった。
「で、聖女っていつ決定するんだ」
麻耶が二人の様子にうんざりしながら聞くと、アレックスは真剣な表情になった。
居住まいまで正されて、こころなしか空気が締まる――手は握り合ったままだったが。
もうそこはスルーだ。
「そのことについて、一両日中にゼイルから発表がある予定だ」
「ゼイル?」
「神官長だ。ゼイル大神官長。世界中の神官の頂点に立つ男。イーシャ様たちを召喚した『神降ろし』の儀式を司った人間でもある」
アレックスはそこで一旦、言葉を切り、そして。
「彼が女神からの信託を告げるんだ――聖女の試練を」
爆弾を、落とした。
読んで下さって、ありがとうございます。
じわじわと、ポイントが増えていて、嬉しかったです(泣)!!
反応があった……良かった。
次回の更新は明日を目指します。




